72 閃光の芸術家を訪ねて 後編
マナ・カムナギには、日頃から悩んでいることがあった。
母の背を追いかけるように、治癒術士を目指して看護師となったのだが、治癒法術の会得に苦労していた。
身体能力は決して悪くなく、むしろ器用なほうなのだが、こと法術に関しては、不器用の烙印を押されていた。
術式を編むのは上手いと褒められるのに、いざ発動させてみると、上手く制御ができず、効果が不安定になってしまう。
とはいえ、応急手当程度ならば人並みにできるので、看護師としての能力に不安はない。だが、治癒術士を目指すとなれば、なかなかに厳しい状態だった。
ならば、看護師を極めるか、思い切って治癒関係の研究者になるという道もあるのだが、やはり憧れの母のようになりたいという思いを捨てきれず、思い詰めてはいないものの、思い悩んでいた。
それに、もうひとつ、こちらは悩みというよりは、心配事なのだが……
マナの母親であるイサナ・カムナギは、治癒術士としては優秀なのだが、日常生活が壊滅的だった。
さすがに壊滅的は言い過ぎかも知れないが、自室と職場を往復する以外は、滅多に外出をしないし、よく迷子になる。
たとえ初めて行く場所だったとしても、補助視界と守護精霊のサポートがあれば、そうそう迷子になることはないのだが、歩きながら考え事をするクセがあるので、気付けば明後日の方向へと進んでいたりする。
今日も、マナが同行していなければ、無事にたどり着けたか怪しかった。
少なくとも、予定の時刻に間に合うことはなかったと断言できる。
もっとも、娘がいるから安心して考え事ができたのだと、言えなくもないが……
マナも、母が仕事の事で悩んでいることは知っているし、自分の報告が、それに拍車をかけたことも知っている。
なので、その事を責めるつもりはないのだが、事故や事件に巻き込まれないよう、気を付けて欲しいな……とは思っている。
そんなこんなで母娘二人は、目的の建物の前に立ち、安堵の表情を浮かべた。
大きな箱型の建造物には、扉が等間隔で並んでいた。
その中のひとつ、バラ、ユリ、キクが花束になった「集いし香華」の紋章に加えて、ユリの花の絵を添えるように描かれた、扉の前に立つ。
補助視界には「フレグランス・ラボラトリー」「Sラボ」「カサブランカ」と表示されており、説明文には「術士会フレグランスが所有する研究室のひとつ」「サミュエル・マイラーの研究室」と書かれている。
本当にここが目的地なのか疑いたくなるが、間違いない。
なんだか不安しかないが、訪問を報せると、すぐに扉が開いた。
玄関には何もなく、白い小部屋のようになっていた。
そのまま進むと奥の扉が開き、靴のまま部屋へと入る。
外とはいえ術師協会の敷地の中だ。守護精霊の加護もあるので、余程のことがない限り、靴や服が汚れることはない。
だから、特にお店など、不特定多数が出入りするような場所では、土足厳禁なんてことは滅多にない。
扉の向こうには廊下が無く、すぐ部屋になっていた。
研究室と言えば、雑多な物にあふれているか、机を並べて多くの者が黙々と何かをやっている印象なのだが……
部屋が広く感じるのは、物が無いせいだろうか。
目立つ物と言えば、ソファーと机の応接セットと、学院や治療院の院長室にでもありそうな、大きくて立派な机ぐらいだった。
壁や天井も白くて殺風景なのだが、映像で装飾することを考えれば、何もおかしなことはない。
だが、来客があるのに白いままなのは少し違和感を感じる。もしかしたら、歓迎されていないのかも知れない。
そもそも、研究をする部屋には見えない。
ここは来客用で、別の場所に研究室があるのだろうか。でも、補助視界には、研究室と書かれていたのだが……
「カムナギ先生と……秘書の方? ……いや失礼、娘さんですね。私がカサブランカ・ラボの室長、サミュエル・マイラーです。このような場所まで、よくお越しくださいました」
出迎えるためだろうか、椅子から立ち上がって、わざわざ部屋の入り口まで来るあたりは、歓迎されているようにも思えるが……
「こちらこそ、突然の訪問でごめんなさい。知り合いに聞いたら、雷撃系術式で生物を動かす実験をされていた、と聞きまして、詳しい話を聞かせて頂ければと思い、訪問させて頂きました。それでですね……」
「ちょっと、お母さん。落ち着いて……」
まだ座りもせず、部屋の入り口で質問を始めようとしたイサナを、娘のマナが少し赤面しつつたしなめる。
だがマイラーも、それならばと挨拶もそこそこに二人をソファーへと案内し、すぐに本題へと入った。
結論から言えば、マイラーは、イサナが求めるような答えを持っていなかった。
疑似生物の素材は、あくまでも無機物。雷撃で刺激すれば縮むゴムを利用したものであり、当然のことながら神経や筋肉を再現したものではない。
それを聞いたイサナは、ガッカリするかと思いきや、雷撃で縮むゴムに興味を持ったようだ。
その作成方法などを教えてもらい、何かに応用できないかと思考の海へとダイブしてしまった。
よくある事なので、マナは頭を下げて、戸惑うマイラーに謝罪する。
「すみません。こうなると母は長いので……。そうそう、私も少し聞きたいことがあったんですけど、少しよろしいでしょうか。マイラー教授が研究されている、雷撃を利用した芸術についてなんですけど……」
母がマイラーと会うと知ったマナは、出回っている映像だけだが、簡単に目を通してきた。
主な目的は場を繋ぐことだが、こんな機会は滅多にないので、失礼にならない程度に様々な質問をぶつけていく。
最初こそ手探り感覚だったのだが、大丈夫だと分かってからは、素人のような疑問でも遠慮なく投げかける。
……というか、マナが質問をするまでもなく、マイラーが率先して説明をしてくれた。それこそ、門外漢にでも分かるようにと丁寧に、まるで授業のように教えてくれた。
(これは……、たしかに教授っぽい)
そんな事を思いながらも、真剣に話を聞く。
「使えたら、便利そうですね」
「……? 便利……とな?」
「ほら、怒ってるんだぞーって時に猛獣を見せたり、泣いている子供がいたら小鳥や猫を出して慰めてあげたり……」
「その様な使い方は想定していなかったが……、だが、どちらにしろ、大道芸には違いない」
「ん~、それなんですけど、変だと思いませんか? 芸も極めれば感動を生みますし、一度に多くの人の心を動かせるって、すごいことですよね。使い方次第で、いろいろと役に立ちそうなんだけど……」
それを聞いたマイラーは、満面の笑みで握手を求める。
「まさか、この様なところに理解者がおったとは。マナさんといったかな。学びたければ、いつでも尋ねてくるといい。少し前から、別の者にも教えておるんだが、二人で切磋琢磨するのもいいだろう」
「使えたら素敵ですけど、私って雷撃適性が低いんですよね」
「問題ない。雷撃系の術式を扱うが、重要なのは威力よりも繊細さだからな。何事も体験してみることだ」
繊細さを求められたら余計に厳しくなるのだが、少し試してみてもいいかな……と、マナは思い始めていた。
今のところ、使い道といえば、子供をあやすことぐらいしか思いつかなかったのだが、そういう事は後で考えればいい。そもそも、自分に扱えるかどうかも分からないのだから。
ダメで元々だし、苦手を克服するチャンスになれば……
そう思い、母に相談しようと口を開いた瞬間、来客を告げる効果音が鳴った。
「おお、ちょうど良かった」
そう言うとマイラーは、新たな客人を招き入れた。
フレディが、ここへとやってきたのは、ただの偶然だった。
時間が空いたので、いつものようにロビーで休んでいたのだが、今日は誰とも出会えなかった。
まあ、そんな日も珍しくは無いので、シノのお見舞いにでも行こうかと、同行者を探してみたのだが……
皆の動向を簡単に調べてみたのだが、どうやら全員そろって忙しそうだった。
コトリに至っては、ブルーローズにも居なかった。
どうせまた、ステラとかいう伝説の町娘と会っているのだろう。
さすがにひとりでシノと顔を合わせるのは気が引けるので、だったら修業の続きでもと思い、マイラー教授を訪ねた。
もちろん、事前連絡はしていない。
本人から、気が向いたらいつでも来るようにと言われているので、突然の訪問なのは、いつものことだった。
といっても、まだ四回目だが、通い慣れたかのような気安さで、扉の前に立って訪問を告げる。と、すぐに扉が開いたので、そのまま部屋へと入る。
「よう、教授。今日も頼まぁ……って、来客中だったのか。だったら、そう言ってくれれば出直したのに……」
「いやいや、待て、フレディ。こちらのお嬢さんも、閃光の芸術に興味があるらしいから、少し見学させてやってくれんか」
「へっ? 見学?」
修業の成果はそれなりに出ていると思う。
だが、まだまだ人様に見せられるレベルじゃなかった。
でもまあ、マイラーがそう言うのならばと了承し、その酔狂な相手へと視線を向ける。
「アレを見せるのか、参ったな……って、あんた確か、治療院に居た……マナさん。そっちは、先生じゃねぇか。なんでこんなところに……?」
どうやら向こうも驚いており、マイラーが互いの事情を説明する。
フレディは、繊細な雷撃操作を覚えるため、治癒術士は人工生物もどきの話を聞くため……と。
そして、母親の付き添いで来たマナが、閃光の芸術に興味があるらしい。
「先生、ひょっとして、シ……患者のためか?」
「ええ、もちろん。神経を生み出したり育てたりできるのかを聞きたかったのですけど、どうやら違ったみたいで。だけど、雷撃で縮むゴムというものがあるらしいので、何かに応用できないかと思っていたところです」
「……いや、さすがに、アレを身体に埋め込むのは、お勧めできねぇぞ」
「やっぱり……。いえ、そんなことは考えてませんよ」
あんなものを身体に埋め込まれるなんて、かなりキツイ話だが、問題はそこではなかった。
「教授。あの、小さい奴、すぐに用意できるか?」
「これか?」
小指のような黒い物体を渡され、フレディは修業の成果を披露する。
術式を発動させると、手のひらに乗せられていた黒い物体が飛び跳ね、床に落ちる。
失敗したわけではない。そのままフレディは、集中しながら霊力操作を続ける。すると、黒い物体がウネウネと身体をくねらせながら、前へと進み出した。
そのあと、何度か跳ねたり這ったりした末に、ピクリとも動かなくなった。
「ほれ、この通りだ」
床に転がる黒い物体を摘まみ上げようとするが、フレディの指で、あっけなく崩れ落ちた。
「あまり長持ちしねぇってのが、欠点だからな。とても筋肉の代わりにはならねぇ。おっと、先生、すみません。そんなわけですから、素材の改良から始めないと、実用化は難しいと思いますよ」
「そうでしたか……。フレディさん、マイラー教授も、ありがとうございました」
相手はシノの担当医だけに、フレディも恐縮するしかない。話の途中で気付き、言葉遣いを改める。
その後、閃光の芸術もどきを披露したのだが……
桜の花びらを舞い落ちさせたのだが、なんとかひとつだけなら、出力を制御することができ、多少ぎこちないながらも、成功した。だがやはり、複数を同時にとなると、途端に制御が怪しくなる。
五枚の花びらを舞わすつもりが、少し集中を乱すとあり得ない軌道を描き出し、形も不明瞭になり、果ては明るく輝いて弾け飛んだ。
「なかなか無様なもんだが、これでも上手くいったほうだからな。一番最初にやった時の映像、見てみるか?」
自分で恥を晒すのも何だが、もしマナが本気で習おうと思っているのなら、間違いなく勇気づけられるであろうシロモノだ。
最初は、出力制御がデタラメで、雷撃で形を保つことすらできなかった。
なんとか形ができたと思ったら、色はめちゃくちゃだし、油断するとすぐに崩れる。どうにかしようと、力を加えると、弾けて消えてしまう。
「ガサツなオレでも、数日でここまで出来るようになったんだ、普通の人なら、もっと早く上達すんじゃねぇかな」
この後押しのお陰なのか、マナは通う事はなかったが、映像越しで様々なことを教わることになった。
ここに来てやっと、フレディは、手土産を渡しそびれていたことに気付いた。
それを見て、イサナも思い出す。
マイラーに合わせたものなので、カステラや饅頭などが並ぶが、とてもひとりでは食べきれないということで、みんなでティータイムを楽しむことになった。
その終わり際に……
「フレディさん、協力をお願いしてもいいですか?」
イサナが驚くべき提案を切り出した。
要約すると、動かないシノの手足にごく微量の雷撃で刺激を与え、筋肉が動くかを調べて欲しい……というものだった。
そういう事は、雷撃の専門家に頼むべきだと必死に抵抗したが……
「たしか……、彼女のためなら、何でもする……って、言ってましたよね?」
マナのひと言が決め手となった。
それを持ち出されたら、たとえどんな無茶でも逃げ出すわけにはいかない。
かと言って、危険な事は絶対にできない。
なので、まずはファレンシアにいる野性の生物で、実験することになった。




