69 銀狼は再び走り始める
久々の大事件の余波なのか、術師協会のロビーは未だに騒々しかった。
自分たちは特別な力を持った選ばれし者だと自負する術士も多く、その集団だけにハメを外す者がたまに出たりするのだが、追放処分は本当に久しぶりだった。
ちょっとした用事の帰り道、術士会ベリガルへと戻るため、ロビーを横断して天船乗り場へと向かおうとしていたオニールは、赤髪ポニーテールの少女に呼び止められた。
「こんな道端で、突然すみません。オニールさん、ちょっとお時間をいただいても、よろしいでしょうか」
「もちろん、いいよ。ドミさんだね。何か困った事でもあった?」
「私のこと、覚えててくれたのですか?」
「そりゃ、同じ術士会だからね。それで、そちらはキャラットさんだね」
「ふぉ? ……うん、キャラだよぉ」
話しかけてきたドゥエル・ミェルパの隣には、空色の髪の少女、キャラット・フラムが立っていた。
まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。かなり驚いている。
たとえ相手の事を知らなくても、守護精霊が調べて補助視界に情報を出してくれたりするので、本当に覚えているとは限らないのだが、オニールはちゃんと覚えていた。
なにせ、二人は……
「二人が揃って僕のところへ来たって事は、シノさんのことかな?」
「え? あっ、そうです。シノのお見舞いに行けるって聞いて、私たちも行こうかなって思ったんですけど、行っても迷惑にならないかな……とか、お見舞いの品に何を持って行ったら喜んでくれるかな……とか、いろいろ気になって。オニールさんに、相談に乗ってもらえたら嬉しいのですけど」
「うん、いいよ。だったら、僕たちが面会に行った時にでも、誘ってあげればよかったね」
「いえ、そんな……」
「面会なら、まだまだ時間は大丈夫そうだね。お見舞いの品なら……」
さすが奇才の変人とでも言おうか。
シノが欲しがりそうなものや、それが売っている店、営業時間や在庫状況などを調べ、その情報をまとめてドミに送信する。
しかも、よければ送迎すると申し出た。
だが、ドミは、さすがにそこまでしてもらうのは悪いと思ったのか、感謝の言葉を返しつつも、丁重に辞退する。
「オニールさん、助かりました。ありがとうございました」
ドミがお辞儀をすると、キャラも横で深々と頭を下げる。
余程早くシノに会いたいのか、二人は店の場所を確認しながら、急ぎ足で浮箱乗り場の方へと去っていった。
その元気な後ろ姿を笑顔で見送ったオニールは、再び天船乗り場へと向かう。
その途中、見知った人物を見つけて近付く。
「やあ、フレディ、いつにも増して溶けてるね」
そこには当たり前のようにフレディがいたのだが、いつもの気怠そうな様子に加えて、ベンチでだらけ切っていた。
呼びかけに応えて手を振り上げるが、それもなんだか弱々しい。
ダラリとした手首をブラブラと揺らしている。
「よう、オニールか。まあ、なんだ。オレの役目もそろそろ終わりかと思ったら……ちょっとな」
「ひと仕事終えてきたのかい? 委員会の仕事、そんなに大変だったんだ」
「あー、いや、それもあるんだが、それより……」
チラッと後方へと視線を送ったフレディは、ここ連日のようにロビーで流されている、広報映像を指差した。
飽きるほど見たであろう、フナム一派関連のニュースだ。
「あはは……、まさか、こんな事になるなんてね」
「……とか言いながら、お前さんのことだ、何か仕込んでたんじゃねぇのか?」
「僕にそんな力はないよ。でも、こういうやり方があるんだって、少し勉強になったかな。狙ってできるとは思わないけどね」
フレディとしては、トルエン・ヴァニスの失脚によって、フナム一派が大人しくなればいい……という程度の希望だった。
オニールもそれを狙って作戦を立てたつもりだったのだが……
ヴァニスの暴走で、予想を遥かに超える成果を得てしまった。
オニールとしては、どうせなら他のメンバーも一緒に炙り出したかったのだが、こちらが手を下すまでもなく、これだけの成果が勝手に転がり込んできたのだから、文句は無いし、満足もしている。
それはフレディも同じなのだが、日課のように対策を考えていたのに、その全てが不要になって、完全に気が抜けてしまった。
それこそ、もう自分の役目は終わったのだと、満足してしまうほどに。
「なんだか終わったような気になってるようだけど、まだフレディには、することがあったんじゃないのかな」
「やることだぁ? そんなもん、あったっけ?」
本気で悩んでいるフレディを見て、オニールは困ったように微笑む。
「フレディが満足してるっていうなら、それでもいいんだけど。コトリさんを委員会に売り込むのなら、今がチャンスなんだけどね」
なんせ、リタの女帝は、協調性がないだの、他人を寄せ付けないだので、実力は文句なしにも関わらず、性格面での評価がかなり低く、委員会メンバーとして不適格の烙印を押されている。
だが、今回の事件でコトリは、悪事に加担させられていた少女を救い、犯罪者の摘発に協力したのだ。
自身も被害者だったとはいえ、コトリの変化を印象付けるには、十分な出来事だった。
「そう……だよな。まだ本人にその気があるのか聞く必要はありそうだが、事前に可能性があるのかを探ってみるのも悪くねぇよな」
「そうそう、やっと妨害が無くなったんだから、今のうちに、進められることは進めていかないとね」
「オレには気を抜くヒマもねぇってことかよ……」
「そんな事はないよ。今日明日で何とかしなきゃダメってことでもないからね。少し休んで元気になってからでも遅くはないよ」
それを聞いて、フレディはニヤリと笑う。
いつの間にか、だらけた雰囲気は吹き飛んでいた。
「さすがオニールだな。オレをヤル気にさせるコツを知ってやがる」
「そんなことないって。僕は迷子の友人に、行き先を教えてあげただけだよ」
実際のところ、過度な妨害が無くなっただけで、リタ術士会の内情は全く改善されていない。それにコトリも、まだまだ常識人には程遠い。
考えてみれば、やっとスタートラインに戻ったというか、やっと一歩を踏み出したぐらいで、まだまだ先が長いということを思い出す。
「そうと決まりゃ、こうしちゃ居らんねぇ。今からでも、委員会に探りを入れ始めねぇとな」
「手伝って欲しい事があったら、いつでも相談に乗るよ」
「おう、そん時は、頼りにさせてもらうからな」
コトリのイメージ改善のために何ができるかを考えつつ、再び走り始めた銀狼を見送ると、今度こそオニールは、天船乗り場に向かって歩き始めた。