決して正しいとは言えない
琴音が電話を切ってから五分程経過していた。
俺はどうするのが正解なんだ、ただ笑顔でいて欲しいだけなんだ。
けど、現実は残酷で邪魔者が出てくる、必ず。
どんだけ処理しても、どんだけ対処しても、必ず出てくる。
震える心で考える。
今俺が思っていることをやるんだ、脳じゃなく心で考えていることを。
昔から心で考えたことをしてこなかった、だから分からない時がある。けど、今は分かる。
俺は重たい足を無理やり上げる。走るんだ一秒でも速く。
琴音の家の前に立ち、一呼吸する。インターホンを押す、すると。
「どちら様ですか?」
「琴音と同じ高校の拓哉です」
「なんの用ですか?」
「琴音に会わしてください」
「すみません、今琴音は」
「分かっています、琴音は今何をしているか」
「えーと、そうね、どうぞ上がって」
そう言い、ドアが開く。
俺はどこか軽い足で家にあがった。
「ここが琴音の部屋よ」
琴音の母親は優しい声で言う。
この人は自分をよく見せようと頑張っているな、俺は知っているのに。
琴音の母親は礼儀正しく俺に振る舞う、まるで子を想う優しい母のように。
どんな風に育ったらこうなるんだよ、自分の子が一番可愛いと思うなら大切にするべきだろ。それなのに、琴音を道具のように扱っている。
若干怒りが沸く、でも俺が怒っても意味が無い落ち着くんだ。
俺は琴音の部屋を開ける。
琴音は静かに寝ていた。
けど、酷く泣いたのが分かる。荒れている部屋、荒れているベット。
相当泣いたんだ。俺がこうんな風にさせた。
俺は琴音の横に座る。
ただ優しく手を握る、毎日ピアノを弾いてるのが手で分かる。
硬くなっている指先、小さい豆。
相当頑張ってるんだな。
俺は本当に無責任だな、自分で言ったこともできない、言葉に責任も持っていないな。
琴音の母親は外出するため、後はよろしくお願いしますと言われた。
そして、俺は今琴音の寝顔を見ながら考えていた。
いつまでこの生活が続くのかを。
終わりが来るのは分かっている、けど、どんな終わりなのかは誰も知らない。
少し怖くなる、いつか終わってしまう関係。
琴音はやがて起きる。
自然と目を擦り俺の顔を見る。琴音は驚く、それもそうだよな。
「どうして居るの?」
「誘うために」
「明日さ花火祭り行かない?」
「え?」
「ちょっと一緒に行きたいんだ」
「どうして私なの? 凜先輩や志保といるじゃん?」
「俺は琴音と行きたいんだ」
「それは旅行に行けなかったから?」
「違うよ、ここの底から琴音と行きたいんだ」
「行かない」
俺の思っていた答えとは違う答えが返ってくる。
「どうして?」
「行きたくないから」
「その、ちゃんと話そうよ」
「ちゃんと考えた結果だよ」
「俺は琴音と行きたい」
「じゃあ、私のこと好き?」
「......それは」
「ほらね、結局優しさでやってるんだよ」
「でも俺は」
「もう、帰って」
「その....」
「もう帰って」
大きい声で叫ぶ琴音。今まで聞いたことのない大声に驚く。
「分かった」
俺は立ち上がり、琴音の部屋を出ようとする。
本当に出ていいのか、このまま終わってもいいのか? よくない絶対に駄目だ。
確かに俺は間違っているかもしれなけど、琴音は今追い込まれている。助けたい、そして琴音と花火を見たい。好きとか関係なしに一緒に見たい。
俺は後ろを向き、琴音を見る。
「琴音、今ピアノ楽しいか?」
あの時言ったことをもう一度言う。
「....」
泣きそうな顔で俺を見る。
あの時と同じだ、抱え込んでいる。
そして、覚悟を決めていた琴音は魔法が溶ける。
「楽しくない」
体を小さく丸めて、視線を下に向けて言う。
「ピアノ辞めないか?」
「やめたいよ、辞めて遊びたいよ、高校生になりたいよ」
「俺はピアノがなくてもずっと隣にいるからピアノ辞めようよ」
「分かるよ、拓哉が隣にいることは分かる。けどね、辞めれないの、親が反対する」
「普通の高校生はもう反抗期だよ」
「何よそれ」
くっすっと笑う。
「明日花火を観に行こう」
「本当に私でいいの?」
「うん」
琴音は俺の手を強く握る。
どんなに天才でも人だ。
必ず弱い部分や苦手な部分は必ずある、ならそれらを支え合ってこその人だ。
俺は琴音を支えたいと心の奥底から思った。嘘偽りなく。




