39話 本当の天使
見慣れない天井を見る、俺は天井を掴むように手を伸ばす。届くことはない距離だった。
横を見る。窓から見える外は暗くなっていた。由衣はいなく。この病室には俺しか居なかった。
横に置いてあるスマホを取り、時刻を確認する。
時刻は20時を過ぎていた。
どれくらい、寝ていたんだろう。
部屋のノック音が鳴り。扉が開く。
そこには、由衣と成瀬だった。
「お兄ちゃん」
手に持っている荷物を捨て、俺に駆け寄ってくる。
「よかった起きてよかったよ」
泣きながら言う。
「ごめんな」
頭を撫でる。この手は人を撫でてもいいのか?あの日の記憶を思い出して、怖くなる。忘れるんだ。
「お医者さん呼んでくるね」
そう言い、由衣は病室を出た。
成瀬は俺の近くに座る。
「大丈夫か?」
「いや、全然大丈夫じゃないかも」
「そっか」
俺は顔を下に向けたまま言う。
「突然、目の前に女性が立っていて、上野雪って言っていた」
震える声で説明をする。
[ああ」
「それで、思い出したんだ、あの日のことを、ずっと忘れようとしてるのに、思い出したんだ」
「ああ」
「多分、あの女性は俺のことを知っている。だから、俺に言ってきたんだ」
「落ち着け、幻覚の可能性もあるだろ?」
「ない、絶対にない。嫌だ、嫌だ。思い出したくない」
「落ち着けって、大丈夫だ、お前は悪くないんだから」
「...」
自分の手で、ベットを殴り続ける。俺は悪くない。悪くない。悪くない。悪くないのか...。
酷く乱れながら呼吸をする。
「俺って本当にわるくないのか?」
「大丈夫だ、悪くない」
「そっか、そうだよな」
泣きながら言う。シーツは濡れていた。この涙はかなしいから泣いているのか、自分の過去から逃げてる涙なのか、わからない。
走ってくる足音が聞こえてくる。ここは、公共施設なのに、そんなルールを無視して、走ってくる。
扉が勢いよく開く。
「拓哉、拓哉いる?」
早百合が言う。荒れている髪なんか無視で俺の心配をしている。
「拓哉、大丈夫なの?」
俺の方に近づく。
成瀬は立ち上がり、席を譲る。早百合は俺の横に座る。
俺の手をそっと握る。夏なのに手は冷たくなっていた。
「由衣から連絡があったの、だから、急いで来たの」
「ありがとう」
泣き顔を隠すため、顔を横に向ける。
「その、大丈夫なの」
「大丈夫!ただの貧血みたいだし」
俺は横を向きながら言う。早百合には心配を掛けたくない。だから、嘘をつく。
「嘘ね」
俺の顎を掴み、早百合の方に顔を向けられる。
「ほら、嘘じゃん」
視界がぼやけなか、早百合の顔を見る。綺麗な顔で、目が少し赤くなっている。
「ごめん、嘘...」
強く握ってある手が、もっと強くなる。この強さは、不安を表してるように。
「大丈夫、大丈夫だよ」
早百合は俺に抱き付く。
「うわああ」
小さい子供のように泣く。ずっと、ずっと泣く。もう涙なんてでないくらい。
不安が溢れ出す。怖さが溢れ出す。嫌な記憶が溢れ出す。
それだが、涙と重なって全部流れていく。
「大丈夫、大丈夫」
優しい声で言う。本当の天使のように。
あれから、どれくらい泣いたんだろう。目が覚めると、朝になっていた。外から、眩しい光が差し込む。目は腫れている。
早百合には申し訳ないことをしたな。右手を眺める。握られた痕はないのに、感覚はまだ残っていた。
昨日とは違って落ち着いていた。ちゃんと向き合わないと。もう、逃げられなくて、忘れることもできないんだ。
右手を強く握りしめる。
前に進むしかないか、過去の自分の言葉を思い出す。人に言っといて自分は前に進んでないな。
重たい体を起こす。
起こすと同時に扉が開く。
「よ!」
そこには、何故か俺のことを知っている伊藤環奈が立っていた。