わたしの師匠はお師匠様だけですっ
ロイド・マーロウという医師は、背の高い美形の男だ。
銀髪に翡翠色の目に洒落たスーツを着ている。
派手な容姿なだけでなく、本人も目立ちたがり屋だ。
ロイドは俺と同い年で、同じ時期に魔法大学に通っていたことがある。
巨大な病院の前で、医師のロイドは新聞記者たちに取り囲まれているようだった。
あと、なぜか若い女性もいる。
取材されているようで、ロイドは得意満面という顔だった。
ぺらぺらと何か喋っている。
「ええ、ええ。ジョン王子の手術は無事に終わりましたよ。難易度が高い手術だったか? もちろん、一国の王子の手術ともなれば、責任は重大です。緊張したことはたしかですが、しかし、あの病気の手術では私は権威ですから」
自信たっぷりに、ロイドは記者の質問に答えていた。
そして、若い女性たちとの握手ににこやかに応じている。
ファンみたいなものがいるんだろうか。
今やロイドは王都きっての名医として知られていた。若くしてこの名門病院・聖ソフィア病院の幹部でもある。
魔術師としても優秀であり、軍にいたころは何度も勲章をもらっていた。
それに、あいつは昔から女性にモテた。
俺はとは大違いだ。
まあ、ロイドのことは今はどうでもいい。
俺はクレアと一緒に、ロイドたちの横を通り過ぎようとした。
ところが、ロイドは「お?」という表示になり、俺を呼び止めた。
「アレクじゃないか! こんなとこに何の用だ?」
しまった。迂回すればよかった。
昔の友人だが、俺は今のロイドを苦手としていた。
俺はしぶしぶロイドに顔を向ける。
「仕事だよ」
ロイドの巻き添えで、俺は周囲の注目を浴びた。
あまり注目されるのは好きではないのだけれど……。
だが、ロイドは朗らかに俺の肩を叩いた。
「こいつは俺の大学時代の友人でしてね。軍隊でも同じ部隊だったんですよ」
「へえ、戦友ってわけですね!」
ロイドのファンらしき女性の一人がきらきらとした目で言う。
俺は「まあ、そうですね」と言って、さっさとその場を立ち去ることにした。
俺の目的は、事故の被害者ジョージ・ブラックのことを調べることなのだから。
病院のレンガ積みの門をくぐり、ぐんぐんと速歩きで中庭を歩いた。
けれど、小柄なクレアがついてこれなくなっている事に気づき、慌ててペースを落とす。
クレアがホッとした様子で、俺に追いついた。
「お師匠様……置いてかないでください」
「ごめんごめん」
「さっきの人、有名人じゃないですか。ロイド・マーロウといえば、わたしでも名前ぐらいは知っています」
「俺も名前を知っているだけだよ」
「でも、お師匠様とは昔からの友達だって言ってましたよ」
「それは――」
一応、友人ではあったのだが、軍隊時代のトラブルのせいで、疎遠になっていた。
軍にいたのは、俺の前世の記憶が戻る前だ。だが、アレクが生まれて以来の記憶や感情も、俺は引き継いでいる。
ロイドは俺のことを悪く思っていないようだが、アレク、つまり俺には複雑な思いがあった。
そのとき、後ろから足音がした。
振り返ると、そこにはロイドがいて、翡翠色の瞳を輝かせていた。
「そのとおり。君はアレクのお弟子さんかな? こんな可愛い女の子を弟子にするとは、アレクが羨ましいな。どうだい、アレクなんかより、オレの弟子にならない?」
「わたしの師匠はお師匠様だけですっ」
クレアが頬を膨らませて、俺の後ろに隠れる。
俺は肩をすくめた。
「俺の弟子をからかわないでやってくれ」
「悪い悪い。しかし懐かれているな」
「取材は終わったのか?」
「切り上げてきた。もともと予定していたわけじゃなく、勝手に記者たちが来ただけだからな。古い友人がわざわざ訪ねに来てくれたんだから、そちらを優先すべきだろう?」
「別に俺はお前を訪ねに来たわけじゃない。用があるのは――」
「死体か? ジョン・ブラックなら、オレの担当だぜ?」
ロイドはにやりと笑った。
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