琴音の気持ち
琴音と旅行に行く予定だった三連休の初日を終え。
三連休の二日目、拓哉はアルバイトをしていた。
「ここはこうやって」
「はい」
俺は今祭りのアルバイトをしている。
日当1万のバイトを。
テントを運び、指示された場所に持ってくる。
結構重たいな、テントのパーツを持ってきて、また戻って取りに行くそれを繰り返す。
明日は祭りか。
年で一番でかい花火祭りがある。
誰かと行く約束はない、けど俺はあの人を誘おうと思っている。
手にできた豆を見つめる。
ちゃんとアルバイトするのって久しぶりだな。
俺は多分親に恵まれてる。
改めて感謝しなきゃな。
「そこに君、手伝ってくれ」
「はい」
呼ばれた場所に行く。
頑張るんだ俺、明日のために。
「琴音」
母は琴音の部屋の前に立ち、部屋に居る琴音に声をかけ続けていた。
「.....」
私がこうなったのはお前のせいなのに、何今更心配してるの?
私は昨日から一切部屋を出ていない。
もう、どでもいい。
拓哉もピアノも全部、全部どうでもいい。
拓哉もあれから連絡がない、きっと怒ってるんだ。
なんで怒ってるの? 私は悪い事してない、私だって行きたかったそれなのに親が邪魔をする。
嫌い、嫌い、全部嫌い。
拓哉も嫌い、何も分かってないくせに。
琴音はもう自暴自棄になっていた。本当のことはどうでもよくて、ただ何かに当たって自分を保つしかなかった。
一人ではあまりにもでかい部屋でただ泣くことしかできなかった。
みんな馬鹿、馬鹿。
誰も、誰も.....。
「うわぁぁぁぁぁ」
ただ叫ぶことしか出来なかった。
息が苦しい、どうしてこんなに苦しいの? 私は、どうするのが正解なの。
何が正しいのか、何が悪なのか分からない。
琴音はただ泣いた、泣くことで何かが変わるのを期待して、ずっとずっと泣き続けた。
「疲れた」
完全に日は沈み、寒くなっている外を静かに歩いていた。
筋肉痛で全身が鬼のように重たくなった体で歩く。
今日でどんだけ日雇いのバイトをしたか。
手にできた豆を眺める。
きっと琴音もこんな感じなんだろうな、いくら頑張ってもその努力は自分にしか分からない。
だってこの豆だって俺しか知らない。
傍からみようとしたら近づかないと行けない。
だから、人を評価する時は相手の全ては知らない。
何難しいことを考えてるんだよ俺。
俺に出来ることはやるんだ。スマホを取り出し琴音に電話を掛ける。
「もしもし、琴音?」
「何?」
どこか怒っていた、それもそうか電話をするなら昨日するべきだった。それなのに俺は昨日電話をしなかった、なんて声を言えばいいのか分からなかったから。
「今何してる?」
「別に」
「そっか」
会話は途切れる。
「そっちは何してるの?」
「ちょっと色々」
「よかったね、私と旅行行けなかったから色々できて」
「それは違うよ」
「なんも違くないよだって昨日も嬉しかったから電話しなかったんでしょ?」
「昨日はなんて言えばいいか分からなかったんだ、だから電話できなかった」
「ふーん、言い訳上手くなったね」
「違うんだよ本当に、それに俺は考えたんだ明日さ...」
「拓哉って無責任だよね、助ける助けるって言って結局は見捨てる」
「琴音?」
「私が助けて欲しい時に居なくなるし助けてくれない」
「違うんだ色々理由が合って」
「それに、いつピアノを聴きに来てくれるの? 今度行くよって言ってたのにいつ来るの?」
「それは、急に行くのは迷惑になるかと思ったんだよ」
「迷惑? 親の味方をするんだ」
「違う、俺は琴音の味方だ」
「嘘つき、嘘つき」
「琴音落ち着いてくれよ、俺は君を」
「助けたいんだ、救いたいんだ、とか言うんでしょ? もう聞き飽きたよその言葉」
「拓哉って最低な男だよ、全部口だけ」
「琴音」
「私考えたんだ、拓哉って人の心ないよね?」
「...」
「だってさ、私が拓哉のこと好きって言った時喜んでるように見えなかったし、いろんな人にちょっかいかけてるよね?」
「志保や凜先輩ましてや早百合、全員拓哉のこと好きだよ? それに気づいてるのにまたいろんな人にちょっかいをかけてる」
「違うんだ、俺はただ」
「でも、よかってね、拓哉は性格が悪いって知ってるの私だけだから、それにもう」
「拓哉なって大っ嫌いだから」
「待って琴音」
「名前呼ばないで」
「じゃあね、今までありがとう」
「二度と顔を見せないで」
そう言い、琴音は電話を切る。
どうしていつもこうなるんだ、誰かを救おうとしたら誰かが傷つく。
誰かを救ったらまた困っている人が出てくる。
困っている人を助けたらまた困ってる人が出てくる。
そして、傷つき、傷つき、傷つく。
これで世界は回っているのか?
やっぱり世界は残酷だ。
「うわぁぁぁぁぁ」
拓哉との電話を切り、琴音は泣いていた。ずっと泣いていた。
やってしまった。私は馬鹿だ。なんであんなことを言ったんだ。バカだ馬鹿だ。
八つ当たりをしてしまった。どうしよう、どうやったらいいんだ。分からない分からない。
ただ、一つだけ分かる私のしたことは最低だ。やってはいけないことをした。拓哉に八つ当たりして自分を正当した。何も悪くないのに。
拓哉はただ助けようとしているだけなのに、それなだけなのに。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
部屋には叫び声が響く。
私は私が嫌いだ。
琴音は目をつぶる。今までの思い出が走馬灯のように走る。
あの時手を指し伸ばしてくれた、あの時の拓哉は格好良かった。
こんな駄目な私に手を指し伸ばしてくれる優しさに惚れた。
一緒にピアノを弾いた時の表情に惚れた。
私のためにピアノを弾いてくれたことに惚れた。
好きだ、私は拓哉が好きだ。
けど、今自分で関係を壊した。
琴音は静かに眠りにつく。現実から逃げるように。
誰かが手を握っている、優しい手で豆ができていて私の手に似ている。
私は重たい目を開ける。
すると、私の横に拓哉が座っていた。
拓哉は私の手を優しく握りしめていた。
まだ起きていない脳で理解しようとする。
何故か私の隣に拓哉が居る。




