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旅路の交差点

 眠りの都アベンルーエは中~近世モチーフの大都市の大半がそうであるように、堅牢な城塞都市だった。周囲には深い水路が張り巡らされ、城門を兼ねた跳ね橋を通らなければ中に入る事はできない。

 クエストを進めると、水路で秘密の通路を発見できるのはお約束だが。


 跳ね橋には観光用の柵などはないので、もし過疎地でなければ初心者の落下騒ぎは日常的に見られる光景だったかも知れない。


 ミリィは落下が怖いのか、跳ね橋の中央を歩いている。

 そして、城門を目前にふと違和感を口にした。


「城門にガードは居ないんだ」

「北門だけはな。北の区画はプレイヤー用の住居区画で、犯罪者でも出入り自由。その代わりに、他の区画との境目が監視されている」

「ふんふん、なるほどね。じゃ、早く中に入ろっ」


 旧世界最大の都市なだけあって、石畳と芝が綺麗に整備されている。

 特にミリィの目を惹いたのが、通路の脇に並ぶ逆L字の木柱と先端から吊るされたランタンだった。

 この世界は常に夜、とはいえ月と星の灯りだけでプレイに支障が無いくらいには明るい。よって演出上の意味しかないのだが、暖かな暖色が点々と街を照らせば、また外とは異なった非現実感を楽しむことができた。


「わぁ……」


 そして、ミリィは意識して視ないようにしていたのだが、それが照らす建物は、あんまりと言えばあんまりな代物だった。

 ボックス状、とでも言うべきか。立方体に区切られ積み上げられた制作者の手抜きすら感じられる、雑な建物だ。


「うわぁ……」


 ここが住居区画というのなら信じがたい事だが、これがプレイヤー住居らしい。

 石壁で立方体状に区切られたそれは、なんと言うべきか。


「……ペットショップって感じ」

「せめて、カプセルホテルと言ってくれ」


 ミリィの率直な感想に、ピーケイは若干心外な様子で訂正した。

 そのまま、弁護するように続ける。


「昔の……大して昔じゃないか、元の『ナウヘイム』にはハウジングを楽しむ文化が無かったんだ。鍵を掛けれるスペースに、寝床とストレージがあればOK、みたいな価値観のプレイヤーが多かった」


 もし、時間をリソースに還元するゲームであるとMMOを定義するなら、拠点の位置は有利不利に直結する。

 有用な店に近い、各地にアクセスしやすい、日々の移動時間を少しでも短縮したい……そういった理由でアベンルーエの一等地を拠点としたいプレイヤーは多かったし、実際に運営は要望に応えた事になる。


 そして、街の景観は犠牲になった。VR化以前も酷いありさまだったのだ。

 当時の住民たちからはモンキーパークと呼ばれていた。


「それで一等地は詰め込み部屋なんだ……なんだかなぁ」

「開拓地か、もっと穏やかな街だと事情は変わるけどな」


 しんみりとコンテンツ事情を語るピーケイに耳を傾けつつも、ミリィは灯火が照らす北区画の街並みを観察していた。

 無骨な立方体ハウスの影響で、はっきり言って景観は悪い。申し訳程度に路傍に花が咲いているぐらいだ。

 しかし、所々には初心者救済用のお助けボックスなるものが存在していて、

賑わっていた当時の空気感をうかがう事ができた。


「面倒だから漁ってないが、厳選漏れというか最上位から一つ下ぐらいのクラフト品がたまに見つかるから、自由に持っていっていいぞ」

「いいの? 一応、私は初心者じゃないというか……」

「半端な品は中級者以下が使い潰すのが、効率がいい用途だからなぁ」


 曖昧に頷くミリィを見て、ピーケイは忠告が無駄になったと察していた。元より聞いて貰えるとは思ってない。プレイヤー間での義務的な薦めのようなものだ。

 身の丈以上の装備を獲得できても、損傷や修理のシステムで長期間は運用できずに使い潰すしかない。どうしても、遠慮が勝るようになっているのだ。


 そのうち、強烈なデスペナと所持品全損を喰らって、耐えられずに救済ボックスに手を出すのが、旧世界での一種のパターンではあるが。


 北区画を歩いていくと、やがて目的地というべきか、北区画を囲むように存在する第二の城壁が見えてきた。北門とは違い、全身鎧のガードが矛槍を立てて、犯罪者に大して眼を光らせていた。


「そろそろ中央区画との境目だな」

「Pさんとも、ここでお別れだね」

「そうだな。ちなみにオススメの仮住居としては、地下水路の牢獄が……」

「犯罪者じゃないから宿屋使うよ!?」


 無料で寝床と鍵付き扉と収納場所(ストレージ)が揃ってるんだがなぁ、とブツブツ呟くピーケイだったが、ミリィとしては陰惨な場所で過ごしたくはなかった。


 ある地点でピーケイは足を止め、逆にミリィはそのまま城門に近づいていく。

 本当にこれで別れの瞬間だ。


「一応、案内ありがと。ちょっと楽しかったよ」

「こちらこそ。見境ない奴に狩られないようにな」


 ミリィが手を振れば、ピーケイも無視するのも憚れたのか小さく振り返した。

 二人にとっては、ちょっとした寄り道の交差点。

 やがて、互いに背を向けて、それぞれの冒険を再開する。


***


(少し変わった奴だったな……)


 北区画を歩きながら、ピーケイはミリィの事を思い出す。初対面の相手に土下座された経験はさすがに無い。もう二度と顔を合わせる事はないかも知れないが、それでも旧世界で活動を続けるなら機会はあるだろう。


 ミリィは口振りや不透明な経緯からして、表のコミュニティで何らかの問題を抱えていた可能性が高いように思える。

 仮にそうなら旧世界に拠点を移行しても、トラブルを忘れてゲームを楽しめるようになるまで、時間が掛かるかも知れない。


 そんな事を考えながら、日課の巡回に戻ろうと北門から城壁の外へ出た直後の事だった。


【地名:アベンルーエ北門 警告:PK可能エリアに移行】


――風を切る音がした。


 城壁と外を繋ぐ跳ね橋の光景が一部、不自然に歪み、次の瞬間には兜で顔を隠した剣士の姿が露わとなっていた。

 周囲の風景に溶け込む、奇襲用の擬態効果(カモフラージュ)


 他者へ能動的な行動を取れば解除されてしまうが、先手の一撃を加えるには十分だった。

 弧を描いて薙ぎ払われた両手剣はピーケイに直撃。

 一瞬後にはさらに左寄りの上空、死角から魔法の炎弾が追い打ちを掛けていた。


 非戦エリアの境目は奇襲ポイントだが、襲われる側は用意に逃げ込む事ができる。よってPK側の攻め手の一つが、これだった。

 奇襲し、複数人からの連続攻撃で一気に獲物を削り倒す方法だ。


 セオリー通りの奇襲は完璧な形で、ピーケイを捉えたかのように見えた。

 しかし、本来あるべき斬撃エフェクトも炎弾の起爆も発生しなかった。


「なっ?」


 涼しい顔でピーケイは武器を抜き放つ事さえなく、素手で大剣を受け止め、飛来した炎弾も煩わしげに叩き落していた。

 羽虫でも払う様子に、少し離れた位置で身を屈めていた魔術師PC、おそらくは炎弾を放った張本人は特にショックを受けたらしかった。


「素手で受け止めた……?」

「違う。システムメッセを見てくれ」


 驚く魔術師に対して、戦士の方は冷静に状況確認を促していた。


【地名:アベンルーエ北区画 非戦エリアに移行しました】


 タイミングが良すぎる奇襲は逆に、半歩下がるだけで無効になる。

 下手に慣れたプレイヤーほど危機には身構えてしまうもので案外、奇襲にこういった対処をする事は難しい。だが実行できれば、これ以上のものはない。


「たまには襲われる側も悪くないな」


 システム的に無効な攻撃を止める事に、超人的なプレイヤースキルは要らない。

 労せずに攻撃直後の隙を見出したピーケイは好戦的に笑い、一歩踏み出した。


【地名:アベンルーエ北門 警告:PK可能エリアに移行】


 境目に立つプレイヤーは二つのルールを都合よく使い分ける事も可能だ。

 ピーケイは攻撃モーションの踏み込みを利用して非戦エリアを脱すると、猛然と目の前の戦士PCに切り掛かっていた。


 拷問ノコギリで抜剣からの切り上げ――胴体へのクリーンヒット。

 そのまま逆手に持ち替え首狩り――クリティカル。


 連続した斬撃音、鮮血を想起させる紅い火花(ヒットスパーク)が散る。

 強烈なヒット判定に基づくダメージが戦士PCの姿勢を崩し、そのHPを減少させた。


「く……」


 容赦のない奇襲返しに、戦士PCは大剣を構え直そうとして中断。

 バックステップしてピーケイの射程から逃れた。このまま、非戦エリアを悪用されては勝ち目がない。位置取りが不利すぎるのだ。


「賢い、と言いたいが本当にそれで正解か?」


 逆にピーケイも有利な位置を離れる事はせず、代わりに意地悪く問いかけた。

 その意図を察したか、動揺したように戦士PCの剣先が揺れた。


【状態異常:出血×3】


 戦士PCのアバターが時折、赤く点滅してHPバーが微減する。

 出血は蓄積(スタック)するタイプの状態異常で、蓄積量に比例して徐々にHPを削り取っていく。ピーケイが使用する拷問ノコギリの固定エンチャントだ。


 もちろん、戦士PCも状態異常への備えぐらいはあるだろうが、CT(チャージタイム)というものがある。現時点で手札を切って良いかは判断できないはずだった。


(さてと、こいつらは……)


 余裕ができたので、ピーケイはざっと注視して敵対PCの素性を確認する。


 まずは目前の戦士PC。

 PC名:アラン・スミシー、たしか過去に米国の映画クレジットに使われた偽名だ。雑学ネタとして、ウェブ上では匿名表記の代わりに使う人間も多い。


 『ナウヘイム』のPCとしては珍しく、フルフェイスの兜を着用している。

 防具は外見上では幾らでも装備できるが、ステータスに影響するのは三つまでと定められている。

 そして、VR環境だと視界が制限されるので兜は人気が無いのだ。


 魔術師の方は、PC名:蒼城。読みはあおしろ? あおき?

 HNタイプのPC名か。

 杖を携え、フード付き外套を身にまとった見るからに魔法特化型。しかし、これ以上の構成は装備からは判断し辛い。


 両方ともレベル100、所属は『ミドガルド冒険者ギルド第一支部』とあった。

 ちなみに『ナウヘイム』の表において、PCは神に選ばれた当千の勇士(エインヘルヤル)であり、冒険者というのは公式の設定ではない。

 冒険者ギルドというのも、ユーザーの作ったギルド名に過ぎなかった。


 短時間の観察だが、その間に向こうも方針を固めたらしい。

 主導権を握っているらしきアランが指示を下していた。


蒼城(そうき)。一度、下がるぞ」

「あー、その読み方か。ソウキね」


 ピーケイの緊張感を欠いた反応を無視して、冒険者ギルドの二名は跳ね橋の外寄りに陣取る。攻めてきた相手を迎え撃つ姿勢だった。

 非戦エリア悪用への対処法は限れるので、場所を変えたいのは当然だが。


(でも、付き合う義理あるか?)


 『ミドガルド冒険者ギルド』というギルド、いわば支部でなく本部の方だが、ピーケイも聞き覚えがあった。特別、ランキングやイベントで好成績を収めている訳でもないが、独自の活動内容で名を馳せている類のギルドだ。


 その活動内容は初心者互助、マナー周知、そしてPKK。

 PKKは、特に賞金を懸けられたプレイヤーキラーを専門に狩るプレイスタイルだ。といっても表では、PK可能エリア自体が限られるのだが。


 この場合、ピーケイによって厄介なのが不壊品(アンブレイカブル)で、これは表の方で新たに実装された、弱い代わりに決してロストしない装備だ。

 野良では他のプレイヤーに負荷が掛かるので、それなりに嫌われている。

 しかし、これは死亡時にも絶対に喪失しない、つまりPKに奪われない特性があった。


 PKKのセオリーの一つというべきか、偵察では敵に餌を与えない。

 アランと蒼城は武器はクラフト産のように見えるが、防具はこの不壊品で固めている。

 ピーケイの視点では、かなり経済性がなく無視していい敵なのだ。


 一方で不可解な点があった。なぜ彼らが旧世界に遠征してきたのか。

 安定した活動を望むのなら、今のうちに探っておいた方が良いかも知れない。


「まあいいか。もう少し遊んでやるよ」


 ピーケイは呟くと、魔法発動の準備のために左手に魔力を収束させた。

・モンキーパーク

日本にいくつか存在するサル専門の動物園の事。

昔のナウヘイムの匿名板では、なぜか人気で画像がよく張られていた。


・お助けボックス

所持品ロスト時の立て直しをフォローするため、有志が余った装備を放り込む箱。

ロストといっても死んだ地点にいけば回収できるので、

回収のための装備貸し出しという面がある。装備の返却は任意。


・ガード

街を守る守衛の事。レベル100相当の実力で犯罪者PCに襲い掛かる。

その実力は都市防衛魔法の効用で、街を一歩でれば大きく弱体化する。


・当千の勇士

エインヘリヤル。ナウヘイムの表におけるPCの立ち位置。

神に見出された勇士の候補が、過去の英雄物語を追体験しつつ

自らの資質を証明していく、というのが表のメインクエスト。まだ未完。

一人エイン軍隊ヘリヤル、と直訳に近いニュアンスで

北欧神話上の用語とは意味が異なる。特に戦死者だったりはしない。


・不壊品

アンブレイカブル、通称アンブレ。決して壊れず奪われない装備品。

損傷で性能が落ちる事はある。

だいたいがイベント報酬装備の劣化品で、アンコモン~レア相当の性能。

野良で嫌われている。

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