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月下の迷い子4

「とにかく、資料を見よっか」


 ミリィが情報枠から撮影した資料画像を開けば、フォルネとリックも肩越しから覗き込む姿勢で集まった。


「旅人さんって、みんな便利な魔法を持ってるよな」


 とはリックの弁で、メタ的な認識のないNPCの反応はそういうものだった。

 その点、プレイヤー同然の挙動をしているフォルネは例外なのだ。


 やがて、情報枠に表示された資料を順番に閲覧していく。

 とはいえ紙として保管される資料なのだから、表向きの情報しか載っていない。


「うーん……」


 秘宝の名称は『グルヴェイグの神酒』。東区画の富豪が街の外で購入契約を結んだもので、南門から行商が運び込む手筈となっていた。

 南門の外は貧民街付近なので、リックが容疑者となったのも頷ける。

 備考として、被害者の富豪は守衛にかなりの資金援助をしており立腹、殺人や放火と同レベルで事件の優先順位を上げざるを得なかったようだ。


 あとは都市内、貧民街の順で聞き込み、捜査結果が続いたが資料の量とは裏腹に新規の情報は無さそうだ。

 フォルネは人差し指の甲を軽く口に含んで、考え込んでいた。


「少なくとも、盗まれたのは門の内部。アベンルーエの街中ね」

「え、なんで?」


 ミリィが瞬きして尋ねれば、フォルネは情報枠のページ数部分を指差した。


「資料の順序は、街中での聞き込みが先だもの。そちらに目星をつけたと思うし、城壁外には行商や農家もいるのに聞き込みはゼロ。どういう事か分かる?」

「まじめに調べてない……とか?」


 若干、怖気づきながらミリィは小さく手を挙げて回答した。酒場で他の二人から意見を全否定されたのが後を引いているのだ。

 だが、今度は外れではなかった。


「もっと言えば、犯人を作りたかったんだろ」


 頭の後ろで手を組み、リックが皮肉っぽく補足する。

 捜査自体の本命はアベンルーエ都市内、貧民街の方は犯行をでっち上げるための形だけの捜査だったのだろうと。


「要するに富豪にせっつかれたんだ。犯人、まあ嘘でも共犯の一人を潰した事にしておけば面子は立つし、秘宝は後から取り戻せばいい」


 それはフォルネの想定を肯定するものではあったが。

 俺も身に覚えがある、とリックは年に見合わない暗い笑みを浮かべた。

 彼は貧民街では窃盗グループに属している。子供でも色々あるのだろう。


「犯罪者を捕まえずストックしておいて、批判された時や何か隠したい時に捕まえて、大々的に発表する。リアルでも使われる手口よね」


 フォルネは横目でリックに釘を刺すような視線を送り、リックも険悪に鼻を鳴らした。その意味が分からずに、ミリィは困った顔をするしかなかった。


 つまり今回は濡れ衣でも、所詮は元から犯罪者という考え方もあるのだ。

 少なくとも、無実の人間を陥れるよりは倫理的な問題が少ないと。

 現代的な感覚ならともかく、『ナウヘイム』の世界観上、大した悪行ではないのかも知れない。


「ええと、状況がはっきりしたけど、ここからどうしようか?」


 ミリィは空気を変えるためにも、建設的な話を進める事にした。

 フォルネやリックは揃って実務的な所がある。こういう話をすれば二人とも優先してくれると、何となく察していた。


「どうしようも何も、な?」

「秘宝の名前も分かったんだから一択よね」


 案の定、ミリィの想定通りというべきか、フォルネとリックは顔を見合わせて見解を一致させた。険悪な空気も一瞬で消えてしまった。


「情報屋を使って、『グルヴェイグの神酒』の位置を特定しましょう」


***


 この場合、情報屋とはPC情報屋ではなく、公式店舗の情報屋を指していた。

 ダンジョンやアイテムを指定すると金額が提示され、支払えば概要や入手経路などの情報を購入する事ができる施設だ。


 もちろん大半は『ナウヘイム』のWIKIに転載されているのだが、ランダムで目的地が変動するイベントやクエストはその都度、確認する必要がある。

 クエスト『月下の迷い子』は典型の一つだった。


「結構、ぼったくられた……」


 情報屋は妙に怪しげな構造になっていて暗室に一人で座らされて、顔も見えない相手にやりとりを行う。

 おかげで尋問でもされたような気分になるミリィだった。


 しかし、その甲斐あって『グルヴェイグの神酒』の情報が判明した。


【『グルヴェイグの神酒』 等級:レジェンダリー 分類:薬品/素材

 属性:無 効果:狂化(超強)、高揚、信仰変動

 邪悪な女神の加護を受けた黄金の酒。秩序なき争いを招く魔力を持つ。

 入手:アベンルーエ地下水路(限定)】


 フォルネは情報枠に表示された情報を、まじまじと眺めて呟いた。

 等級からして、結構な金額を取られたのも納得だった。


伝説的(レジェンダリー)って準トップレアよね。変な所で運を使ったわね」


 『月下の迷い子』の対象レベルからして、レジェンダリー品が登場する事自体は相当に運が良い。本来はカンスト帯でも貴重な部類のアイテムだ。

 ただし、おそらく『月下の迷い子』の正規ルートでは『グルヴェイグの神酒』は本来の持ち主に引き渡すクエストアイテム扱い。


 どうせ手放す位置のアイテムが、どれだけ貴重でも意味がない。


「うん。引き運だけは結構、良い方だから」

「ふーん……例えば、だけど当たり1%のガチャを百回連して、どのくらい当たり引ける?」


 フォルネの何気ない質問に、ミリィは少し指を折りながら考えた。


「20回に一度ぐらいだから……平均して5回くらい?」

「今の発言で、結構な人数を敵に回したわよ」

「なんで!?」


 思わず、ミリィは叫んでいた。

 本人視点では理不尽な話だが、期待値は0.6である。その8~9倍が頻出するというのなら、確実に他人から数値を吸い上げないと成立しない豪運だった。


(もっとも、良い結果だけを引く訳じゃないみたいだけど……)


 それは口から出ない程に小さな呟きだったので、ミリィに届く事はなかった。

 フォルネがいくつかの思案を呑み込んので、すぐに話題はクエスト攻略の事に移っていた。


「あとはアベンルーエ地下水路の入り口だけど……」

「要するに城壁外の水路と繋がってるんだろ? 城壁近くのどっかに入り口があるんじゃないか?」


 ミリィとリックの二人で情報枠にマップを表示して考える。

 これも情報屋で聞いておけば分かったはずだが、ミリィとしては報酬が公開されているクエストではないし、なるべく出費を抑えたいのだ。


 結局、都市内の水路が城壁に行き当たる点を探して、見つからなければ街の住民に聞き込むという無難な方針に落ち着いた。

 元になっているのがユーザー同士の情報共有で前提で、基本が不親切という時代のゲームだ。何のフラグも立てずにダンジョンが発見できる親切設計かどうかは、せいぜい半々だろう。


 幸いにして旧『ナウヘイム』の制作陣は、ホームタウン内のダンジョンをことさら隠す意義を認めなかったようだ。

 南区画の水路を追っていけば、城壁付近の地点で都市表層の下に水路が潜りこみ、おそらくその先が地下水路、さらに先が城壁外に繋がっているのだろう。


「で、結構あっさり見つかったわね」


 フォルネが呟いたように、ミリィたち三人は付近の管理用出入口の目前にいた。

 階段に繋がっているのだろうが、そこは厳重に施錠されている。


 ミリィは少し力を入れて扉を押し引きし、立ち入り禁止の看板を眺めて呟いた。


「これって不法侵入かな?」

「だいたい演出で、危険地帯への侵入は自己責任って感じよね。まあ、街から退治の依頼とか請ければ、鍵は貰えるでしょうけど」


 ゲームで遺跡の所有者だとかフィールドが私有地だとか、言い出したらキリがないのは確かで、魔物が徘徊している地域は誰の管理下にもない。

 ここからは、あくまで勇士たちの領域なのだ。


「うん、じゃあピッキングするね」

「……絵面はどう言い繕っても犯罪よね」


 実際にピックツールを鍵穴に差し込んだミリィを見て、つい見解を修正したくなるフォルネだった。


 規制こそされていないが、VR上でリアルな鍵開けを再現するというのは問題が大きい。犯罪に利用されかねない、という懸念もあるのだ。

 よって、『ナウヘイム』でも多くの解錠ミニゲームと同じようにピンは一つだけ、だが角度も規格も様々といった現実離れした構造をしている。


 一般的には本物よりも数段は楽で、器用ステータスの値によっては補正も入る。

 それほど苦労するような要素でもない。

 L字の工具(レンチ)を下部に挿入し、かちかちとピックでピンを探っていく。


「あっ」


 掠れた金属音が妙に響いて、ピックが折れていた。

 強引にシリンダーを回転させようとして、ピックが耐えられなかったのだ。


「さすがに犯罪になるけど……扉、壊そうかしら」

「大丈夫だから! 予備はいっぱいあるし!」


 強行手段を考慮に入れ始めるフォルネに、ミリィは慌てて弁解した。

 そして、同じ事を繰り返して3本のピックツールが犠牲になった。


「……俺がやった方がいい? ミリィねーちゃんより器用にできるかも」

「いやでも、これくらいは簡単にできるようになっておいた方が……」


 などとリックとフォルネの見る目が、かなり生暖かい。

 パラメーター上、この中で最も器用が高いのはミリィのはずだが。


「あうう……」


 ミリィは自分でもよく分からない声を出しながら、解錠を続けた。

 さらに2本のピックを犠牲にしてから、レンチでシリンダーを回転させる。

 カチリと音を立てて、鍵は開いていた。


「良かった。成功したみたいね……もうちょっと練習した方がいいと思うけど」


 フォルネも安心したように口元を緩めた。微妙に気まずかったのは同じらしい。

 扉を開けば、水没を防ぐためか一段高い足場、そして先には暗闇に通じる階段が怪物の顎のように口を開けていた。

ストックが切れたので更新頻度は未定に。

といっても、月下の迷い子が終わるまではペース維持したいですね。


・グルヴェイグ

北欧神話の女神で、フレイアと同一視される。

黄金の擬人化とも言われアース神族とヴァン神族の争いの引き金となった。

比較的、マイナーだが神話の名称をマイナー所から摘まむゲームも増えており、

聞き覚えがあるかも知れない。


・レジェンダリー

伝説的、アイテムの等級の一つ。上から二番目に希少。(トップは3種あり同列)

これより上の等級は月単位で排出数が制限されており、

全プレイヤーに行き渡る可能性のある範囲ではレジェンダリーが上限。

それゆえに準トップレアと表現される。


・リアルラック

最強のパラメーター。強制的に決定され、リセマラもできない。

ミリィは高く、ピーケイは低い。


・ピッキング

鍵を使わず、ツールで錠前をこじ開ける行為。お約束のようで省略されがち。

再現には問題があるため、様々なミニゲームが実装されている。

まれに複数のピンを下げて、解錠するタイプも実在するが……いいのか。

『ナウヘイム』では、鍵にツールを突っ込んで回転させながら探るタイプが

もしフルダイブVRになったら……という形式になっている。

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