琴音は嫌う
「今日はピアノの演奏会に行ってもらいます」
「嫌、私は今日旅行に行くって前から約束してたでしょ」
「琴音今は大事の時期なの」
ピアノがポツンと置かれている部屋で琴音と母は言い合いをしていた。
「三日間だけだから、お願い」
母は渋い顔をする。
「駄目です」
どうして、こうも厳しんだろう。私は毎日ピアノを頑張ってる、それなのにご褒美の一つもない。
毎日ピアノ、ピアノ。
夏休みだって毎日ピアノ。気が狂いそうになる、私はピアノが好きだ。
でもこんな生活を送ってたら嫌いになる。
だけど、拓哉が居るから弾きたいと思う。もし拓哉が居なかったらピアノなんか辞めてる。
「お願い」
私は頭を下げる。
どうか三日間だけ遊ばして、その後は頑張るから。
けど私の願いはいつも叶わない。
「駄目です」
「そんな....」
「もし、無断外出したら学校を辞めてもらいます」
母は嫌いだ。
いつもこうだ、何かあったら私からいつも奪う。
奪って、奪って、奪う。
こんな母なんか......。
何考えてるんだ、そんな考えはしちゃだめだ。
「分かったよ」
私は頭を上げ、母を睨む。
スマホを取り出し、拓哉に連絡する。
母は部屋を出て行く。
私は母に従うしかない。もし逆らったら全部奪われてしまう。
机に置かれているチケットを取り、眺める。
行きたかったな。
ここに行って、ここでご飯を食べて。
そんな想像をしていたのに、結局こうなる。
母なんか消えちゃえ。
広い部屋にはただ、一人チケットを悲しそうに眺める琴音だけだった。
この服と、これを入れてと。
俺は今キャリーバックに服を入れていた。
今日から三日間琴音と旅行に行くため準備をしていた。
財布を開き、チケットを確認する。
本当に楽しみだな、コンサートって胸が躍るんだよな。
なんかこう、ハッピーな気持ちになれる。
チケットを財布に入れ、準備を進める。
琴音と遊ぶのって久しぶりだよな、夏休み以来か。
あの時ピアノを聴くために行ったが、親の呼び出しで結局聴けなかった。
今日大丈夫かな。
心配になる、琴音の親は毒親に近い。
毎日ピアノをさせて、休憩の時間なんて与えていない。
琴音。
今、俺のためにピアノを弾いてくれている。
けど、俺が居なくなったら辞めるかもしれない。
そしたら、どうなってしまう。
嫌な考えを消すため、スマホを取り出す。
『今日行けなくなった』
一件の連絡が来ていた。
琴音だ。
たった一言だけ。
俺の嫌の予感はきっと当たっている。
琴音の母親が外出禁止にしたんだろう。
琴音のコンサートだって近いはずだ。
なんて送ろうかな。
琴音は今悲しんでる。
あんなに楽しそうに俺にチケットを渡していたのに、どうして現実は残酷なんだよ。俺はただ考えることしかできなかった。
どうやれば琴音と遊べる。
どうやれば琴音は救える。
けど、いくら考えても答えには辿り着かなかった。どうんだけ考えても最後に待っているのは親だ。
親には敵わない決して。
俺はただ、時が過ぎるのを待った。
琴音と一緒に行けないなら行く意味が無いから。
「はい、今日はここまで」
先生の一言で今日のピアノの練習が終わる。
「ありがとうございました」
「どうも、今日も上手かったねピアノ」
先生は私に笑顔を向ける。
何も分かってない、私が望んでピアノをやってると思ってるの?
「ほんと恵まれてるよこんな環境だったらピアノ楽しいはずね」
環境ね。
そうね、こんな環境だからピアノなんて楽しくない。
こんな環境だから。
私はもう、感情を殺し、ただピアノを弾く機械になっていた。
どんな音も同じように聴こえて、どんなテンポでも同じテンポに聴こえて。もうピアノが判らない。
嫌だ、もう、辞めたい。
琴音はもう限界になっていた。
ちょんと突けば、今にも倒れそうになっている。
私は、今日は拓哉と旅行に行くはずだったのに。
きっと拓哉も怒っている、私から誘ったのにドタキャンしたことに。
「あなたはきっとピアノの天才ね」
琴音はもう、完全に糸が切れた。細くて丈夫だった糸が。
私がピアノの天才? もうやめてよ。
やめてよ。私が望んでやってると思う?
やめてよ、やめてよ、やめてよ、やめてよ。
今までの気持ちが溢れ出る。
ただ、親に喜んでもらうために始めたピアノがいつしか私を殺しに来てる。
いつか殺される。
私は立ち上がり自分の部屋に戻ろうとする。
「こ、琴音さん?」
先生は驚く。
私のこと何も知らないくせに。
部屋を出て、自分の部屋に入る。
ポケットからスマホを取り出し、連絡が来てないか確認する。
何も来てない。
拓哉は?
もしかして一人だけ行ったのかな?
馬鹿、拓哉の馬鹿。
琴音はただ八つ当たりするしかなかった。
そうしなければ壊れてしまうから。
拓哉なんて嫌い。




