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彩式+救済者 -さいしきあっど すまいる!-  作者: かみきほりと
紡がれし絆
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79 紡がれし絆に囲まれて 後編

 シノは上半身を起こして、ベッドに座っていた。

 事前に聞いていたとは思うが、実際にこの人数を見て驚いているようだった。


 フレディは内心を押し殺し、簡単な挨拶を交わしながら、シノを観察する。

 拍子抜けするほどいつもと変わらぬ様子で、表情も明るく、少しはにかみながら会釈をしている。

 駆け寄ったドミやキャラ、ロサたちとも言葉を交わしながら楽しそうにしており、心配は杞憂だったのかと思い始める。

 だが、まだ安心はできない。

 相手は守護精霊(フィセーリア)が消えて法術が使えなくなっても、相手のことを気遣うような少女だ。

 たとえ余命宣告をされていたとしても、心配させないようにと変わらぬ様子で笑顔を浮かべかねない。


(なにをバカなことを……)


 軽く頭を振って、不吉過ぎるたとえを振り払う。

 その際、視界の隅に、チラリと見知らぬ人物が映り込んだ。

 病室には、シノ以外にも、先生(イサナ)とマナ、それに青年の男がいた。

 華奢で優し気な雰囲気だが、服装を見るに、治療院の関係者なのは間違いない。


「先生、すみません、こんなに大勢で」

「いえ、構いませんよ」


 なんだかイサナから緊張した様子が伝わってくる。

 顔色が悪いように見えるし、目も泳いでいるようだ。

 不安になってマナを見つめるが、こちらはいつもと変わらない様子で、笑顔を浮かべている。


「あっ、もう、お母さんがそんな顔をしてるから、フレディさんが心配そうにしてるでしょ」


 そう注意すると、フレディに軽く挨拶をして、母親(イサナ)の顔色が悪いのは、過労と睡眠不足が原因だと、説明した。


「……それに、いろいろと伝えなきゃだから、緊張してるみたいです。代わりに私から話してもいいんですけど、これも担当医のお仕事ですからね」

「いやもう、なんか嫌な予感しかしねぇんだが……、シノは平気なんだよな?」

「あっ、それは大丈夫ですけど……」


 マナは、そっとフレディの身体に寄り添うと、耳元でささやく。


「できたらフレディさんも、母の説明に話を合わせてもらえたら助かります。……あっ、でも、よく分からなかったら、黙って聞いてて下さいね」

「それは、どういう……。いやまあ、分かった。余計な事を言わないように、気を付ければいいんだな」

「はい。もし、母が変なことを言い始めても、気にせず最後まで聞いていて下さいね」


 小さく手を合わせ、ウインクをしながらお願いされた。

 つまり、フレディが聞けば、思わずツッコミたくなるような内容なのだろう。

 考えてみれば、今回の件は、いろいろと公表しにくいことが多い。たぶん、その辺りの事情が関係しているのだろう。

 そう思いながら、マナの言葉を心に留める。


「ところで、マナさん、そちらの方を紹介してもらってもいいかな」

「あっ、そうでした」


 マナに促された青年は、相当緊張しているのか、立っているのもやっとの様子で、声を震わせながら挨拶を始める。


「バッフス平原でお世話になりました、セルネイ・ハーミルトンと申します。救護所で、雷槍の銀狼殿より直々にシノさんのことを託されたにも関わらず、この様な結果になってしまい……、期待を裏切ることになり、申し訳ございませんでした」


 すかさずマナが、フォローを入れる。


「お騒がせしてごめんなさい、フレディさん。私の従兄(いとこ)で、ロサちゃんの兄弟子、セルネイくんです。どうやらそのことが、ずっと心に残ってたらしくて、ひと言でもいいから謝りたいってことだったので、この機会に来てもらいました」


 見覚えがある……というほど記憶には残っていない。

 とはいえ、救護所にいた青年に、シノの世話を頼んだことは覚えている。

 言われてみれば、そんな名前を名乗っていた気もするが……

 でも、シノが目覚めた後の行動にまで、責任を負わせたつもりはなかったのだが、まさかそのことで心を痛めている者がいるとは思わなかった。


「そりゃ(わり)ぃことをした。看病をしてやってくれって頼んだつもりだったんだが、そこまで気にしてくれていたんだな」

「こう見えて、セルネイくんは、馬鹿真面目ですから」


 従妹(マナ)の横槍にも動じず、なおもセルネイは言葉を続ける。


「けど、あの時、じっちゃんの怪我で動揺して何もできなかったし、二人が無茶するのを見ていながら、止めることもできなくて……」


 フレディには、セルネイの気持ちが痛いほどわかる。

 その行き着く先は……


「でだ、自分にもっと力があれば……って、思っちまうんだよな」

「……はい」

「あの場に居た者なら、自分の無力を嘆いて、そう思っちまうよな……。あー、でも、大半の者は生き残んのに必死で、そんな事を思う余裕すらなかったかもな」

「そう……ですね」

「けどまあ、オレたちは生き残った。次のチャンスを与えてもらったんだ。だったら、次のために、山ほどある反省点を見つめ直し、ひとつひとつ克服していくしかねぇよな……」


 最後は、知らず知らずのうちに、自分に言い聞かせていた。

 だが、同じように思い悩んでいたセルネイの心には、強く響いたようだ。


「やっぱり英雄と呼ばれる人は、強いですね。ボクなんて、やっと最近になって、このままじゃダメだって思い直したところなのに」

「オレも大概へこんだからな。それに、まだ完全に立ち直ったわけじゃねぇよ。それにだ……、英雄って柄じゃねぇってのは自分でも分かってっから、オレのことはフレディって呼んでくれ」

「あっ、はい。フレディさん」

「ロサの兄弟子ってこたぁ、これから顔を合わせる機会もあんだろ。見たとこ歳もそう変わんねぇみてぇだし、さん付けも敬語もいらねぇよ」


 年齢が近いと言われて驚くマナとセルネイに、三一二年生まれだと明かすと、余計に驚かれた。

 別に隠しているつもりもないし、隠されてもいない。少し調べれば、誕生年ぐらいはすぐに出てくるのだが、手軽な情報過ぎて、普段はあえて調べることがない。

 セルネイなんかは、二十代の終盤ぐらいだと思っていたようで、自分で調べるまで信じようとはしなかった。


「分かったろ? 二歳の違いなんて誤差みてぇなもんだ。それよか、医療って難しいことが多いからな。気軽に相談できる友人になってもらえると、非常に助かるんだが」

「ボクが、フレディさんの友人に?!」

「まあ、大概失礼な話になるが、なんかオレと似ていて、心配性で苦労を背負い込んでるってか、悩みが多そうだからな。一度、ゆっくり話してみねぇか?」

「はい。ボクでよければ喜んで」

「じゃあ、また連絡をさせてもらうよ」


 差し出されたフレディの手に、セルネイが握手で応じる。だが……


「セルネイくんだけズルい。私も仲間に入れて下さいよ」


 その上に、マナの手が重ねられた。

 ムッとした表情は冗談だったのだろう。


「もちろん、大歓迎だ」


 そうフレディが即答すると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。




 さすがに、これだけ人数が集まれば、話が尽きない……というか、収拾がつかない状態になりつつあった。

 だが、頃合いとみたのか、マナは壁際に並べてあった背もたれの無い丸椅子を、皆に行き渡るよう動かすと、座るようにとお願いし、手伝いに加わったロサに後を任せて、ベッドに座るシノの横へと移動した。

 そして、準備が出来たのを確認すると、挨拶を始める。


「皆さま、本日はお集まり頂き、ありがとうございます。日頃からシノちゃんのことを気に掛けて下さっている方々と聞き、担当医であるイサナ・カムナギより、非公式ながらも現状の報告をさせて頂きたいと思います」


 先生(イサナ)は、さっきよりも幾分か顔色が良くなっており、疲れた様子もあまり見られない。

 どうやら、仕事モードになって、気合が入ったのだろう。

 マナに代わって簡単に挨拶を済ませると、すでに広く知れ渡っているこれまでの経緯を、改めて説明する。


 治療院に運び込まれたシノの様子、再生した左手足の状態、守護精霊(フィセーリア)失踪により法術が使えなくなっていること。

 その後の療養で、シノの体調は順調に回復し、食事制限がなくなり、短い時間ながらも軽い運動ができるまでになったことを伝える。


 そこでイサナは言葉を切ると、水で喉を潤し、大きく吐息を漏らした。

 本題はここからだ。


「先日、フレディさんに協力を仰ぎ、動かない左手足に、小さな雷撃で刺激を与え、反応を探る検査を行いました。その結果は、予想していたものとは異なりましたが、新たな可能性が見出されました」


 うんうんと、フレディはうなずく。

 マナに「話を合わせて欲しい」と言われ、集中して聞いているが、今のところ変なところはない。


「まだ詳細までは解明されておりませんが、ある種の術式を通して、発動者の霊力がシノさんへと流れることが分かりました」


 これも、前回の結果通りだ。


「この不可解な現象について、過去の事例や文献を精査した結果、術士となった際に授けられる特殊能力、ギフトの一種ではないかと結論付けました。

 もちろん、ギフト自体は珍しいものではありません。皆さんもご承知の通り、身体能力や五感の向上など、気付かぬうちに授かっているものや、分かり易い例として、法術を使わなくても遠見ができたり、堕ちたるモノ(ソルカイル)を検知できたり、などがありますね」


 フレディは首を傾げる。

 なぜ突然、特殊能力(ギフト)の話が出てきたのかが分からない。

 チラッとマナを見ると、向こうもこちら(フレディ)を見つめており、余計な事を言うなとばかりに、真剣な表情で小刻みに首を横に振る。

 なので、了解とばかりに、小さくうなずき返して、大人しく話に耳を傾ける。


「シノさんの場合は、霊力を吸収して自身の損傷を治癒するような特殊能力(ギフト)ではないかと、考えています。

 そうであれば、あれほどの損傷を受けた手足が、ここまで完璧に再生できたことにも納得ができます」


 なるほどと、フレディは納得した。

 つまり先生(イサナ)は、お守りの存在を完全に無かったことにして、不思議な現象の全てを、特殊能力(ギフト)の効果ってことにするつもりなのだろう。

 それなら、あの場面を収めた記録映像に対しても、説明がつく。


 正直なところ、それで誤魔化せるか、フレディには分からない。

 だが、そういう見解(こと)なのだと、頭の中に叩き込む。

 とはいえ、その口裏合わせなら、あの場面に居合わせたものにだけ、説明すれば良さそうなものだが……

 これだけの大人数を、同席させた理由が分からない。


(いや、何か理由があるはずだ。たとえば、その結果、シノの身に何かが起こったとか……)


 よくよく考えてみれば、今まで悪い方向にばかり考えていた。もし本当に悪いことが起こったのならば、もっと雰囲気が沈んでいてもいいはずだ。

 だとすれば、手足が動く様になったり、シノの守護精霊(フィセーリア)が復活したのだろうか。

 ……それも違うだろう。

 そんな劇的な事が起こっていれば、こんな身内だけの発表会(もの)ではなく、もっと大々的に発表するだろう。

 広報室のケントが同じ立場……というか、シノの師匠として同席している時点で、その可能性も薄い。


 できれば、先生(イサナ)の手助けをしてあげたかったが、事前に何も聞かされていない身では、何の手出しも口出しもできそうにない。

 どうやら、大人しく聞いているしか、なさそうだ。


「それで急きょ、シノさんに霊力を注ぎ込んだわけですが、その結果、僅かながら左腕に痛覚が戻ったことを確認しました」


 あの場に居た者は、その場面を見ていたのだから、何の驚きもないのは仕方がない。だが、他の者も反応が薄かった。

 とはいえ、それは仕方がないと言える。

 腕が全く動かず、痛みどころか触られた感覚すら無いという状態が、そもそも分からない。

 痛みを感じる、ということが何を意味するのか分かっていないし、それどころか、痛みなんて辛いだけなんだから、感じないままのほうが良かったのに……なんてことを思っていたりする。


「それに加え、ほんの少しながら、指が動いたことを確認しました。ただし……」


 だが、これは分かり易かった。

 また元通りに手足が動くようになるかも知れない……という可能性が示され、病室内が一気にざわめく。


「先生! 本当ですか!?」


 ケントは椅子を蹴って立ち上がると、真っ先にシノの元へと駆け寄った。

 それを皮切りに、次々とシノの周りへと集まっていく。

 フレディも腰を浮かせたが、まだ話の続ぎがあると気付き、心を落ち着けるように深呼吸をして座り直す。

 だが、もう、それどころではなさそうだ。


「おい、何をしている。まだ話は終わってないぞ」


 騒々しくなりつつあった病室内にコトリの声が響いた。

 さすがとでも言おうか、別段声を荒げたわけでもないのに、一瞬にして皆の動きを凍り付かせた。

 我に返った者たちが、席へと戻っていく。


 騒ぎが収まったのはいいが、多くの者が委縮してしまい、続けられる雰囲気ではなくなった。

 内心で「しょうがねぇな」と呟いたフレディは、あえて能天気なフリをして、イサナに声をかける。


「いや~、まったく先生も人が悪い。良い知らせなら、先に言ってくれればいいもんを。いきなりそんな話を聞かされちゃあ、そりゃみんなも驚くし、確認したくもなるってもんだ。けど、続きがあんだろ?」

「そ、そうですね。動いたといっても、ほんの少し。震えているといった程度ですが、今後も定期的に霊力を注いで、経過観察を続けたいと思っています。つきましては、この中から協力して頂ける方を募り、適性を調べたいと思います」


 どうやら、それが本題だったようだ。

 当然のように全員が希望し、適性を調べることになった。


 その合間に、シノが実際に左手の指を動かして見せてくれたのだが、イサナの言った通り、微かに震える程度だった。

 だが、間違いなく、シノの意志で動かしているのだと分かり、祝福に包まれる。

 キャラは「くすぐったのが良かったのかも」と言って、両手をわきわきさせながら近づこうとし、それをドミが必死に止めている。

 その横では、ようやく安心して周りが見えるようになったロサが、兄弟子(セルネイ)の姿に気付いて声を掛け、「今ごろかよ」と笑われていた。


「該当者って、案外少ねぇもんだな」

「いえいえフレディさん、そんなことないですよ。シノちゃんの身体にも負担がかかりますからね。これだけの方に協力して頂けたら、十分ですよ」


 フレディの呟きに、マナが丁寧の答える。


「やりすぎてもいけねぇってこったな」

「焦りは禁物ですからね。安全を確認しながら、確実に進めましょ」


 この前の三人に加えて、ドミ、アデラ、シズヒにも適性があると分かった。

 特にアデラは、さすが火竜使いと呼ばれているだけあって、火の扱いに長けており、そのせいもあってか、フレディに匹敵する高い適性を示した。……つまり、危機感を感じるほど激しく霊力を吸われた。

 その結果、六人で定期的に霊力を注ぐことが決定した。




 あれから数ヶ月が経ち、シノは劇的に……とはいかないものの、少しづつだが順調に回復していた。

 かなり指が動くようになったし、ひじや手首も少し曲げ伸ばしができるようになった。だが、まだ物をつかめるほどの力はない。それこそ、生まれたての赤子よりも圧倒的に弱いと思ったほうがいいぐらいだ。

 足のほうも、震わせることぐらいは、できるようになった。こちらは、まだ動くと言うには程遠い状態だが、再び歩けるようになるかも知れないという、小さな希望が芽生えた。

 それを受けて、再びニュース番組でシノの特集が組まれ、その中で、社会へと復帰するため、本格的なリハビリを始めると発表された。


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