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彩式+救済者 -さいしきあっど すまいる!-  作者: かみきほりと
ノルトの収集者(コレクター)
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08 ノルトの収集者 その五

 変異に要した時間は、一瞬というほどではないが、五秒もなかっただろう。

 初めて変異の瞬間を実際に見たシノだが、冷静に対処ができた。


 学園の特別授業で習ったし、その手の映像も見たことがある。

 なので、変異した瞬間が一番危険だということも知っていた。

 だから、冷静に相手の動きを見て、飛び退くことができた。


 扉を閉めたトリの手には、小さな鈴が山のように付いた、杖が握られている。杖の先に神楽鈴が付いたような形状だ。どうやら錫杖とは違うらしい。調べると、鈴杖(りんじょう)と表示された。

 トリが、それをシャランと鳴らして振ると、どこかから木のツルが伸びてきて、堕人に絡みついていく。

 どこからそんなものが……と、目で追うと、ルドが運んできた木箱だった。

 この為に、わざわざ運んできたのだろうか。


 堕人はもがきながら触手を動かし、器用にも扉を開けて通路へと出た。


「……仕方がない」


 そう呟いたトリは、扉を出て、木箱を引きずって進む堕人を追いかける。

 慌ててシノも通路へ出る。


「待てシノ、先走るな」


 静止の声に振り向くと、ルドが協力者を介抱していた。

 どうやら腰を抜かしてしまったらしい。

 協力者が持っていた資料が、部屋に散らばっているのを見て、シノは拾い集める。


「まさか、こんなとこにターゲットが潜んでるなんてな。案外、気付かねぇもんだな」

「そんな……あいつが………。だって……」


 すぐ近くに堕人が潜んでいたことに、相当ショックを受けているようだ。

 ルドはしゃがみ込み、言い聞かせるように協力員に話しかける。


「お前さんは幸運だな。それも強い幸運の持ち主だ。堕人の姿を見て、まだ生きてるんだからな。だから、しっかりと生き残ってくれ」

「そ……そうですね。ありがとうございます。助かりました」

「さっきの資料、ちょっと預からせてもらっていいか? 後で目を通したい」

「はい、もちろんです」


 ルドは、協力者が強張った指で握り続けていた紙と、ポケットに刺さっていたメモを回収する。

 それを受け取ったシノは、手にした資料と一緒に倉庫へと送る。


「悪いがオレたちは、化け物を追いかける。できれば騒ぎにしたくねぇ。だから、普段通り過ごしてもらうの一番なんだが……、ヤバイと思ったら逃げてくれ」


 協力者は、震えながらもコクリとうなずいた。


 通路に出たルドは、何事も無かったかのように、平然と歩き出す。

 シノもできるだけ平静を装って、ルドの横を歩く。


 直線なのもあるが、まだそれほど離れていなかったようで、トリの背中が見えている。

 その向こうにいるはずの堕人の姿が見えないが、木箱がぶつかる音は聞こえる。

 少し気になることがあり、シノはルドと念話を繋いだ。


『お兄ちゃん。どうしてトリさんは、見ているだけなのですか? 他の人に見つかる前に、浄化したほうがいいと思うのですけど。やっぱり、ここで戦ったら騒ぎになるから……でしょうか』

『そうだな。たぶんだが、外に誘導してるんじゃねぇかな』

『あれ? でも、藪の中に逃げられたら面倒とか、言ってませんでしたっけ』

『まあ、トリは植物を操るからな。何かいい対応策でも考え付いたんだろ。あの中で見失えば面倒だが、見失わなければトリのほうが有利だ』


 草や低木をなら、木箱よりもしっかりと固定できそうだ。

 動きを止めてしまえば、圧倒的に有利になる……と思う。


『ルドさんなら、どうします?』

『オレか? そうだな……。まあオレの場合は、優秀な相棒が居るからな。草の中に紛れたところで、相棒(ジャック)の追跡からは逃れられん。あとは煮るも良し、焼くも良し、弓でも槍でも何でもござれだ』

『燃やしちゃったら大変な事になりそうですけど、でも枯草じゃないから燃え広がったりしないのでしょうか。この辺りも雨が降っていれば……』

『うん。まあなんだ、そういう確認は大事だよな』


 火攻めをするなら、草の状態と風向きは大事だ。だが、そういう問題ではない。

 こんな場所に火を放ったら大騒ぎになってしまう。

 

『おっ、外へ出るみたいだな。たぶん、ここから本番だ。シノ、よく見とけよ』

『はい』

 

 金属で補強された木製の扉だった。

 鍵がかかっていたようだが、堕人が破壊して無理やり開けたようだ。落ちた鍵は溶けたようになっていた。

 シノは、中途半端に開き、風で揺れる扉を全開にした。




 石段を下りたトリは、堕人の下に術式を描く。

 三角陣(トリラム)の植物を使った簡易束縛術式だが、ここなら植物は山のようにある。

 シャランと音を鳴らしつつ鈴杖で地面を突き、術式を発動させる。

 術式が緑の光を放つと、草が一斉に堕人へと絡みついていく。


 堕人も触手を駆使して抵抗するが……


「ほらほらどうした。まだまだ行くぞ!」


 次々に術式を描き、踊るように鈴杖を操って発動させていく。

 

(そろそろか……)


 堕ちたるモノ(ソルカイル)の浄化は、変異、束縛、弱体、浄化の手順が望ましいとされる。束縛が完了した。次は弱体だ。

 術式を強化する為に鈴杖にしていた術式法具『多津那(だづな)』を、刀に変化させ、両手でしっかりと握って構える。

 堕人が危険を察知して暴れ始める。


「ほう、まだそんな元気があるのか。面白い」

 

 迫りくる触手を、刀で切り落とす。

 切られた触手はしばらく動いていたが、すぐに止まり、周辺の草を枯らしながら、細かな粒子となって散っていく。


「貴様、とんでもない奴だな。ただ美味いバナナが食いたいってだけで、悪魔に魂を売ったのか。さすがにそんな奴は初めて見たぞ。それで何かが変わったか? バナナは美味かったか?」

 

 襲い来る触手を次々と斬り飛ばしながら、近づいて行く。

 周辺の草が枯れ、地面まで変色している。だが、障害物が無くなり、かえって動きやすくなった。

 

「ほれどうした。もう終いか? 所詮、貴様の想いなど、その程度だろ。本当にバナナを愛しているのなら、なぜ自分で作ろうとしない? ただ食えればいいのなら、与えられたものをありがたく食っていればいいだろ」

 

 刀の切っ先を、バナナ茎の本体に差し込み、ぐりぐりと苦痛を与えるようにかき回す。少しは効いているのか、黒い汁を分泌させている。

 再び攻撃の気配を感じ、後ろへ跳び、分泌液を避け、伸びて来た触手を切り飛ばす。

 距離を取ったのを幸いに、刀を片手で持って肩に担ぎ、倉庫からバナナを取り出す。

 歯を使って皮をむくと、堕人の目の前で食べてやる。

 美味い。確かに美味いが……

 

「貴様がコレが世界で一番美味いとでも思っているのか? だとしたら愚かと言う他は無い。世界にはもっと美味い物が山ほどある。なのに、たかがバナナの為にそんな姿になって、恥ずかしくないのか?」


 堕人は、こんな姿になっても言葉が分かるようだ。

 細かく震えながら、黒い汁を垂れ流している。

 ……かなりグロい。


 伸ばしてきた触手を避けながら、手にしたバナナを、これ見よがしに地面に落とし、踏みにじる。


「ほら、貴様が暴れるから、こんな無残なことになったぞ。こうなってしまったら◯×△□、☆※%&#♭*……………」


 かなりエグイ言葉を使って罵倒してやる。

 さすがに腹を立てたのか、バナナ茎の雰囲気が変わった。

 さざ波ように震わせていた堕人の本体が、大きくうねり始める。


「来るぞ、警戒を怠るなよ!」


 この光景を見ているであろう二人に、注意を促す。




 シノは驚きながら、この光景を見つめていた。

 堕ちたるモノ(ソルカイル)の浄化は、映像でも見たことがあるが、もっとこう……直接攻撃で弱らせ、トドメを刺す感じだった。

 なのにトリは、相手に話しかけたり、わざと相手を怒らせたりしている。

 もちろん何か理由があるのだろう。だからこそ、ルドはこの戦いを見せたかったのだと思う。だけど、自分の理解力では、二人が伝えたい内容が全く分からない。


『守りはオレに任せて、シノはしっかり戦いを見ておけ』

『はい、それはいいんですけど……』

『ん? どうした』

『戦い方が、学園の映像とはずいぶんと違いますけど、なんでかなって』

『まあ、解説は後でしてやるから、今は集中して見ておけ』

『はい』


 結局、何のヒントも無かった。


 堕人の体液が溶かしたのか、草の拘束がかなり弱まっている。

 食べかけのバナナを落としたトリさんが、なんだか女の子が絶対に言ってはいけないような言葉を使って、堕人を責めている。

 すると、堕人の身体が、不自然に波打ち始めた。

 その時だった、トリが大声で注意を呼び掛けたのは。


 ただのバナナの茎だったのに、ポツポツとふくらみが現れ、バナナの実になった。しかも大量に。

 それをトリに向かって撃ち出している。


 そのタイミングを計っていたかのように、トリは三角の術式(トリラム)を発動させて、目の前に土の壁を築いて防ぐ。……防ぎつつ、横へと跳び、着地と同時に大きく高く上に飛んだ。

 それに気付いていないのか、堕人は壁に向かってバナナを飛ばし続けている。

 その無防備な頭上から、刀を一閃させる。

 相手が人なら、かなりの深手を負い、勝負が決まっていた所だが、堕人は苦しそうに身をよじっただけだ。


『少し……痩せてきてますね。堕人さん』

『ああ、かなり弱ってきたが……もう少しって所か』


 そのまま、一気に攻めれば勝負が決まりそうなのに、なぜかトリさんは距離を取り、再び乙女が赤面して泣き出すであろう言葉を続ける。

 幸い……と言っていいのか、シノにはほとんど分からなかったが、所々に分かる単語があって、言葉責めというものをしているのだと理解した。

 完全に拘束が解けて、自由に動けるようになった堕人が、再び黒いバナナ弾を乱射する。


『シノ、そろそろ仕上げだぞ』

『浄化ですね』


 堕人の本体は、最初に比べたら半分以下になっているだろうか。

 ずいぶんとやせ細ったように見える。

 トリは目の前に三角陣(トリラム)を描くと、その真ん中に刀を刺して発動させる。白い輝きと共に刀の形状が変わり、両手で扱う長い剣になった。まさに聖剣の風格だ。

 それと同時に、次の法術を使ったようだ。だが、隠ぺい処理が施されているのか、たぶん三角陣(トリラム)だと思うのだが、いまいちよく分からない。

 

 なぜか堕人がもがいている。

 苦しんでいると言うよりは、何かに拘束されて移動できないって感じだ。

 

「貴様を永遠の苦しみから解き放ってやる」


 トリは剣を振りかぶって助走し、大きくジャンプすると、体重を乗せて切っ先を突き刺した。

 しっかりと根元まで刺さった剣は、光を放って堕人の力を急速に奪っていく。

 堕人は剣に吸い込まれるようにして消え、剣もしぼむようにして消えた。

 なにか落ちているのだろうか。トリは何かを拾っている。


『終わり……ですね』

『ああ、浄化完了だ。何か聞きたい事はあるか?』

『えっと……そうですね。いろいろありすぎて、何から聞けばいいのか……』

『なんでもいいぞ』


 だったら、やはりコレからだ。


『どうして、あの門番が堕人だって分かったのですか?』

『ああ、アレな。ただの偶然だ』

『えっ? 偶然……なんですか?』

『協力者が怪しいって思ってたんだが、まさか門番のほうだったとはな』


 協力者のフリをして、身代わりを紹介した可能性を考えていたのだそうだ。

 協力者が堕人じゃなかったら、怪しい相手を見つけては、目の前で美味しそうにバナナを食べ続けることになっていたらしい。

 バナナは嫌いじゃないが、そう何本も食べれない。


『最初に見つかって、本当に良かったですね』

『そうだな。さすがに五本も六本も食う事になったら、美味しそうに食べる自身がねぇよな……。他に何か質問はあるか?』

『だったらやっぱり、トリさんの法術でしょうか。不思議な術式を使ってますよね。三角陣(トリラム)でも、あんなことができるのですね』

『まあ、あれは特殊だからな。オレもよく知らねぇが、古代法術を使ってんじゃねぇかって話だ。まあ、誰にでも真似ができるこっちゃねぇよな』

『守護者の助けも借りずに、ひとりで浄化するってすごいですよね』

『…………まあ、そうだな』


 なんだろう。一瞬の沈黙が気になるが、トリが石段を上ってきた。


「トリさん、お疲れ様です。さっき、何を拾ってたんですか?」

「ん? コレか?」


 そう言って見せてくれたのは、少し青みがかった輝きを放つ宝石のような石だった。大きさは、ルドの親指の先ぐらい……だろうか。宝石だったらかなり大きいサイズだ。


「綺麗ですね。コレってなんですか?」

「これが精霊結晶、つまりペルネリスだ。自然のチカラが封じ込められた石と言われている。ほとんどは、宝石と同じように地中に埋まってるものだが……。少しコツがいるが、堕ちたるモノ(ソルカイル)を浄化した時にも採れることがある」


 なんだか、ルドが呆れた顔をしている。


「あれ? また私、変な事を言ってました?」

「いやまあ、今さらシノが精霊結晶(ペルネリス)を知らなくても驚かねぇが、本当にコレの価値も知らないんだなって」

「価値……ですか? これがあればペルネ製品が作れる、とか?」


 なんだか苦笑いされてしまった。


 話している間に、ルドは扉を直していた。

 鍵が壊れているし、変なシミも残っているので完全に元通りってわけにはいかないが、遠目で見て不自然さを感じない程度にはなっている。


「まあ、なんだ。歩きながら話そうか。さっきの協力者にも会わなきゃならんし」


 確かに、いつまでもこんな場所に居て、誰かに見つかったら怪しまれそうだ。

 歩き始めると、ルドはさっきの続きを話し始める。


「あの石は、売れば今回の旅費ぐらいは軽く賄える額になる。それも最高級に宿に最高級の馬車、全てを最高級にして、十日ほど過ごしても余裕でお釣りが出る。それぐらい貴重なもんだ」

「わぁ~、すごいですね。トリさん、大金持ちになっちゃいましたね」


 露骨にルドは、がっかりした様子を見せる。


「……とまあ、そうなれば良かったんだが、オレたちは、ここの物を持ち帰れない。それに、コレを持ち帰ったところで、オレたちには使い道が無い。

 だったら、こっちで換金するしかねぇが……、一般人がこんなもんを持ち込んだら怪し過ぎるからな。下手をすりゃ盗掘や泥棒だと疑われちまう。

 だから、素直に神社に献上するしかない。まあ、その資金でオレたち術士のサポートをしてくれるんだから、文句はないが、切ねぇよな」


 そんな話は初めて聞いた。だが、それが常識なのだろう。

 本気で残念そうにしているルドを見て、思わず笑ってしまう。


「お兄ちゃん。そんなに落ち込まなくても……」

「そうだぞ、ルド。これも評価に加算されるんだから、全くの無駄じゃない。今日は幸運だった」

「幸運ってことは、倒せば絶対に出るってわけじゃないのですね」

「そうだな。コツを知らないとまず落とさないし、知っていたとして出てくるのは五回に一回ぐらいか。いや、もっと確率は低いだろうな」

「そうなんですね。じゃあ、私が浄化できるようになったら、狙ってみますね」


 それを聞いて、トリが楽しそうに笑う。……含み笑いだが。


「かなり難しいからな。その時になったら、コツを教えよう」

「はい。その時はお願いします」


 こうして、今回の目的は達成した。

 だが、ひとつやり残したことがある。

 いつもの部屋で、さっきの協力者を交えて、堕人情報の書かれた資料をチェックする。……ルドが。

 その結果、ひとつの事実が判明した。

 なので協力者に、ひとつ伝言を頼んだ。


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