不調①
その日以来学織さんと話すことなく一週間と少しが過ぎた。僕の下校時刻がちょうど午後三時なので月曜日の六限が体育らしい彼女の姿を二回見かけたものの、辛そうな様子はなく安心した。口止めの理由は気になってはいるけれど知るために動こうとは思わない程度の興味だ。学織さんとの関わりはこれきり。そう思っていた。
いつも通りの勉強中、保健室と廊下を隔てる扉が優しくノックされた。
「はーい」
村坂先生が扉に向かったのを視認して、僕はすぐさまソファーが置かれた部屋の隅に移動する。カーテンで仕切られていて生徒に姿を見られることがないため、来客時僕は毎回このスペースに避難する。そして、生徒が帰るまでじっとしている。生徒が奥のベッドを利用した場合も問題ない。カーテンはベッドの側にもついているからだ。
「失礼します」
最近聞いたことのある少女の声。学織さんだ。
「あら学織さんどうしたの?」
「少し気分が悪くなってしまって」
「そうなの。じゃあこの問診票を書いてくれる?」
窓から侵入した風でカーテンが捲れ上がった。心臓が跳ねる。見られたかと思って、学織さんを探した。彼女はちょうど問診票に記入しているところで、水色の瞳は机以外を映していない。少し安心した。
「書き終わりました」
「じゃあ、念のため熱を測って頂戴」
「はい」
体温計特有の起動音が静かな保健室内に響く。およそ一分後、再び電子音が聞こえた。
「三十七度八分です」
「七度八分かー。どうする? 保健室の先生としては休んだほうがいいと思う」
言った後、村坂先生は「まあ、学織さんが授業出たいって言うなら止めないけど」と付け足した。
しばしの沈黙。体調と授業を天秤にかけ、考え込んでいるのだろう。受験が終わってばかりの中一なんてサボりたい盛りだろうに。
「なら、休ませてもらいます」
心なしか安堵と焦燥を含んだ声音。学織さんの応答を受け、村坂先生が彼女をベッドまで案内する。カーテンの隙間から足が覗いており、ベッドの近くにいる事が察せられた。
「気分が悪くなったり吐き気を感じたら遠慮しないで言ってね」
学織さんが首肯した。
「じゃ、休んでで」
細い足がカーテンの隙間から完全に見えなくなり数分経ったことを確認して僕はようやくソファーの置かれたスペースから出た。放置してあった筆記用具を手に取り、解きかけのワークに答えを記す。学織さんは一切の音を立てない。ベッドから見えるはずがない場所にいるので、ある程度集中して取り組める。