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月下の迷い子5

 アベンルーエ地下水路。

 周囲は石材で形作られ、水路が張り巡らされている。水路の左右を占めて管理者用の足場が橋を通じて、各所に繋がっていた。


 この区画は表層の水路と繋がっているだけあって、高台から小川を通して流れる表流水を治め、生活用に処理する役割を持っている。

 排水処理、いわゆる下水道はまた別の区画になるのだろう。


 人工物系のダンジョンにはよくある事だったが、壁に点々と配置された蛍石が淡い光を放って、青みを帯びた水路の光景が浮かび上がっていた。


(時間的に行けるかな……?)


 こつこつと足音を響かせて、先頭を歩くミリィが気にしたのは時間だった。

 ガードが告げた刻限は明日までだが、実際のタイムリミットはもっと短い。


 ゲーム内で8時間。クエストではなく、一日におけるプレイ時間制限だ。

 シンプルにいえば脳への負担を顧みて、規制が入っているのだ。


 表から旧世界、そしてアベンルーエへの移動。

 宿探し、戦力チェックを兼ねた複数の退治クエスト、巡回クエスト、そして街の探索を経てのダンジョン攻略……

 旧世界では到着履歴が皆無だったため、ワープサービスも活用できていない。

 移動は全て徒歩だ。


 制限時間が迫りつつあるし、クエストフラグが消えれば、リックと会う事は二度とないだろう。バッドエンドは描写される事なく、NPCも『ナウヘイム』に存在している可能性という確率の波に消えていく。


(私がしっかりしないと)


 リトライのない自分だけの冒険。

 楽しいばかりではなく、感情移入の度合いやコミュニティへの依存度によっては、辛い事や悲しい事、納得できない事もたくさん起こる。

 その重さを彼女はまだ知らない。


「……ミリィ、気付いてる?」


 その囁きは地下通路では意外に大きく響いた。

 唯一の同行者であるフォルネだった。

 蛍石の淡い光の中では、銀に近い水色のツインテールがよく映えていた。


 そう、唯一の同行者だ。危険地帯のため、リックのような子供は連れ込めない。

 あの子には、ランプの香り亭で待機するように言い含めてある。


 その言葉に敵でも居るのかと、ミリィは慌てて周囲を見回したが違うようだ。


「……このクエストの性質についてよ」

「クエストの性質?」


 ミリィはきょとんとして瞬きしていた。

 街中の探索からダンジョンを特定して、アイテムを回収する。少し凝っているかも知れないが、何か変わった性質があるとも思えない。


「リックが居ないから言うけど……このクエストの報酬って何だと思う?」


 フォルネは言いづらそうに、毛先を弄んでいた。

 ミリィが汲み取れた意図は半分もあるかどうか。


「もしかして、タダ働き?」

「それは無いわね。何かしら用意されているはずよ。例えば、ボスのドロップに追加されているのかも知れない。私は違うと思うけど」


 メタ的には、クエストに報酬が与えられないという事はあり得ない。

 本当に報酬が存在しないクエストはプレイヤーの積極性を奪ってしまう。

 無報酬という体裁でも、過程でそれなりに稼げたり、情報が手に入ったり、稼げる他のクエストのフラグが建ったりするのが普通だ。


 報酬は存在する。だとしたら、何が問題だというのか。


「たぶん貰えるのは、貧民街所属(ファクション)からの信用……いいえ、それだけじゃなくて、情報も色々あったんだと思う」


 例えば、リックが街に入ったルート。行商の荷物に紛れるというのはプレイヤーも実行できる行動なのだろう。

 この地下水路の先も、実は街の外へ行き来できるのかも知れない。

 そして、報酬は城壁の外側にある貧民街からの信用だ。


「これらを踏まえると、『月下の迷い子』は悪人プレイの導入でもあるのよね」

「悪人プレイ!?」

「いやだって、街に入らずに活動したり、こっそり街に入る手段って役に立つのは、そういうプレイスタイルでしょ?」


 フォルネにはっきり指摘されて、ミリィも現状を直視せざるを得なかった。

 実際に無法者アウトローを助けて、ガードとは反目している状況だ。


「もちろん、それが悪いとは言わないけど。貧しい人に味方する、義賊的なプレイだってあり得るでしょうし。でも、貧民街からの信頼は街の中からの警戒とセットになっているから、二つに一つを選ぶ必要はある」


 水路に響いていた足音が止まる。

 ミリィにとっては、目前の水路探索と同じくらいには大事な話だった。


 簡単な話だ。アベンルーエ都市内と城壁の外にある貧民街の対立。

 プレイヤーはどちらかに味方してクエストを進行する。

 あるいはアベンルーエは一枚岩ではないかも知れないが、おそらくガードや富裕層は推測通りの対立構造を有しているのだろう。


「リックを見捨てろって事……?」

「いいえ。でも、距離感は考えないといけない。子供だから庇護対象に思えるかも知れないけど、本来はクエスト攻略のための対等な協力者のはずよ」


 反目しているようで、妙に気が合っている。フォルネとリックの間にあった不思議な共感の一端に、ミリィは触れた気がした。


(そっか、フォルネちゃんはリックに対等の相手として接してたんだ……)


 思い返せば、事の最初からフォルネの態度は一貫していた。

 互いの為にも……というのが、たしか最初にリックに投げかけた言葉だった。


「あの子、リックも状況さえ整えてあげれば、自分の事は自分で出来る。それより私たちも自分の都合を考えて、立ち回るべきよ」

「自分の都合って……」


 もちろん、究極的にはプレイヤーの都合が優先なのはゲームとして当然だ。

 だがNPCだから見捨てても良い、という思考はミリィ達には無かった。


 同情だったり、過剰な感情移入も確かにあったが。

 善良なPCとしてクエストに関わり、一緒に状況を解決しようと動いて、それでも味方を見捨ててしまうのは……ゲーム的な敗北だ。


 このクエストで、最も報酬が多いルートは『グルヴェイグの神酒』の持ち逃げだとフォルネの方は気付いていたが、やはり同じ理由で言及はしなかった。

 それでも、選択は重く圧し掛かる。


「この後も含めてリックを助けていくのか、それともガード達との関係を修復するのか。私はあくまで協力者だけど、ミリィ。あなたは決めておくべきだと思う」


 フォルネの忠告にミリィは小さくうなずくと、また水路を歩み始めた。

 『月下の迷い子』――まだ、そのクエストの答えを出せないまま。


***


 ダンジョンで徘徊するモンスターへの対処はいくつかセオリーが存在する。

 集団の一部を釣ったり、奇襲を仕掛けたり、そういった手段だ。


「フォルネちゃん、急ぐよ!」

「ええ」


 しかし、ミリィたちはアベンルーエ地下水路の対象レベルを上回っていたので、攻略速度を優先していた。正面から敵に挑んで、撃破していく。

 ミリィは正面から、飛びかかるコウモリたちを剣で次々と切り落としていった。

 そして、フォルネは『水棲召喚士(アクアサモナー)』の本領を発揮していた。


「お願い、『サモン・ウンディーネ』!」


 水精(ウンディーネ)を水路から先行させて、奇襲や哨戒を完璧にこなしたのだ。

 清らかな水で身体が構成された乙女が水路に陣取り、ミリィ達を導いていく。


 主要な敵である大ネズミたちは直接戦闘にもならず、水弾に倒れたり、水中に引き摺り込まれた。

 水路に潜んだ、飛びピラニアの奇襲もことごとく見抜いて撃破する。


 水面歩行の魔法まで持っていたので、いくつかのギミックや通路も大幅に省略。

 慣れない魔法に、最初こそ恐る恐る水面に踏み出したミリィもすぐに慣れて、楽しみつつあった。


「フォルネちゃん、このダンジョンだと本当に強いよね」

「まあ街で活躍し損ねたから、ようやく挽回といった所ね」


 すまし顔で水色髪を撫でたフォルネだったが、若干照れているようにも見えた。

 ここまで順路は無視したが、もちろん闇雲に進んだ訳ではない。


「で、『グルヴェイグの神酒』の位置は?」

「ちょっと待ってね」


 ミリィが情報枠からマップを呼び出せば、クエストマーカーが配置されていた。

 これは対象さえ明確なら魔法や情報屋の利用などで地図上に追加できる。


 マーカーによれば、ミリィ達がいる通路を直進して右折すれば部屋がある。

 そこに『グルヴェイグの神酒』は配置されていた。


「十中八九、ボスがいるわね。すぐに挑む?」

「うん。短縮できたけど、クリア後に掛かる時間も分からないし……」

「わかった。ちょっと待って」


 フォルネはポーチから綺麗な薬瓶を取り出すと、中身を飲み干した。

 紫の雫のような効果エフェクトと共に、フォルネのMPが回復していく。


「これでよし、と。ミリィの方は消耗はない?」

「うん、攻撃と動作技(コマンドモーション)だけで十分だったから」


 ミリィはうなずきつつも、愛用のミスリルレイピアの刀身を眺めた。

 連続した戦闘でまた若干の損傷を受けて、攻撃力が下がっている。

 しかし、修理は安全圏でしか出来ず、まだまだ損傷の度合いも許容内だ。


「きっとレベルは高くないけど今日の最後の敵、油断しないようにね」

「うん。それじゃ、いこっか」


 ボスが待ち受ける部屋の為には、真っ直ぐの通路が存在している。

 つまり、攻め込む前には丸見えになり奇襲は不可能な構造だった。


「釣って、水路の傍で戦った方がいいかな?」

「それをさせないための構造、という気がするわね。戦力的には十分だし、正面から仕掛けた方がいいのかも」


 そもそも、ボスの挙動が頑なに部屋に陣取るものだったら無駄手間になる。

 待ち有利の構造からしても、対策されているという推測は順当だった。


 ミリィもフォルネの意見に同意したが、先陣を任されたのは召喚された水精だ。

 召喚生物を盾にする隊列で、ミリィもじわじわと前進していく。


(通路側からはモンスターが見えないけど……)


 そんな事を考えるミリィの前方で、水精がボス部屋に踏み込んだ瞬間。


――ヂュアアアァ


 上下左右から巨大ネズミが4匹、奇声をあげて水精に襲い掛かっていた。

 通路から見た部屋の死角に隠れていた形だ。


「わわっ!」


 口では慌てつつも、ミリィの判断は早かった。

 一歩踏み込み、戦技アーツ『剣の舞』を発動――流麗な四連撃を次々とターゲットを切り替える形で使用し、巨大ネズミ達を一気にレイピアの錆とした。


「これで取り巻きは終わり……!」


 強化バフを重ねていなかったが、水精は辛うじて生存していた。

 さらに部屋の中で前進するが、それも一瞬だけの事だった。


 次の瞬間、一回り大きな影が天井から降下し、蛍石の光源を遮った。

 その魔物は落下と同時に、水精に噛み付き上半身を食い千切っていた。

 残された下半身も青い魔力として霧散していく。


 シルエットは巨大ネズミを人間サイズにしたものだが、この奇襲からしても明確な知性の差を感じさせる。

 ミリィとフォルネはそれぞれ魔物を注視して、情報枠を確認した。


【『ウェアラット』 Lv27 BOSS Enemy】


 つまり、ネズミ人間だ。狡猾な知性と元になった動物の使役能力を併せ持つ。

 ミリィとフォルネはついに、地下水路のボスと対峙していた。


・地下水路

ダンジョンカテゴリ。人間用の通路が謎に整備されているのが特徴。

階段や段差があったり、水面を上下させるギミックがある。

作中では便利魔法で全部、スキップされた。


・蛍石

フローライト。現実では加熱すると発光しながら弾ける鉱物。

実際に蛍光しているのは稀だが、このゲームでは魔力に反応して光るという設定で

雑にダンジョンの光源として配置されている。

プレイヤーにいちいち松明、ランタン用意させるのはアレだから仕方ない。


・自分だけの冒険

完全一致で検索結果330万を誇る、よくあるフレーズ。

実際は攻略情報をはじめ何かを共有したい、というのが

圧倒的な多数派だという現実があったりする。


・悪人プレイ

今時ではヴィランとも呼ばれるスタイル。

犯罪行為などを行い悪役を演じるスタイルで、カルマなどの要素で差別化される。

良くも悪くも自由度の象徴であり、なんとなく導入され、なんとなく選択され、

供給過多になってしまう事が多く、PKと同じく運営側にとっては難しい要素。


・セリアンスロープ

いわゆる獣人。ライカンスロープの広義版。

『ナウヘイム』では種族というより、魔術や獣化症によって

怪物になった存在を指す。

北欧神話がモチーフなので狼や熊のセリアンスロープは扱いが良いが、

ネズミは害獣程度の扱いが多い。

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