56話 癒えることのない傷
「もうそろ大丈夫じゃないか?」
「うん、あんがと」
何故か十分程俺の上に乗り続けた幸。どこか納得していないようだったが降りてもらう。
「はい」
俺の方に手を伸ばす。幸の手を強く握り俺は立ち上がる。
右手や背中に傷ができているのを感じる。
「危ないぞ本当に」
「ごめん、ごめん、気持ちが浮いてた」
顔の前に手を合わして謝る。まあ、こんな可愛く謝られたら許すしかないか。ってなると思ってるのか。俺は、許すぞ。普通に。
「まあ、何事もなくて良かったよ」
「うん、じゃあ、ホテル行こうか」
俺の手を引っ張り走り出す。ほ? ホテル?
この状況を説明するなら、バスとかで好きな人と同じバスを乗った時くらい気まずいぞ。まあ、気まずいと思ってるのは俺だけなんだがな。
「さあ、脱いで」
「本当に自分でできるから」
ホテル。
幸の部屋にいる。そしてベットの上に。
「大丈夫じゃないでしょ」
「でも、そんな大きな怪我じゃないから自分でできるよ」
本当のことだ、自分でできる怪我だ、それなのに幸は一歩も引かない。
「さあ、脱いで」
服を引っ張り始まる。どこかいつもと違う。なんか傷に関して異常に敏感だ。
「大丈夫だよ。その恥ずかしいし」
「大丈夫じゃない、大丈夫じゃない」
大きな声で叫ぶ。どうしたんだよ。いつもの明るい性格と違っていて驚く。何が君をそうさせるんだよ。
「落ち着いて、なあ、俺はここに居るから」
「落ち着いてる、だから、早く傷を見せて、私が手当てをするから」
「どうして、そこまで手当したいんだよ」
「お願い、手当てをさして、じゃあなきゃ怖いの」
怖いって、こんな傷じゃ死にやしない。まして、そこまで大きい怪我ではない。なのに、そこまで心配する理由はなんだよ。
過去に何か事件が起きたのか。ふと考えが浮かぶ。
幸がこんな風になってしまった原因が過去に必ずある。確信する。
「わかったよ、だから落ち着いて」
俺は服を脱ぎ始める。脱ぐときに感じる服と背中が擦れる感覚がいつもより痛く感じる。これ、やばいかも。
脱ぎ終わった時、幸は突然泣き始める。
「どうした?大丈夫か?幸」
「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「大丈夫、俺は生きてるぞ」
幸の方に顔を向ける。震えている顔。震えている体、手。何かに怯えているようだった。
幸の肩に手を置く。
「俺の目を見るんだ。大丈夫俺がいる」
いつもの光に満ちている目はなく、光が抜け闇に満ちていた。
「大丈夫か?」
「う、うん、薬塗るね」
震える手で塗り始める。ずっと謝りながら。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「本当に大丈夫だったから。落ち着いて」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
薬を塗り終え服を着る。
震えている手を握る。
「大丈夫か」
過去のことを思い出したかのようにまた泣き出す。
「本当にどうしたんだよ」
幸は明るい性格でいつも楽しそうにしている、それなのに傷を見た途端こうなっている。必ず過去に傷に関するトラウマを持っている。決して治すことができない傷を。
「話してくれ、少しでも癒すことができるともうから」
「...」
幸は顔を下に向ける。
そして、心に深い深い傷を背負った幸が語り始める。




