ゆずりゆずられ
俺は道尾譲。二十四歳のサラリーマン。
時刻は夜の八時。残業を終え住宅街の細い夜道を歩いている。
帰ったら飯を食ってちょっとゲームをやって、風呂に入って寝よう。
そんな事を考えていると、前から一人の女性が歩いてくる。
黒のロングヘアーにベージュのスーツ。歳は俺と同じか少し上くらいに見える。俺と同じ残業帰りだろうか。
二人の距離はどんどん縮まるが、進路がかぶっているためこのままだとぶつかってしまう。
俺はさりげなく右に動き、彼女に道をゆずる。
ところが、彼女も同じ方向に動き再び進路がかぶる。
こういうことは時々起こるが、なかなか気まずいものである。
しかし、これまでに何人もの人に道を譲ってきた俺には培われた対応力がある。
恐らく次に彼女はこちらから見て左に動くだろう。
そう予測した俺は、あえてさらに右へと移動する。
ところがどうだろう。彼女も右へと移動したではないか。
もしかしたら彼女も俺と同じユズラーなのかもしれない。
俺が次に大きく左に動くと彼女もそうする。
右にフェイントを入れ、さらに左に動くと彼女もそうする。
互いに相手の動きを見てやっているわけではない。一ミリもズレることなく、全く同時に同じ動きをするのだ。
道の真ん中に立ちすくむ俺たちは、何かを悟ったかのように見つめ合う。
そして互いに歩を進め、体が触れ合う距離まで近づくと両手を広げ、強く抱きしめ合っていた。
それから一年後。俺達は夫婦になった。
この人となら、すれ違うことなくずっと同じ道を歩んで行けると思ったから。
まあ……ぶつかり合うことも多いけどね。
おわり
お読みいただきありがとうございました。