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PKK戦1

 『ナウヘイム』における魔法発動はMP消費、発動の順に行われる。

 即時発動と何が違うのかというと、溜めからのキャンセルが可能という点だが。

 この辺りは戦技(アーツ)と使い勝手が異なっていた。


 MP消費段階は、片手に魔力を収束させる行為で表される。

 ピーケイの左手には、周囲から紫の光点が曲線を描いて集い、より大きな燐光が灯っていた。この色で魔法の種別はある程度、推測できる。

 基本的に紫は妨害や攻撃的な補助を現わす色だった。


「『バインド・フォースダガー』」


 武器形成系の呪文の一つ。紫の魔力光は形状を変えて、ピーケイの左手の指に挟まる形で四本の短剣となっていた。

 アランたちが身構える。

 彼らは非戦エリア悪用を恐れて距離を取ったが、釣られてやる必要はない。

 ピーケイとしては、有利な位置からじっくり嬲ってやればいいのだ。


 紫の閃光が二条迸り、同じ数だけのダガーがアランに飛来する。

 アランは即座に両手剣を返して鎬で弾いた。弾かれたダガーは回転しつつも、

燐光を残して消滅する。混戦でもない現状、ブロックは難しくない。


「……っ!」


 半瞬遅れて、残り二本のダガーがアランの両足に直撃していた。

 半分はおとり、残り半分の本命で仕留める、珍しくもない投擲術だった。


 バインドダガーの威力はさほど高くないが、出血の状態異常も合わさり、じわじわとアランのHPを削っていく。

 そのダメージ量はいずれ、近接戦に影響する程になるだろう。


再詠唱(リキャスト)――どうした、そのまま的になるつもりか?」


 紫光のダガーを補充しつつ、ピーケイは浮かないアランに声を掛けた。

 面頬の奥で、アランが笑ったような気がした。


「いいや、そうはならない。こっちには魔法の専門化が居るからな!」


 アランの後方で、最初の攻撃以降動かなかった魔術師PC、蒼城が杖を掲げ、その先端には黒い魔力が収束していた。

 黒は属性由来、こういう場合は大規模な攻撃魔法の可能性が高いが。


「……起動、『グラビティスフィア』!」


 次の瞬間、周囲の光景を飲み込むのような巨大な黒い球体が出現していた。

 事実、ピーケイは踏みとどまったが、それは強く物質を引き寄せる力を発している。重力源の発生と攻撃を兼ねた魔法。


 潤沢な魔力を込めたか、パッシブスキルの影響か。球体が発する重力は強力で、退くどころか止まる事もできず、じりじりと足ごと引き摺られていく。

 実質、非戦エリアに逃げ込む戦術は潰された形だ。


「っと……なるほど」


 引き寄せ効果も非戦エリア付近での奇襲には有効な選択だった。事前に用意していたのも道理と言えるだろう。

 ピーケイは軽く腕を振る形で、四本のダガーを投じる。

 重力を逆用した加速投擲。


 一瞬の間に、複数の金属音が重なるように響いた。

 紫に閃く四本のダガー、アランは一刀の元にその全てを叩き落していた。

 挑発なのか、堂々とした正面の構えでピーケイに大剣を向ける。


「さて、もう一度手合わせ願おうか?」

「大した度胸だ」


 ピーケイは率直に賞賛した。

 『グラビティスフィア』で発生する重力は物理エンジンによるもの、つまり物理法則がある程度は再現されている。

 たしかにピーケイは非戦エリアとの境界から引き摺りだされたが、重力による拘束自体は重武装のアランの方が、より大きく受けるのだ。

 これが単なる吸引力なら、一方的にアランたちが有利だったかも知れない。


 非戦エリア悪用が潰されたなら、とピーケイの切り替えは早かった。

 発生した重力源に乗っかる形で地を蹴り、アランに肉薄しMP消費を開始する。


再詠唱(リキャスト)――」


 アランが当然ながら投擲による牽制を警戒した。

 投擲に備えたか、あえて投擲を無視して本命の攻撃に集中したか。


 どちらにせよ、その警戒は空回りに終わった。

 ピーケイはMP消費状態を維持したまま、発動を保留。そのまま拷問ノコギリで切り掛かっていた。

 やや反応が遅れたものの、アランは両手剣で防御し、火花が散った。


「『バインド・フォースダガー』!」


 保留していた魔法をMPを追加消費し、第二の魔法効果を起動する。

 またしても紫の燐光がピーケイの左手に集い、しかし形成されたのは紫のショートソードだった。ダガーより倍以上の刀身、威力も高い。


 二度目の奇襲にもアランはよく反応した。

 一歩下がる形で時間を作り、小剣による一撃にも器用に対応していた。

 しかし、その腕を狙うように拷問ノコギリが喰らい付いていた。


【状態異常:出血×4】


 またしても紅い閃光(エフェクト)が弾け、アランのHPが奪われる。

 出血の蓄積(スタック)も増え、HP減少の速度も上がった。


「……対人慣れしているな」


 この戦闘自体、仕掛けた側にも関わらずアランは主導権を奪われていた。

 遭遇戦の場数としか言いようがないが、それでも冷静さを失わずペースを保っているのは、大したものだと言えた。


 アランは後退り、ピーケイを射程に収めると小細工も何もなく力一杯、横薙ぎに大剣を振り回していた。重力源に引かれているピーケイに回避の余地はない。

 重い衝撃、またそれを抑えるように円形の防御エフェクトが発生した。


 ピーケイは二つの刀剣を交差させ防御(ブロック)。容赦なく上からHPが削られる。

 だが、重量武器への受け流し(パリイング)は器用特化型か専用のパッシブでもない限り、成立させるのが難しい。現状では最善の策といえた。


 マルチロールが基本である『ナウヘイム』において、アランは典型的なDD(ダメージディーラー)/タンク。

 小細工で少々削られようが、強引にダメージレースに持ち込めば、そう簡単に不利にはならない。


「今度はこっちの番だ」


 アランの宣言と共に『ミドガルド冒険者ギルド』の二名による猛攻が始まった。

 振りかぶる挙動から袈裟懸けの振り下ろし――動作技(コマンドモーション)、スマッシュが発動し、強烈な一撃がピーケイに叩き込まれた。


 スマッシュ後の硬直にもピーケイはガードを維持、セオリーとして正しい。

 アランは硬直をキャンセル、戦技『ダブルエッジ』を発動し反動を無視した二連撃を追加で放っていた。


 流れるような動作で、大剣による合計三連撃の猛攻。vEのテンプレートとも言うべき繋ぎ方だったが、ピーケイはそれを双剣で全て防御していた。

 しかし、それで一枚上手とは言い切れない。


 アランの後方で、蒼城が杖の先端に次なる魔力の収束を終えていた。


「『プロミネンス』!」


 地点指定の火炎攻撃魔法。

 蒼城が『プロミネンス』を発動すれば、アランの連撃で押し込まれたピーケイの足元が溶岩のような朱色に染まった。

 わずかなタイムラグを経て、炎が荒れ狂い螺旋を描きながら円柱を形作った。


 アランの大剣を押し退け、寸前にピーケイは『プロミネンス』を真横に跳躍して回避。

 しかし、そこにアランの動作技、ブランディッシュ――ノックバック効果を帯びた回転斬りが襲い掛かっていた。


「ぐっ……!」


 やはり、防御に成功するも直撃。威力はさほど高くはない。

 ブランディッシュは本来、固まった集団を散らす技で対単体には心許ない性能だった。

 この場合、真横に飛ばれた事で前衛を抜かれる事を警戒したのだろう。


 選択の余地もなく、ピーケイは前衛のアランと後衛の蒼城の両方と対峙を続ける事になった。『グラビティスフィア』の影響下では退く選択がない。


(これが、こいつらの必勝パターンか)


 ヒーラーを欠いてはいるが、固めて(Tank and)焼く(Spank)の基本が守られた戦術だった。

 特に前衛のアランが柔軟に標的を押し込み、vE用の戦術をvPでも成立するレベルまで昇華させている。


 こいつらの腕も悪くない、と認めたピーケイは少しばかりムキになっていた。

 あくまで予備武器のレベルではあったが、損失より戦闘に注意を傾けたのだ。

 魔法を交えた激しい剣戟が始まろうとしていた。


 ピーケイは連続技(コンボ)の隙に首元――確定クリティカルを狙い、拷問ノコギリを打ち込むが、アランは後退してそれを(かわ)す。

 直後、アランが放ったスマッシュは、困難とされる受け流し(パリイング)で弾いた。


「マジか……」


 後衛を務める蒼城が息を呑んだ。

 たしかに曲芸ではあるが、ピーケイとしては最初の横薙ぎに比べれば、駆け引きとプレイスキルが伴えば、実戦に持ち込める範疇だった。


 アランは硬直を即座にキャンセル、戦技『ダブルエッジ』を発動。

 大剣による一撃でショートソードが弾かれ、二撃目。そこで始めてピーケイは

まともなヒットを受けていた。今まで以上にHPが削られる。


 しかし、半ば撃ち合う形でピーケイも拷問ノコギリを叩き込んでいた。


【状態異常:出血×4】

【状態異常:出血×5】


 アランのHP減少が加速していく。ダメージレースとしては悪くない交換だ。

 それを察してか、アランは苦笑して声を掛けてきた。


「結構、強引に攻めてくるんだな」

「守ってたら思う壺だろ……っと」


 双方、話はしても手までは休めなかった。

 ピーケイは跳躍の素振りを見せ、アランは横薙ぎの一撃で足を止めようとする。

 しかし、それはフェイントで真逆に跳び、大剣からは逃げきれないが防御する。


 直後、大地から火柱が迸り、誰も焼く事なく収束する。

 蒼城の『プロミネンス』はまたしても回避されていた。


「まずいな。俺じゃ止めきれないか。地点指定から追尾弾に切り替えで」

「アイサー」


 結局の所、斬り合いでは五分の攻防が続き、状態異常と追尾弾でHPを交換し合う流れとなった。二対一で『グラビティスフィア』で立ち回りを縛り、ようやく五分なのだからアランと蒼城にとっては冷や汗ものだった。


 もちろん攻防が五分なら、不壊品(アンブレイカブル)で防具性能が劣るアラン達が敗北する。

 しかし、アランたちには目的があり、五分というのが最も都合が良いのだ。


【状態異常:出血×8】 → 【状態異常:なし】


 出血の累積が溜まった所で、アランの身体アバターを薄緑の回復効果が照らしていた。重なっていた出血が全て解除される。

 消耗品の動作省略(モーションスキップ)の権利を使用したのだ。

 この手の累積する要素はある程度、たまってから処理した方が効率が良い。


 見せかけの優勢を作り出すと、アランは速度重視で正面から大剣を打ち込んだ。

 ピーケイはそれに反応して、双剣を交差させて受け止める。

 こうして戦闘を硬直させ、会話の機会を作るのがアランの意図だった。


「そろそろ本気を出したらどうだ?」

「本気? 本気、と言われてもな」


 急な要求に、ピーケイは慎重に言葉を濁していた。

 何らかの駆け引きと考えたのだ。

 最初に想起したのが、背中に掛けている黒い長物(メインウェポン)だったが……


 本気の形は多様だ。

 後先考えずに、全てのリソース費やし戦うのも本気の形の一つだろう。

 しかし、『ナウヘイム』は経済要素のあるMMOであり、経済損失を抑えて戦う事も最善を尽くすという意味では本気なのだ。

 その価値観でいえば、無駄なリソース消費はお遊びでしかない。


 ピーケイの内心での困惑を見透かしたのか、大剣で押しつつアランは続けた。


「違うそうじゃない。あるだろう? 同じリソース条件で他のプレイヤーを圧倒し、抜きん出る程の切り札が……」

「そんな裏技があったら、他のプレイヤーも使うだろ」


 常識的に応じつつも、ピーケイは若干の心当たりはある。

 まだ動作技での再現が確認できてない旧コマンドだったり、ルーン秘術構成や専用戦技(カスタムアーツ)の検証結果……さらには、その先にある奥義と呼ばれる要素など。


 VR化以前のデータ、旧世界が維持された問題点として最大のものは、旧来のプレイヤーと新規プレイヤーの資産や知識面での格差だろう。

 それを嫌って、第一サーバーYmirを避けるプレイヤーも多かった。

 しかし、人間の発想とは逞しいもので、逆に旧世界のプレイヤーから資産を奪い取れば、他のサーバーより遥かに優位に立てる、と考えた者も多い。


 ピーケイはアラン達もそういったプレイヤーなのだと思ったが、続いた言葉は

予想から大きく外れた詰問だった。


「とぼけずに使ってみたらどうだ――『電子ドラッグ』とやらを」

「…………」


 ピーケイは一瞬、思考がフリーズし、それから単語の意味を考えた。

 『電子ドラッグ』とは元来のSF用語と大きく意味は変わらない。VRのような五感情報の再現に留まらず、直接的に脳に作用するプログラムの事を指す。


 しかし、五感と認知情報処理への介入が進んだ時代であっても、未だ都市伝説的な概念に過ぎない。同じ電気信号だといっても、根本的にフレームの異なるニューロンへの書き込みは、入出力情報の操作とは次元が異なる。


 MMOのチートに喩えるなら、ただのパケット偽造と独自言語で機能するサーバープログラムへのハッキングぐらいには難度の差があるのだ。


「えっ」

「えっ」


 結局、ピーケイは急に出てきた『電子ドラッグ』という単語に、ただ困惑するという結論しか出せなかった。しかし、アランも同様であったらしい。

 状況は混迷しつつあったが、まだアランの大剣はピーケイの双剣を押し切ろうと刃音を響かせていた。

なにそれこわい


・バインド・フォースダガー

魔力を拘束して、武器の形状に維持する魔法の一つ。

空いた手に四本のダガー、MP追加消費で代わりにショートソードを形成する。

ショートソードの方は燃費が悪い。

アクションスキル一つの枠で二種の行動が行えるので、まあまあ便利。


・再詠唱

音声コマンド。一度、使用した魔法を繰り返し実行する。


・動作技

コマンドモーション。ゲーム側で設定された効果が付随する特定動作の事。

武器種と属性ごとに異なり、パッシブスキルなどで追加される事もある。

基本的に戦技より弱く、効果も単純。


・受け流し

パリイング。相手の攻撃軌道に介入して、逸らす防御手段。

器用/DEXや武器の重量で負けていると、ほぼ成功しない。

作中で成功しているのは、アランの器用不足もあったりする。

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