アベンルーエの冒険4
フォルネが加入して、戦力は単純に二倍になった。
そのため、ソロ活動を想定していたミリィは大きな方針変更を余儀なくされた。
蒼月が照らす近世風の城塞都市、眠りの都アベンルーエにて。
ミリィは受注済みの配達クエストを都市内で済ませると、西区画の小川に隣した公園の掲示板で適当なクエストを探していた。
「別にあなたの都合に合わせていいのだけど。私は適当に時間潰してるし」
フォルネは紫ネーム、AIなのかそれとも演者が居るのかは分からないが、とにかく特殊なNPCである事に違いはない。
つまり、プレイヤー的な配慮は不要だったのだが、ミリィにも考えはあった。
あくまでフォルネは何らかの思惑で、一時的に手を貸してくれているだけで、
継続的にパーティーを組んでくれるかは不透明なのだ。
今のうちに、その戦力を活用したいというのは当然の考えだった。
こうして、西区画で受けたクエストが次の三つになる。
各難度に挑戦して慣れつつ、戦力をテストする意図だ。
【神殿に向かう街道のダークウルフ/ウェアウルフ掃討 対象Lv23】
【西街道付近の森での香草採集 対象Lv19】
【沼地の脅威マッドスローター討伐戦 対象Lv??】
ウルフ掃討はレベル差で圧勝、問題の起きようもなかった。
採集依頼は森の中で少し迷ったものの、レッサートレントを排除しつつ無事に規定数の香草入手。
そして、最後のマッドスローター討伐はMPの大半を失う大苦戦となった。
「なんか、割に合わなかったわね」
「うん……でも、連携を試せたのは良かったかな」
ミリィのレベル52に対してマッドスローターのレベル45というのは、絶妙に間の悪い数値だ。あまり経験値に期待できないレベル差かつ、ボス補正でそれなりに苦戦する羽目になってしまう。
ドロップ品、報酬品もレアリティは普通のレア。ありがちな話だが『ナウヘイム』でも、レアは意味に反して希少でも何でもない。
等級でいえば、その一つ上のエピックでようやく実用ラインと言えた。
マッドスローターが落した沼地の宝石を弄びながら、ミリィは大雑把に収支を計算していた。苦戦してコートやレイピアの損傷が進んでいる。
といっても、複数の依頼を受けたうえに、ボスまで討伐したのだから赤字になる事はそうそうない。
「とりあえず、装備を修理しておかないと」
「うーん、私がやっておくから、ミリィはメインクエストを進めたら? 面倒だけど、街で済むおつかいで止まってたでしょ」
フォルネの提案にミリィは甘える事にした。
どのくらい独立した権限があるのか分からないが、詐欺を働くタイプのNPCには見えなかったし、そもそもミリィの装備に持ち逃げする価値がない。
ミスリルレイピアと上着のアマルテアコート、それに装飾品を渡せば、フォルネは質量を無視してポーチにしまい込んだ。
ミリィがコートを脱げば、その下はノースリーブ、薄手の黒い布鎧だった。
剣士の初期装備相当のデザインなだけに動き易そうだが、なんとも心細い。
「それじゃ、フォルネちゃん。修理よろしくね」
「ええ。余った時間は各区画のクエストも見てくるから、急がなくていいわよ。終わったら個人メッセージで」
互いに手を振って一時解散する。
システム的にはパーティーが維持されているが。
こうして、単独行動に戻ったミリィは歩きながら情報枠を開き、改めて中断していたクエストを確認していた。
【アベンルーエ巡回 対象Lv5】
いわゆるRPG序盤のおつかいに近い概念で、いくつかの店や施設に誘導して、場所と機能をプレイヤーに伝える、という意図で設置されるクエストだ。
広いアベンルーエでは少し時間が掛かるうえ、基本的な施設の機能は表の世界と同じなので目新しい情報はあまりない。
正直、ミリィとしては面倒でフォルネを付き合わせるには躊躇いのあるクエストだった。
(まず、中央区は議会場……ミドガルドでいう万神殿かな)
アベンルーエというよりも旧世界の中心地で、世界観的にも重要なNPCが常在しており、公的またはシステム的な処理を行う施設が集中している。
銀行、経済情報、ギルドの結成や各処理、住居や施設の購入、最新情報、PCのリネーム、ランキングや統計データ各種などなど。
もちろん、こういった機能の施設は各所に存在するが、旧世界で最もアクセスが良く、利用頻度が高いのがアベンルーエ議会場だった。
(でも、議会場だからやっぱり祭壇とか神像はないみたい)
万神殿との違いは信仰システム絡みが切り離されている事だった。
表では所属に関わる重大なシステムだが、旧世界では神官クラスが用いるローカルな要素に過ぎないので扱いも相応、という事なのだろう。
ミリィは職員に最低限の挨拶だけを済ませると、次の目的地へ向かった。
次は西区画、商工街で各店舗を回る事になる。
武器屋、防具屋……この辺りは分かれていない事も多く、装備の修理はこの施設か、十分な鍛冶スキルを有したPCが行う。
(『花の剣』って、アベンルーエにあったんだ……)
大通りを外れた脇道の奥、そこは落ち着いた風貌の女性が経営している花屋のようにも見えた。
しかし、店先から内部に入れば装飾剣を取り扱っている事が分かる。
シックな木造りの内装で、商品の刀剣は壁に飾られているか展示棚の中で、乱雑に木箱や樽に複数叩き込まれている物は一つもない。
(高そう……)
ミリィの庶民的な感想だったが、これは事実とは異なった。
花やその蔓や茎をモチーフとした装飾剣はいかにも高額に見えたが、販売はNPC富裕層向けでPCにとっては、素材持ち込み型の特殊製造店だ。
もっとも、GPで安定供給できない、という意味では高くつくとは言えたが。
「ああ、悪いねぇ。この店は一般向けには販売していないんだよ。それとも、偉いさんのおつかいか何かで来たのかい?」
「あ、ごめんなさい。噂で聞いた店だから、つい……」
髪を結った女性店主に声を掛けられ、ミリィはペコリと頭を下げた。
嘘は言っていない。『花の剣』の製品はSNSなどでアップロードされる画像……つまりはSSガチ勢と呼ばれる人々からも人気が高い。
数値的には恵まれていなくとも、ミリィにとって憧れの武器ではあるのだ。
「ふーん、お嬢ちゃんには勿体ぶる必要もないかな。売る気はないけど、ちょっとした試験を乗り越えられたら、特別に製造してあげてもいい。準備が出来たらまた来なよ」
「は、はい。ありがとうございます」
つまりは店の利用条件に関わるクエストの申し出だったが、ミリィはその場で引き受ける事はしなかった。フォルネの意見も必要だと考えたのだ。
また来る事を約束して、ミリィは次の店に向かう。
こういった店の利用や特定商品の販売条件に関わるクエストは多数存在していて、それらを網羅してようやくアイテム供給源としてのアベンルーエが完成するのだ。
しかし、ミリィにとってはまだまだ先の話だろう。
いわゆるアイテムを売る店への訪問が終わり、次はカテゴリが変わった。
魔法店、『ナウヘイム』のシステムにおいて特徴的な店だった。
もちろん普通の武器屋、防具屋のように魔法使い向けの装備なども販売しているのだが、重要なのは魔法そのものを販売している、という事だ。
大概、魔法を販売しているゲームではその場で習うか、呪文書という形式で購入するものだが『ナウヘイム』では若干、事情が異なる。
呪文書もあるにはあるが、魔法を封じた魔石やカードが存在していて、流通はそちらがメインだった。
保持できるアクティブスキルには数量制限があり、魔石などに封印して手元に置きつつもスキルを忘れる、というシステムが存在しているのだ。
もちろん、製造にも該当する行為なので、その都度にコストが掛かってしまうのが悩み所だったが。
ミリィは魔法封入などの製造能力には縁がなかったので、大人しく剣士でも使える簡易な魔法カードを見て回る事にした。
(『イビルウェポン』って、うわぁ。犯罪魔法が堂々と売ってる……)
カルマが一定以上なら強力になる、といった効果が付随する武器強化魔法だ。
表では入手ルートがほとんど存在しない魔法だった。
カルチャーショックに襲われながらも、ミリィは次に反対側の東区画、歓楽街へと足を向けていた。こちらは比較的、娯楽や嗜好品的な店が多い。
まず、闘技場では魔法と同じ要領で戦技が販売、動作技の講習なども行われていた。
ミリィは表のメインクエストを最新までクリアしているレベル帯なので、さすがに初歩の講習が参考になるような段階ではなかった。
どちらかといえば、闘技者の噂話の方が有用だったかも知れない。
「クイックヒットを連続で打たれたが、あれは何だったんだ?」
「奥義と呼ばれる領域にいつか到達してみたいものだ……」
ふんふん、と盗み聞きをしつつミリィはうなずいていた。
クイックヒットは片手剣に付随する動作技で、とにかく発生条件が緩い。
その代わり、連続では発生しない一種のCTで制限されていた。
しかし、間に特定の動作や戦技を入れて途中でキャンセル、するとCTがリセットされて連続で放つ事ができるという話をミリィは聞いた事があった。
奥義については、さらに複雑になった動作技のようなものらしい。
発動にはモーション以外にも複数のトリガーが存在していて、現状で表の大手コミュニティでは2つ程が発見されている。
が、どちらもガチ構成には組み込めないそうだ……
この辺りは質問掲示板などで煙たがられる程にリピートされている話題で、新規性もあったものでは無かったが、ゲーム中でのやり取りを情報源としているミリィにとってはありがたい話だった。
その他、東区画には特定のイベント以外では過疎で機能していない競売場、開拓地用の資材店、カジノに劇場やそれ以外のロールプレイ用のスポットが備わっていた。
賑わっていた頃には闘技場で賭け試合があったように、ゲーム的な実用性とは異なった経済活動が割り当てられているようだった。
この辺りになると、サービス開始から半年程度しか経っていない表は旧世界に比べると、まだまだ発展途上の段階だ。
ミリィは希少な生産……つまり実用性が薄い料理を伸ばしていたので、レストランという施設に大いに関心があったが、程々にして南区画に向かう。
最後に残った南区画は、一種の下町といった風情で民家とそこに住まう人々が経営する店で構成されている。
素朴な雰囲気で、物価も安ければクエストも簡単だ。
いわゆる初心者向けエリアで、コミュニティ的な酒場や広場も目立つように、マップが構築されていた。
もちろん、現在の旧世界では競売場などと同じで、とにかく人が少ないので、まったく機能していないのだが。
「これで……クリア!」
巡回の終着点。南区画にある酒場、ランプの香り亭でミリィはぐっと胸元で手を握りしめていた。クエストクリアの通知が来ていた。
【クエスト:アベンルーエ巡回をクリアしました】
難易度自体は最低だったが、街中を歩き回ったので達成感は十分だ。
(あとはフォルネちゃんと合流して、二人で行けるクエストを埋めていけばいいかな。時間的にあと一つぐらいだけど)
ランプの香り亭は南区画の中央広場に隣した酒場だ。
合流場所としても申し分ない。
適当な席に腰かけて、ミリィが情報枠から個人メッセージを飛ばそうとする。
その瞬間だった。
乱暴にランプの香り亭の扉が開かれて、激しくドアチャイムが鳴り響いた。
場の人間が一斉にそちらに視線を向ける。ミリィも例外ではない。
扉を開いたのは、まだ子供だった……
といっても身長的にはミリィと大差ないが。
NPCで活発、というより生意気盛りの男の子。
簡素な浮浪者風の服装、刀傷や矢傷を負っており所々が血の色に染まっていた。
子供は何歩か酒場の中を進むと、やがて力尽きたのか倒れ込んでしまう。
(え、えー……何ごと!?)
ミリィは困惑しつつも駆け寄ると、適当な消耗品で男の子を治療していく。
治療を続けながらも、きっと厄介なクエストが始まったのだとミリィは薄々感づいていた。
・GP
基本通貨単位。Gold Pieceの略称で、金貨の事を指す。
アクティブ数に応じて発行され、NPC店舗やワープサービスなどの
公式インフラによって裏付けられている。インフラ本位制。
インフレはしない、というよりインフレを代替通貨に分離している構造。
・封入
アクティブスキルをアイテムに封じる生産スキル。
また、封入効果を持つ魔法というのも存在している。
8枠だけのスキルを枠外に保持できるため、
武器を修理できる鍛冶スキルと並んで生産では人気が高い。
・犯罪魔法
ユーザー用語。
禁呪の類似語。使用自体にカルマが上昇が伴うのが禁呪だが、
犯罪魔法は犯罪行為に使われたり、カルマが有利に働く魔法も含まれる。
表では入手自体が困難に設定されている。
・開拓地
プレイヤーが自由に地形や建造物を弄れる、サンドボックス型のコンテンツ。
だいたい混沌としていて、歩きにくい地形になりやすい。
旧ナウヘイムでは内装文化が根付かなかったので、その代わりに近い位置。
代表的なのが、ゲート遺跡のさらに北にある湖畔の開拓地。