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導きの星

作者: 宮内駿


天空に星が輝いている。

この国で見上げる星模様は、かつてこの世界をデザインした創造主が見ていた星空を再現しているらしい。


ひしゃくの持ち手のように緩やかに連なった点から、さらに大きな曲線を描いていって、その途上に明るい星がふたつ。

それらともうひとつ、獅子の尾に輝くという星を結び合わせれば、今の季節の夜空を代表する大三角形が見えてくる。

そして再びひしゃくに戻り、今度は杓子の先端にある星の傾く先を辿ってみる。

すると似たような形のひと回り小さなひしゃくを見つけることができる。親と子のように、杓子を向かい合わせて。


親は、子の周りを一周するように夜空を巡る。

その星こそがこの大きな星界の中心であるからだ。

精霊と魔法の国・セイセシアの道標───天頂の星。



「ポラリス、か」



声に気付き見上げていた星空から視線を下げると、同じ方向を見上げていた男がこちらに目を合わせて「よぉ」と軽く手を挙げた。


「こんばんは」

「にいさんは眠らないのかい?」

「疲れれば休みますが、毎夜眠る必要はないですね」


「ほぉん」と気の抜けた返事をしたかと思えば、千鳥足とはいかないまでも普段より幾分緩やかな足取りで歩み寄ってくる。

「今の時間まで飲んでいたのですか」


別に咎めたつもりではなかったが、男は顎髭を撫でながら「酔いつぶれた仲間を世話してたらすっかり遅くなっちまった」と弁解した。

実に彼らしい、と思う。

最初は頑なに拒否しながらも、最後には学生達の鍛錬場の顧問を引き受けてくれるような男だ。困っている人間を放置できない性分らしい。

おそらく今も学生寮を避けて、わざわざ遠回りしてこの精霊堂の横を通り宿舎に帰ろうとしていたのだろう。

()()()()()()()()()()、その長所を活かした良き伴侶となっていたはずである。



───セイセシアの伝承…

復活を予言された魔王に対抗できるのは、7人の選ばれし騎士、そして彼らを導く【聖乙女(ポラリス)】。

その身に精霊王の加護を受け、魔王を倒すという使命を背負って異世界より転生してきた少女。

そう、彼女こそが()()()()()()()()()()()なのだ。



そして自分は、彼女にこの世界を案内する命を受けた精霊である。

ポラリスの案内人として休まらぬ日々を送っている。

夜毎の睡眠が必要ではない体とはいえ、こうして星を眺める時間が息抜きになっているのだから疲労は溜まっていると言える…

夜空のかの星をまた見上げると、隣人もまた星を辿る。


「ポラリスは、この国では最初に見つけ方を教わる星だが──こうして見ると小さい灯だな」


7つの星に形作られた大きなひしゃくをなぞりながら「あいつらの主張が強過ぎる」と続ける。

現実でも彼らを導く聖乙女よりも、彼女を守るように付き従う騎士たちが主役だという声はある。

しかしその実態がまだ未成熟な学生たちであることを知っている男はどうにも可笑しそうにしている。自分がその7つに含まれていないからって。


聖乙女のすぐ近くを忠実に回り続ける7人は、彼女の伴侶となり得る資格を持っている。

選ばれ得る、というべきだろうか。選択肢は全て彼女に与えられている。

それを言うならば伴侶に選ばれ得る対象者は彼女の周りに12人。その中にはこの顎髭の男だって含まれている。歳上枠というやつだ。

星図を形作る星になぞらえるならば12どころの数ではないのだが、創造主の都合などに口は出すまい……


「あの大きなひしゃくは親なんだろう?」

「そうです。ほんの一部ですが」

「一部……というと?」

「ひしゃくは尾の部分で、向こうの星をいくつか含んで親の星図になるんですよ」

「異世界の神話ってやつだな」


我らが聖乙女の故郷に伝わる物語。

彼女の話でしか知り得ない世界の話に男は想像を巡らせているようだ。


「子の周りをつかず離れず──健気なこった。だが気持ちはわからなくもない」


彼女の伴侶になっていたかも知れない男。

彼女の熱意に絆され、鍛錬の顧問まで請け負い、ともに平和な世界を思い描いた仲間。

選ばれる側とはいえ、彼も一時は願ったかもしれない。彼女とともに在る未来を…

そんな風に見ていたら「なんだその目は」と言われた。どんな目で見ていただろう。


「哀れまれるほどじゃねえよ。嬢ちゃんのことは、それこそ子を想う親のように思ってる。今までもこれからも、程良い距離から見守ってやるつもりだよ」


あの星のようにな。

と、恐らく格好つけて言ったので、

「あの星図は神話によれば母親ですよ」と補足した。

隣から豪快な笑い声が返ってきた。




「ナヴィは?」


笑い声の余韻を残しつつ訊ねられた。


「お前さんの星は何処に在る?」


この世界の天体はポラリスを中心に回っているのだから、どの星を差してもどうせ彼女から離れることはできない。

とは言え。

にこやかに返事を待つ男は、答えを知りながら訊いているのだろうか?

邪推して眉を寄せるものの、過剰に揶揄う意図はなさそうである。

では知らずに訊いているのか。逆に気まずい。


「…………私は、あれですよ」


観念して、一点を指し示す。

指先を辿って見上げる男は小首を傾げた。



〝ナビガトリア〟

案内役として旅路を照らす役目。

天頂の星・ポラリスが持つ別名のひとつである。



「……同じ星、ってか。それは敵う筈もなかったな」


短い口笛を鳴らし、今度こそ揶揄い混じりに男が言う。

視線を逸らしながらも、言い逃れもできない。

この数多の星々が周囲を巡る中で

彼女が選んだのは、自分であったから。


7人の予言の騎士でもない。

12人の定められた伴侶候補にも含まれない。

ただ聖乙女の案内役として役目を全うするべき自分が、一人の少女に振り回されている。


精霊である自分は本来人前にも姿を見せないのだが、聖乙女が選んだ者、という効果が発動しているせいか他の人間にも存在を認知されている。

ともに戦ったわけでもない自分がどんな顔をしていろと言うのか。


幸い、隣の男がそう接するように気負わず受け入れてもらえてはいる。

自分が気まずそうにしていると「その反応に満足した」とでも言いたそうに男はまた機嫌良く笑うのだ。

こんな状況、絶対にシナリオには含まれていないだろう。




一言二言挨拶を交わして、男は宿舎に戻って行った。

もう空の片端が微かに白み始めている。

輝きの小さい星から薄らいで見えなくなっていく。

しかし確かにそこに存在しているのだ──


シナリオをとうに越えたこの世界で、

我らを導かんとする、小さな星が。



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