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月下の迷い子3

 西の商工街とまではいかないが、南区画でも安価な店舗は一通り揃っている。

 ミリィたちが貧民街の少年リックを伴い訪れたのは、情報収集でも何でもなく身なりを整える為の衣類店だった。


「なんで、俺が……っんぐ!」

「食べてくれるのは嬉しいけど、話ながらはやめよ?」


 レベル上げのために作ったサンドイッチを頬張りながら、文句を言おうとするリックをミリィはやんわりと窘める。

 はっきり口にできた訳ではないが、文句はフォルネに届いたらしい。振り返ると、もっともらしい表情で指を一つ立てた。


「貧民街のボロ布で街を歩き回ったら、嫌でも目立つでしょ?」

「そりゃそうだけど」

「ガードに目を付けられてるんだし。貧民街の格好は有利に働かないわ」


 ランプの香り亭で現状確認を終えた後に、フォルネが最初にやった事はリックに水浴びをさせる事だった。旧世界はダークファンタジーとして各要素が形成されているので、こういった不清潔描写もそれなりにあった。


 皮膚は汚れ、異臭はするしノミも跳ねている。

 ミリィは所詮ゲームなので、そういう外見設定というぐらいの認識だったのだが、このまま連れ歩く事にはフォルネが断固反対した。

 幸い、というべきか『水棲召喚士(アクアサモナー)』であるフォルネは清潔な水を用意する事にさほど苦労はしない。


 異性に体を洗われる事に酷く反発したリックだったが、風呂を嫌がる猫のような要領で容赦なく汚れを落とされてしまった。

 不潔な衣服がそのままでは意味がないので衣類店に向かった、というあらましだった。


 嫌がる子供を着飾るというのは、それなりに楽しい作業なようで店員の中年女性はニコニコしながらも、慣れた手つきで服を見繕っていく。

 最初は清潔なシャツに、ブラウンの作業ズボン(オーバーオール)……いかにも清潔そうな身なりだが、フォルネが却下した。本人の振る舞いに対して、品が良すぎる。


 結局は紺の長衣(チュニック)に腰帯と、西洋ファンタジーにはありがちな形式に落ち着いた。

 これなら少々、柄が悪くとも違和感はない。


 衣類店から出ると、フォルネは振り返ってリックの衣装を眺めて頷いた。


「こんな所ね。街中でも目立たなくて済むわ」

「あのさぁ。これでも結局、貧民街の方で聞き込むなら浮くだろ」


 強引に着替えさせられて、渋面でリックは反論する。

 ミリィは微妙な所だと思った。一般的な衣類だし気にも留められない可能性が高いが、貧民街では確かに新品というのは珍しいかも知れない。

 同じ長衣にしても廃品か何かで、所々がほつれた年代物、と相場が決まっているのだ。


「三人で聞き込むなら同じ事でしょ? それに……」


 フォルネは思案げに人差し指を口元に当てると、ミリィに話題を振った。


「ミリィ、あなたが聞き込み先を決めるなら、何処にする?」

「え、私? えっと……まず行商の人とか貧民街の人とか、リックの一日の行動を追ってみるかな。近い場所で何かあったとしか」

「本当に一番、情報を握っているのは、その挙げた人達かしら」


 ミリィはこの手のコンテンツは得意ではない。頭から若干、湯気を出すような感覚でどうにか答えを出したが、フォルネは結論を誘導するように続けた。

 誘導するよう、というよりも誘導そのものだったが。


 その意図に少し遅れて気がつき、ミリィは露骨に嫌そうな顔をした。


「あー、もしかして?」

「そのもしかして、よ。最短ルートでしょ」


 その二人のやりとりに着いていけず、リックは首を捻った。


「あんたらが何を言ってるのか分からないんだけど」

「えっと……フォルネちゃんはね。守衛(ガード)から情報を奪えって言ってるの」


***


(うーん、こんなにリスキーだとは思わなかったけど……)


 蒼月とランプが照らすアベンルーエの街中で道中、ミリィは未練がましくフォルネが纏めてきたクエストリストを眺めていた。

 もちろん、『月下の迷い子』を優先するのだから後回しだが、ガードの詰め所から情報を奪取するとなると事前に現実逃避でもしたくなる。


 ただ採取クエストの目的地と討伐クエストのボス出現位置が被る事はあるし、レアケースだと配達先が別のクエストの殺人鬼に殺されていたケースもあった。


【劇場の亡霊退治】

【海獣掃討】

【地下機構ケイブトロル・タイラント討伐戦 要注意】


 フォルネがピックアップしたクエストは3つ。

 劇場の亡霊退治は状況自体が目を惹くし、いかにも派生クエストがありそう。

 海獣掃討はアベンルーエ南の漁村からの依頼で、きっと行動範囲を拡げる意図によるものだ。

 問題は最後の一つ。


(8人対象のレイドだけど……)


 『ナウヘイム』でのパーティー上限は4人、その上限を越えた頭数を要求するコンテンツを総称して大規模戦闘(レイド)と呼ぶ。

 最大人数の2パーティ―が必要、お試し程度の規模だが二人では到底クリアできないクエストだった。


 じゃあ、なぜフォルネがこのクエストを提示したのかといえば……


「ミリィ、着いたわよ」

「っ!」


 先導していたフォルネが足を止めたので、ミリィも現実逃避を中断した。

 彼女に促される形でミリィとリックは街角から、その施設を覗き込んだ。


 小振りながらも石造りの堅牢な造りをした施設で、市民からの通報や相談も受け付けているのか入り口は開放されている。中は簡易な机と椅子が並んでいて、執務室と受付を兼ねているようだった。


 アベンルーエ南区画に対応したガードの本拠地。

 南門や南東城壁外の貧民街で活動しているのは、ここに所属するガードだろう。

 どうしようかとミリィが思えば、察したようにフォルネが告げた。


「たぶん最新の事件でしょ? それなら机の上に資料が置かれていても、おかしくないはずだけど……」


 つまり詰め所を探し回ったり、金庫をこじ開けたりはせずに、入り口付近の執務室を簡単にチェックできればいい、というのがフォルネの推測だった。

 たしかにRPGでもこっそり情報収集する類のイベントは、そこまで家探しは要求されないとミリィも内心で同意する。

 もっとも実例となると、いまいち思い浮かばなかったが。


「でもさ、常駐してるガードをどうにかしないと意味ないだろ」


 リックが現実的な指摘をした。

 詰め所に有益な情報があるとしても、ガードの許しなしには閲覧できない。

 魔物と違って、街のガードは戦っていい相手ではないし、戦った所で勝ち目もなかった。


「話し合い……も無理だよね」


 ミリィがじっと細目で詰め所を見つめる。

 現状ではガードと敵対とまで行かなくとも、良くて対立か険悪といった関係だ。

 並大抵の交渉では要求は通せない。


「召喚生物と視界共有で盗み見るのは?」

「王道だけど、水棲召喚士はそういうのは無理。陸だと不自然な生物しか使えないし、街での偵察はちょっとね」


 フォルネは腰に手を当てたまま肩をすくめる。

 どこかに特化すれば用途が限定される。派生クラスのリスクが表れた形だ。

 せめて、雨でも降っていればカエルが使えたかも知れないが、生憎と今は夜空を流れる暗雲も雨を降らす気配はなく、フォルネもカエル使役は用意していない。


 犯罪を冒さずにガードから情報を奪取するのは、簡単ではないように思える。

 多少、無理にでも忍び込むべきなのか、このルートの情報は諦めるべきなのか。

 ミリィが決めかねていると、リックが呆れたように息を吐いた。


「はぁ、要はガードの目を引きつけて、さっと盗み見ればいいんだろ? じゃ、俺がちょっと騒ぎを起こしてやるよ。なんか武器ある? 小振りの刃物がいいけど」

「あるけど、通り魔みたいな事をするんじゃないよね?」

「しねーよ」


 若干、躊躇ったものの結局、ミリィはリックに短剣を手渡す事にした。

 空中だったり逃げ撃ちする敵に対処するために、近接タイプのPCでもこういった予備の投擲用武器は常備している事が多いのだ。


 リックは短剣を受け取ると、隠すように背中側の帯に挟んで、詰め所前の雑踏に紛れて歩き始めた。

 やがて……下町には時折いるのだが、とびきり柄が悪そうな男たちを標的に、わざと肩をぶつけたのだ。故意だったから相手はそこそこ痛かったかも知れない。

 リックは会釈の一つもなく、そのまま進もうとすれば当然の反応があった。


「おい、こらガキ」

「失礼の一言もなしか? ちょっと躾がなってねぇな?」


 恵まれた体格の上から労働服を威圧的に着崩した、いかにもな荒くれ者達だったが、ミリィには言ってる事は正論に思えた。

 だが、今回はわざと騒ぎを起こしているのだ。正当性は関係ない。

 リックはいかにも小馬鹿にした笑みを浮かべて、挑発を続けていた。


「悪ぃ、悪ぃ。ヒョロくて視界に入らなかったわ」

「あぁあ!? ここで親の代わりに躾けてやってもいいんだぞ?」


 柄の悪い男が怒りに任せて肩に掴みかかったが、その瞬間、リックは隠していた短剣を抜き放って、男の手首に突き付けていた。


「てめぇ……」

「俺もちょっとしたチームに入っててね、ナメられる訳にはいかねーの。

分かる?」


 さすがに武器まで出しては冗談では済まない。

 柄の悪い男は蒼白になって手を離した。しかし、怒りを収めるはずもない。


 握るように指に装着する金属製の輪を連ねたような凶器。

 ナックルダスターを取り出すと利き腕に装着、威嚇ではなく静かに害意を向けた。


「格好つけたつもりか、ガキ。血反吐はきながら後悔しろよ」


 体格差があるとはいえ、互いに凶器を出せば殺し合いになりかねない。

 通行人が騒ぎ立てながら輪を作る形で、距離を置いた。


「おい、お前達。何をしている!? 武器を引け、引かないか!」


 だが、場所はガードの詰め所の面前だ。彼らは街中での私闘を許さない。

 凶器を持ったのは二人、詰め所からは受付を担当していたガードが複数飛び出して、事態の収拾に動いていた。


(ガードと一般人の皆さん、ごめんなさい)


 内心で誤りながらも、ミリィは正面から詰め所内に入り込んだ。

 そっと物珍しげに周囲を伺いながら、無人の詰め所を歩いていく。

 彼女は無害な小動物的な挙動をさせたら抜群に旨かった。途中で声を掛けられても、注意を受けるだけで、それ以上は疑われないだろう。


(えっと、重要そうな盗難系は……っと)


 少し机に置かれた各資料から捜して、やがて秘宝奪取というキーワードが目に留まる。

 おそらくは目当ての書類だった。


(大人の事情だけど不注意ー……片っ端からスクショしよ)


 指先で情報枠を開いて、パラパラと資料を捲りながら、その全てを撮影する。

 念のため周辺の書類も撮影。

 一通りを済ませると、ミリィは何食わぬ顔で受付に戻り、通りの様子を覗いた。


 そっとリックに視線を送ると、向こうも察したらしい。

 何事かを柄の悪い男に吐き捨てると、逃げるようにさっさと引き上げていく。


 ミリィは通行人の目もあるので、詰め所から逃げ出すような怪しい動きはしなかった。堂々とそのまま詰め所でガードが戻ってくるのを待って……

 姿勢を正して声を掛けた。


「お疲れ様です。あの、忙しい所ですが少しお話良いでしょうか?」


***


 不覚にもガードは情報窃取を許してしまい、そのうえ犯行者と雑談に興じた挙句、最近の事件傾向まで伝えて見送ってしまった。

 成果を上げた犯行者、ミリィは小さく鼻歌を口ずさみながら街角に帰還する。

 ランプの香り亭に来たガードとは、別人だから出来た芸当ではあった。


「ミリィって結構、嘘が上手いタイプなのね。意外」

「えぇ……死ぬほど緊張したんだけど」


 手際の良さにフォルネが目を丸くして、ミリィは不本意そうに口を尖らせた。

 あっさりとガードを欺いたようには見えない態度だった。


 実際、フォルネの評価には少々誤解がある。

 どちらかといえば、いかにも無害そうに振る舞えるという素地であって、嘘が上手いかといえば、平均か少し下ぐらいだろう。


「まあ、俺が起こした騒ぎのおかげだけどな」

「あのくらいじゃないとガードは動かないと思うけど、でも危なかったわ」

「危険なしで何か得られるってのが間違いだろ」


 リックとフォルネがそんな事を言い合っていた。

 三人の中で騒ぎを起こすのは一番、リックが向いていたのは間違いない。

 ただ、ミリィはやっぱりフォルネと同感だった。


(あまり、リックには危ない事はして欲しくなかったかな……)


 立ち位置的に庇護対象のNPCという事もあったが、なんとなく年長者の意地みたいな心情があった。もっともリックの方はリックの方で、異性ばかり負担を負わせたくない感情があったのだが。


・都市の冒険

シティアドベンチャー、TRPG用語。

舞台が都市というだけでなく、タイムリミットや隠された真相といった

一種の典型が存在している。

VR化と人格AIの採用により、大幅に行動の自由度が上昇したため、

TRPG的なコンテンツも変換パターンに組み込まれたのだが、

構造的に周回には向かないので、評判のわりに人気はない。


・レイド

大勢で強大なボスを討伐するコンテンツ。MMOの華。

レイド全盛期は100人などの膨大な人数を要求するコンテンツも存在したが、

識別番号でない方のID主体が増えてくるにつれ、相応の人数に落ち着いていった。

『ナウヘイム』はID系ではないため、極端な規模のレイドが実装され得るが、

実例が旧世界にしかなく、その旧世界は過疎っている(攻略不能)。

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