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73話 雪と拓哉

早百合が部屋を出てから一時間が経過していた。


 多分寝室で休んでいるんだろう。


 さて、俺はどうするべきか、一時間でほとんどの課題を終わらしてしまった。残りは早百合家の経済だな。


 腕を伸ばす。力が抜けていく。


 周りを見渡す。


 やっぱりでかいな。一人で住む場所じゃなかったぞここ。二人でも三人でも、住む場所じゃない。


 早百合も大変だな。


 俺が手伝って少しでも負担が減ったらいいけどな。


 俺は早百合の言っていたことを考える。


 俺ってそんな風に見られていたんだな、そっと気配りができるか。


 なんか俺っぽいな。


 少し疲れたな。


 俺は机に伏せる。


 そして、眠りにつく。






 中学二年の冬。雪が死ぬ一年前。


「拓哉~」


 俺の部屋で楽しそうにする雪。


 見ているだけで笑顔になる。


「どうしたんだ?」


 雪は突然服を脱ぎ始める。


「おい、何してるんだよ」


「ほら見てこの傷」


 胸に縦長な傷かできていた。


「これね、私がやったの、拓哉のことを忘れないために、ずっと忘れないために」


 なんだって? 何を言ってるんだ?


「私ね、一人が怖いのだから拓哉が胸に宿っていると思えるように胸に傷を入れたの、どう可愛いでしょ」


 は? なんだよそれ。怖い。


 雪はいつも明るくて楽しそうにしている、それが雪だと思っていた。それなのにどうして、どうして。


「私はね、拓哉だけが傍に居たら怖くないの」


「ちょっと待って」


 雪は俺を無視して話続ける。


「私って可愛いかな? 今の私って可愛い? 私努力の天才だと思うな、だってさ生徒会長で、合唱コンクールのピアノもずっと私だし。私って凄くない?」


 胸に手を当て、神のお告げのように言う。


「拓哉聞いてる? もーちゃんとしてよ、ほらご褒美だよ」


 そう言い、俺の手を持ち、傷を撫でるように触らす。


「どうかな? 感じたかな?」


「...」


「ねえってば、聞いてる? もしかして私がこんな性格でビックリしてるの?」


「...」


「そっかー」


「でも、これから知っていけばいいよね」


 ニッコリ笑う。


「拓哉、私が傷ついた時は絶対に守ってよ」


「...」


「私は拓哉しかいないからね」


 カッターを持ち。手の甲を切る。


 雪は俺を倒し。馬乗りになる。


 そして、手の甲から出る血はどんなものでも赤く染めるほど濃ゆい。


 俺の制服にポタポタと落ちていく。


「これは、私の証だよ」


「もしね、私が死んだら、成瀬と私の名誉をちゃんと守るんだよ。じゃなきゃ地獄に落すよ」


 血はやがて俺の制服を赤く染めていく。


 俺の顔に近づく。


「ちょっと、なんか喋ってよー。つまらないじゃん」


「...」


「おーい、拓哉」


「どうしたんだよ」


「お、やっと喋った」


「何があったんだよ」


「もー喋りすぎだよ」


「そうだなー、拓哉はいろんな人を助けるんだよ」


 何を言ってるだよ。今言うべきはそれじゃないだろ。この状況を説明してくれよ。頼むから、雪を、雪を返してくれ。


「まあ、私ずっと我慢していたの拓哉の気持ちがバレないようにずっと、ずっと」


「だからさ、私を...」





「拓哉、拓哉」


 早百合? 早百合の声だ。


 我に返る。


 今にも泣きそうな目で早百合を見つめる。


「大丈夫どうしたの?」


「あ、ああ、思い出した」


 なんで、忘れていたんだ。


「何があったの? 大丈夫?」


「あ、ああ、ああああああああ」


「拓哉、拓哉」


「ごめん、ごめん、ごめん」


「落ち着いて、私はここに居るから大丈夫だよ」


「いや、嫌だ。忘れたのに」


 嫌な記憶を消していたのに、思い出した。


 嫌だ。嫌だ。


 俺を強く抱きしめる早百合。


「落ち着いて、お願いだから」


 全部思い出した。


 なんで俺が雪のことが好きだったのか、なんで俺が雪と成瀬を馬鹿にされあんなに怒っていたか。


 なんで俺がこんな性格なのか。


 俺は雪が好きだったんじゃない。好きになるしか選択がなかったんだ。


 あの日、あの場所、あの時。


 あ、ああ、そうか、そうだったんだ。


 俺だけが知っていた。


 上野雪は、優しい子でもなく、いい子でもない。


 上野雪は怪物だ。


 


 

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