第三話「逃避行」
少女が王宮に着いてから10日が経過した。
ラスはこの10日間で様々なところに案内した。
訓練場、教会、学校、畑や森など、闇の国にある営みについて丁寧に説明した。
というのも、水の国の教育はひどく偏ったものであるという情報を得ている。
闇の国への憎悪を煽り、戦争意欲を掻き立てるためのプロパガンダである。
水の女王は夫を殺した闇の国を許すつもりはない。
しかし、その夫は穏健派であり、教育に対し既に改革を進めていたため、プロパガンダ教育の影響はあまり大きくないようである。
多くの水の国の捕虜が闇の国に居住するのもそのためである。
しかし王女は、その女王からの直接教えられていると考えられる。
王女の認識を改めてもらうためにも、ラスは闇の国がどういう国なのかということを丁寧に教えた。
少女はたびたび動揺を隠せないようであった。しかし次第に慣れたのか、後半はおとなしくラスの説明を聞いた。
逃げ出したのも最初の王都を案内した時のみであった。
11日目、ラスはそれまでのように少女の元を訪ねた。
ラス「失礼します、ラスです」
少女「…」
ラス「入ります」
少女はいつものように窓の外を眺めていた。
ラス「今日は演劇場へと案内しようと…」
少女「君は…」
少女が話し始めた。1ヶ月一言も話さなかっが、案内の成果があったとラスは思った。
少女「君はどうしてここまで私に優しくしてくれるの?」
ラスは少し考えてから言葉を返した。
ラス「あなたは闇の国に対して誤解していたのではないですか?」
少女「…」
ラス「私たちは戦争を終わらせたいのです。あなたがいれば、より早く、少ない犠牲でこの'憎しみ'の連鎖を止めることができます」
少女「…」
少女は再び窓の外に目をやった。
少女「…」
ラス「…それでは向かいますか」
これまでのように案内を終え、王宮へと送り、ラスは少女と別れた。
ラスは家に着くと、椅子に座り紙を手に取った。
次の遠征の作戦などを考えようとしたが、少女の言葉が頭によぎる。
(なぜわたしに優しくするの、か。)
(話したことに偽りはないが、あの返答で良かったのか…)
思慮に耽るが、結論は出ない。
(しかし口を開いてくれた。関係は進んでいる。)
自分を納得させ、ペンを持ったその時、扉が強く叩かれた。
伝達者「ラス様!」
ラス「なんですか?」
伝達者「至急王宮に!水の国の王女が逃げ出しました!!」
ラス「な、、!」
ラスは家を飛び出した。
’力'を存分に使い、王都中を探し回った。
案内した場所の全てを当たったが、しかしなかなか見つからない。
(どこに…)
小一時間ほど探したが見つからない。
埒が開かないと感じたラスは、一度整理するために王宮に戻った。
すると、国王イスカンダルが王宮の入り口で待っていた。
ラス「見つかりましたか?」
イスカンダル「いーや?」
ラス「父さんが本気を出せば一瞬で見つけられるでしょう!?」
焦って語尾が強くなる。
イスカンダル「これはお前の問題だ」
ラス「っ…!?」
イスカンダル「必ず見つけろ」
(こんな時に…)
失意の中、少女の自室へと向かう。
扉を開くが当然彼女の姿はない。
部屋の中をゆっくり歩く。
(…結局、彼女のことが何もわからないままだ)
ふと、少女が座っていた椅子が目に入る。
なぜそうしたのか、ラスはなんとなく椅子へと向かい座った。
椅子の向きは、窓の外を見ることのできる方向を向いていた。
少女が良く窓の外を眺めていたことを思い出したラスは、同じように外を見る。
(…!あれは、)
景色の向こう、森の奥を進んだ丘の上に、確かな人影が見えた。
ラスは窓から飛び出す。
全速力で森を駆け抜け、丘の上へと向かった。
丘の上で、少女は座り込んで王都を眺めていた。
ラスは言葉を選びながら、なんとか話しかけようとする。
ラス「…なぜ逃げ出しー」
少女「私はね」
少女が話しだす。
ラスは話しかけた言葉をしまいこみ、少女の話を静かに聞く。
少女「私は母上が嫌いだった。生まれた時からあの部屋から全然出してもらえなくて、窮屈だった。」
ラス「…」
少女「せっかく話しても、いつも私の知らないお父さんへの恨みつらみを聞くばかりだった。」
少女「だから飛び出したの。あの部屋から、国から、…母上から。他の世界を知ってみたかった。自由になりたかった。」
少女「すごく楽しかった。光の国も、神の国も、木の国も、どこも綺麗で、初めて自由になれたと思ってた。」
少女「けど違かった。おじさんは優しかったけど最後は捨てていっちゃった。私はおじさんのおかげでいろんなところに行けただけで、自由じゃなかった。」
ラス「…」
大体は情報の通りであった。
おそらくおじさんというのが協力者なのだろうが、、。
何者なのか…聞きたいことが山ほどあるが、今は静かに話を聞く。
少女「しかもよりによって君達に捕まった。母の話を聞いていれば嫌でも嫌いになる君達に。」
少女「君は確かに優しいね。闇の国の人たちも優しかった。私の思っていた闇の国とは違かった。」
少女「けど、結局君たちも私じゃなくて王女が必要なんでしょ。私が戦争を終わらせるための道具になることを望んでいる」
ラス「それは…」
否定しようと思ったが、言葉が出てこない。
少女「けど、私はそれを受け入れないといけない。母よりも君達の方が正しいように見えた。」
少女「王都で見た人々の笑顔を見て、私はそれを受け入れなきゃいけない、受け入れる運命なのだと思った。」
少女「今回逃げたのは私の最後の自由。私の意思よ。」
話し終えて、彼女はまたあの表情に戻る。
視線を落とし、唇を硬く噛む。
ラス「…あなたは」
なんとか口を開く、言葉を探す。
ラス「あなたは優しい人だ」
少女「…」
ラス「人のために、自分が犠牲になろうとしている」
少女「…」
表情は変わらない
ラス「私は…」
こんなこと話すべきではない。
ラス「僕の…」
言葉が出てきてしまう
ラス「僕の両親は水軍の兵士に目の前で殺されました。」
少女「…!?、うそ、だって」
ラス「僕は国王王妃両陛下の養子です」
ラス「子のいない両陛下のもと、特別な'力'を持つ僕が養子となりました。」
ラス「かつては水の国を強く憎みましたが…今は父さんと同じ考えのつもりです。」
少女は口元を覆った。
ラス「僕は自分自身についてあまり考えてこなかった。だからあなたの言う自由はよく分からない。」
ラス「僕はただ、自分を救ってくれた父さん、母さんのために戦う。」
少女「そんな…」
失敗した。
こんな自分の話をしてなんになるというのか。
しかも彼女の考えとは真逆の自分の話を。
しかし、彼女の表情は変わっていた。
口元の強張りは解け、視線はラスの目をしっかりと見ていた。
ジュリ「私は水の国王女、アクア・ジュリ。あなたたちに協力します。」
ラス「…は??」
ラスは理解することができなかった。
完全に失敗したと思い込んでいた。
ジュリ「王宮へ戻りましょう」
ジュリはラスの手を取り、王宮へと連れて帰った。




