階段下の少女③
「へえ、それで逃げちゃったんだ。その子、学織サンだっけ? たくみも災難だったね。せっかく勇気出して言ったのに」
僕が下校直前の出来事について話すと、姉さんは食後のデザートであるゼリーを口に運びながらポツリと感想を零した。
「姉さんは学織さんについて知らないの?」
「知ってるよー。まあ、噂だけで、何の接点もないから本人に会ったことはないけど。通ってる校舎すら違うし、中等部と高等部、結構校舎離れてるからね」
「どんな噂?」
姉さんはあまり噂が好きではない。それどころか安全圏から根も葉もないことを言うなんて卑怯だと軽蔑している。そんな姉さんがわざわざ口にしたことは意外で、僕はその内容が気になった。
「すっごい可愛い子がいるって。容姿についてが多いかな。中一に妹か弟がいる子がよく言ってる。現実離れした美少女だって。あと、入学以来一人も友達がいない。何か訊いたら返事してくれるけど会話が盛り上がらないって。ちょっとたくみに似てるなぁって思ったから気になってたんだよね。たくみも顔立ちはわりと整ってて頭もよくて、医者だからそこそこお金がある家に生まれて、友達がいない」
「前二つは買い被りすぎ」
「嘘じゃないよー」
さくらんぼを口に含みながら姉さんが言う。
「でも、泣いてたってなんだろね? すぐ思いつくのはイジメだけど、徳星に限ってそれはないか。ここ、そこそこ良い家の子が多い学校だし。たくみと同じ訳ありとか?」
「そうだったらまた泣いてるかもね」
思ったより陰気臭い声を出していたらしい。固まった姉さんで気づいた。姉さんの翠の瞳がこちらを申し訳なさそうに覗いている。
「ごめん」
「いや」
何に対しての否定なのかもよくわからないまま、言葉を発した。重苦しい空気が辺りを這う。
「そういや、また五十嵐サンが英語のコンクールに入賞したらしいね。一年の時も英語関係でなんかの賞取ってたし。たくみも英語得意だし何か話したことある?」
空気を一掃するよう姉さんが話題を変えた。僕と同学年の女子生徒、五十嵐椿の話だった。
「ううん。同じクラスになったことないから一回も」
「そっか」
その後は二人とも黙ってゼリーの柔らかな食感を味わった。食べ終わり、食器を下げる。
「私ちょっと電話してくるから先お風呂入ってて。今日の食器洗いはやっとくから明日お願いね」
「わかった」
返事して、廊下に出た。少し寒く感じた。