太客
どうせいつも使わないんだからお前。
大西は僕がもらってきたマスタードに、ナゲットをぶち込む。
「今日はソース使う気分だったかもしれないのに」
「使いたかった?」
「いや別に」
でしょ?と言わんばかりの笑みを浮かべ、大西はナゲットを口へ運ぶ。
駅前のマクドナルドは、昼過ぎにしては空いていて、空席の状況を見るやいなや、大西の分厚い手で半強制的に僕も連れてこられた。東高校はテスト期間だったため、学校が昼前に終わり、店内にも同じ学生服の生徒が何人かいた。どれも知らない顔ばかりなので、この前入学してきた一年生であろう。まだ入学して二ヶ月ほどしか経っていないのに、既にここのマクドナルドを新入生が使っていることに驚いた。僕と大西ですら、三年生になってからここの存在に気づいたのに。もっと言えば、僕が伝えていなければ、大西も知る機会はなかっただろう。こいつに教えてしまってから、ほとんど毎日通ってしまっているから、教えたことを今更ながら大後悔している。
「健二もそう思う?」
いきなり名前を呼ばれ、烏龍茶を吹き出しそうになる。
「ごめん、何が」
「いやだから、子どもの頃ヒーローに憧れたりした?」
「ああ」
姉の影響でプリキュアを見てた。とは口に出さなかった。
そういえば、高校一年生の時の自己紹介で大西が、
将来は仮面ライダーになります!と、意気揚々とクラスでスベりていたのを思い出した。
「俺さぁ、未だに諦めきれないんだよねライダー」大西は嬉しそうな顔で束のポテトを喰らう。
「まず痩せたらどうよ」
「デブには仮面ライダーできないのかよ」
「プリキュアが太ってたらどう思う?」
「イカしてると思う」
それは今お前が太ってるからだろ。と言いたくなる。
実際、仮面ライダーが太っていたら変身ベルトがキツそうで見ていられない。コメディにはなるが、かっこよくは映らない。ヒーローなんて子どもの憧れの的であるべきなのだから、それに憧れて小学生にデブが増えてしまったらたまったもんじゃない。
「デブこそヒーローに向いてると思うけどな、ほらお相撲さんとか強いじゃん」
「今のヒーローって肉弾戦なの?」
「そういうのがいたって良いと思う」
大西が額に汗を滲ませてきた。
六月はすでに暑く、登校するというだけでも憂鬱な気分に陥る。どこかのヒーローみたいに、軽々しく空を飛んで学校まで行ってしまいたい、と何度も考えた。そうだ。やはりデブは重くて空など飛べない。よってヒーローにはなれない。
「デブこそ世界を平和にすると思うけどなー」
「飛べないデブはただのデブでしょ、宮崎駿がそう言ってる」
「別に飛ばなくったって歩きゃ良い」
そんな他愛もない話で食事を進めていると、僕たちの隣の隣の席で食事をしていた40代くらいの会社員らしき男が立ち上がり、トレーを片付けずにそのまま颯爽と店を出て行ってしまった。僕たちは、その背中を目で追う。
「マナー悪いなあいつ」と僕はテキトーに呟いた。
すると、
ちょっと待ってて。と大西が大きい体で立ち上がる。大西の腹で机が押され、ドリンクが溢れそうになったのを、焦って押さえる。
大西は、会社員が座っていた机まで行き、トレーをゴミ箱まで持っていき片付けを始めた。それを見て僕は口を縦に開く。大西は嫌な顔一つせず、分別しながらあの会社員が残していったトレーのゴミを片す。ドリンクの中身もかなり残されていたようで、大西はそれも嫌な表情せずに捨てた。そうだった。僕はこういう大西がたまに見せる優しさが、出会った時から好きでたまらなかったのだ。思い返せば、クラスで友達なんか作る気もなかった僕に最初に話しかけてくれたのは大西だった。僕が体調を崩した時も、玄関のドアにゼリーの入ったコンビニの袋を何も言わずに、ぶら下げてくれていた。大西は、子どもには気づかれないが、十分なかっこよさを持っている。僕はそんな大西を尊敬している。
「俺らもそろそろ行こう」大西はこちらに戻りながらそう言った。
トレーを片付け、僕たちは店を出て駅へ向かう。
「やっぱりマックうまいな。また明日も行くか」
「俺はもういいから一人で行けよ」
大西の顔がムスッとしたのが、顔を見ずとも分かる。
「オーディションでも受けてみたら?仮面ライダーの」僕はそう言ってみる。
「デブには無理だよ」と大西は笑った。