表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彩式+救済者 -さいしきあっど すまいる!-  作者: かみきほりと
ノルトの収集者(コレクター)
7/125

06 ノルトの収集者 その三

 ルド・ヘミル、シノ・ヘミルの兄妹と、その護衛のトリ・アンバーが、宿の食堂で朝食を済ませ、昨日の料理人からバスケットを受け取った。

 お弁当のサンドイッチだ。

 

 前日、宿の人に湖を見に行くと伝えたら、こんな小さな子では歩きは辛いだろうと、馬車まで用意してくれることになったのだが……

 シノなら平気なのだが、言われてみれば、それが常識だ。ここではシノは観光客の女の子なのだ。断るほうがおかしい。

 幌の無い農作物運搬用の小型馬車になったのはトリの希望だ。さらにトリは、薬草採集や果樹園の見回りまで買って出た。

 これで互いに気兼ねをせずに済むだろう、ということだ。

 

 すでに馬車は、宿の前に用意されていた。

 ルドが御者台に昇ろうとするが、それを制したトリが、御者を務めることになった。

 観光客に御者の心得があっても不思議は無いが、ここはトリが譲らなかった。

 不審がられない程度の荷物を積み込んで、ヘミル兄妹は荷台へと上り、中腰になって木枠をしっかりとつかむ。

 お世辞にも乗り心地がいいとは言えないだけに、宿の人は心配そうにしていたが、楽しそうなシノを見て笑顔で見送ってくれた。


 スレスの町が遠ざかっていく。

 天気に恵まれたお陰で、のんびりとした馬車の旅は、そこそこ激しい振動と、心地よい風と解放感に包まれて、順調に進んでいく。

 

「シノ、大丈夫か? 辛かったらすぐに言えよ」

「ありがとうございます。私なら平気ですよ。これも守護者のお陰ですよね」

「そうだな。体感温度も調節してくれるからな。あんまり意識したことねぇが、思えば真夏の炎天下でも関係ねぇってのはありがたいよな」

 

 途中で休憩したり、果樹園の場所を確認したりしながら進み、見えて来た湖に向かうために街道から外れて進む。




 太陽が昇り切るには、まだまだ時間がありそうだ。

 トリの操縦が上手いのか、馬はまだまだ元気そうなのに、意外と早く到着した。

 とりあえず湖畔まで来てみたが、湖はかなり広く、近くに建物らしきものは見当たらない。


「廃屋って、どこにあるんでしょうね……」

「まあ、そんな分かりやすい場所には無いよな。協力者が言ってたのは、こっちの方だと思うが。馬を休ませてる間にちょっと探してみるか……」

「いや、ルドはここで馬の世話だ。私が見てくる」

 

 フレディは反省する。

 現場に出るとつい忘れがちになるが、今日の主役はコトリで、フレディはシノの護衛だ。

 コトリの働きをシノに見せるのが目的なのに、出しゃばったら邪魔になる。


 あまり湖に近付いて、車輪がぬかるみにハマったら面倒だ。

 少し離れた場所へと移動し、馬も馬車から外して、木につなぐ。

 荷台から桶を取り出すと、慎重に湖に近付いて水を汲み、馬の近くに置く。


「そういえば、フレ……お兄ちゃん」

「ん? どうした、シノ」

「探している堕人さんは、収集者(コレクター)でしたよね」


 ルドが苦笑する。


「堕人に『さん』を付けるって、新鮮な響きだな……。情報通りなら、ターゲットはEランクの堕人、収集者コレクターってことだが……何か気になることでもあったか?」

「その、収集者コレクターって言うからには、何かを集めてるわけですよね……。この堕人さん、何を集めてるのかなって」

「あー、スマン、伝えてなかったか。こいつは何故か完全に熟したバナナに固執してるらしくてな、それもあって脅威度が低く見積もられて、不人気で放置されてたんだ。浄化しても評価は低いからな」

「じゃあ、バナナを持ってくれば良かったですね」


 ……………。


 ルドの動きが止まる。

 確かにそうだ。大好物の完熟バナナをチラつかせてやれば、食いつく可能性もあるだろう。もちろん上手くいくとは限らないが、それで変異してくれるのなら、話が早くて助かる。試して損は無い策だ。


「その手があったか。もっと早くシノに話しておけばよかったな」


 バナナなら、場所を確認して通り過ぎた、見回りをする予定の果樹園にもあった。まだ青かったが、見事な数が実っていた。

 今から往復してもいいが……まだ、完熟からは程遠い。


収集者コレクターは変人が多いが、普通はもっとヤバイ感じだからな。それこそ放っておいたら犠牲者が出ちまうような……。なるほどな、バナナをエサにするってのもアリだな」

「さすがに、バナナは持って来てませんよね」

「倉庫に入れときゃ腐んねぇけど、さすがにな……」


 こんな場所には店もない。

 無いものは仕方がないし、用意した所でトリにとっては余計なお世話かも知れない。


「おっ、どうやらトリが建物を見つけたようだ。シノ、行くぞ」

「はい、お兄ちゃん」




 指定された場所には、確かに建物らしきものがあった。

 湖にほど近い林の中、恐らく二階建てだったのだろうが、二階部分は完全に崩れ落ちている。

 一階部分も柱や壁が傾いて、今にも崩れそうだ。

 確かにこれは廃屋だ。

 とても、人が住める状態には見えない。


 その廃屋の前で、トリが手招きをしている。

 走り寄ろうとすると、人差し指を自分の唇に当て、音を立てないようにと指示してきた。

 どうやら、まだ中を確認していないようだ。


 シノの頭の中で呼び出し音が鳴り、補助視界(リピッター)に、コトリとフレディの顔と名前が表示された。念話を繋ぐ。


『えっと、これでいいのかな?』

『いいんじゃねぇか。ちゃんと聞こえてるぞ』

『はい。それでは、お願いします。私はお兄ちゃんに付いて行けばいいんですよね』


 コトリが振り向いてうなずく。


『さっき、物音がした。逃げた様子は無いが、ただの小動物や、何かが崩れただけって可能性もある。シノは、何かがあればルドの指示に従え』

『はい、分かりました』

『こっちは任せろ。トリは仕事に集中してくれ』


 再びコトリはうなずくと、おもむろに……ではなく、大胆に廃屋へと近づき、中をうかがう。

 すると、奥の方から物音が聞こえた。

 シノは警戒しながらルドの背後に隠れる。


「おやぁ? 珍しい、お客さんかな?」


 現れたのは、確かにルドと近い背丈の、ヒョロっとした男で、大きな目は、ギラギラしているというよりは、ギョロっとしている。

 これならまだ、門番たちのほうが目がギラギラしていた。


「人が居るとは思わなかった。騒がせて済まない。廃屋に見えたから、何の建物かと確認しようとしていたのだが、貴方はここの住人か?」

「ああ、そうだよ。ここは僕の家だ。だいぶくたびれちゃったけど、まだ住めるからね」

「廃屋ではなく住居なのだな。重ね重ね失礼をした」

「用はそれだけかな?」

「いや、実のところ、貴方に会いに来たわけだが……。失礼を承知でお願いする。貴方の血を見せて頂けないだろうか」


 シノは表情に出さないようにして、心の中で驚く。

 雰囲気だけならただの世間話だが、場合によっては宣戦布告にも聞こえる言葉だ。

 相手の男も驚いたようで、すぐに言葉が出てこないようだ。


 シノの頭の中で、再び呼び出し音が鳴る。

 フレディから、直接の念話だ。


『はい、何でしょう、お兄ちゃん』

『あー、なんだ。トリの邪魔になっちゃマズイから、こっちで話すぞ』

『あっ、そういうことですね。わかりました。相手の人、怒っちゃいましたよね』

『そりゃな。いきなり家に押しかけてきて、血を見せろだなんて言われちゃ、怒りたくもなるだろうな』


 トリは淡々と説得を続けている。


「私はここに、化け物が住んでいると聞き、それを確かめに来た。人と同じ赤い血が流れているなら、デマだったということだ。今後も疑われ続けるより、少し血を見せて疑いを晴らしたほうがいいとは思わないか?」


 なんというか……説得の仕方も真っ直ぐだ。


『まあ、なんだ。こういう所は真似しなくていいからな』

『そうなんですか? 正直にお願いするのは、誠心誠意って感じでいいと思いますけど……』

『いや、一度怒っちまった手前、じゃあそれなら……ってわけにもいかんだろ』


 ……なんだか、変な音が聞こえる。


『いま何か、ミシミシって鳴りませんでした? フレ……お兄ちゃん』

『そうだな。何の音だ?』


 ギギーとか、ペキッとか、何かがきしむような音が……


「あっ、危ない!」


 思わずシノが叫ぶ。

 家が倒れてきているのだ。

 男の人を助けようと駆け寄ろうとするが、ルドが腕で静止する。


『シノ、待て。手を出すな』

『えっ、だって、あの人が……』

『コトリが何とかする。心配するな』


 つい設定を忘れてコトリと呼ぶルドだが、それどころではない。

 建物が崩れる時は、ゆっくりに見えるのに、心をざわつかせる迫力がある。


 コトリが男を助けに駆け寄るが、とても脱出できないタイミングだ。

 ドドドッと、埃を巻き上げて完全に崩れ落ちた。

 

『思ったより派手に崩れたな。二人は大丈夫か?』


 トリからの念話だ。


『はい、お兄ちゃんも無事です。トリさんは大丈夫ですか?』

『ああ、もちろんだ。少し邪魔な物を吹き飛ばすから、気を付けてくれ。いくぞ』


 梁や天井、垂木など、上に覆いかぶさっていたものが、次々と吹き飛んでいく。

 なんだか不思議な光景だ。

 こちらに跳んできた物は、ルドが優しく受け止めて地面に落としている。


 もう一度、天井の一部が舞い上がると、やっと姿が見えた。

 男の人は怪我をしているようだが、無事なようだ。


『どうやらハズレみてぇだな』

『そのようだな』

『初めっからやり直しだな。厄介なこった……』

『まあ仕方あるまい。ある程度は予想していたことだ』


 シノには理由が分からないが、どうやらこの男の人は堕人ではなかったようだ。


 最後に木材が吹っ飛んで、二人が外へと出て来た。

 男は肩をぶつけたようで、ボロ布……服は裂け、赤い血で汚れている。

 トリが応急手当をしながら、男に謝る。


「すまない。怪我をさせてしまった。でも、無事でよかった」

「いんや、こちらこそ申し訳なかった。あんたは命の恩人だ。僕にできることなら何でも協力されてくれ」

「いや、その気持ちはありがたいが、私の用事は終わった。貴方は人間だった。それが分かっただけで十分だ」

「僕、そんなに怪しいのか?」

「人里離れた場所で、今にも崩れ落ちそうな廃屋でボロを着て生活をしていれば、大抵の者は驚くだろう。化け物と見間違えられても、不思議はあるまい」

「そうなんか……これからは気を付ける」


 話しながらも、トリはテキパキと消毒をし、包帯代わりの布を巻いていく。

 それらの道具を、トリは法術を使って倉庫から取り出しているのだが、服の中や背中を使って、相手の死角から取り出すことで、不思議に思わせない。

 すごい技術だとシノは感心する。


「よし、終わりだ。でも応急手当だからな。ちゃんと医者に診てもらってくれ」

「ありがとう。あんた、いい人だ。困った時は何でも言ってくれ。何でも手伝うよ」

「その時は頼む。ところで、家の方はどうするつもりだ」

「あー、この程度の建物なら、僕ならすぐに作れるよ」

「だったら今度は、崩れる前に建て替えたほうがいい」

「ハハハ……、そうだな」


 家が崩れて怪我をしたというのに、全く動じていない。

 堕人かと思ってやってきたのに、ただの無頓着で気のいい男だった。

 お弁当を分け合って食べ、薬草探しを手伝ってもらって別れる。




 馬はすっかり退屈していたようで、横になって居眠りをしていた。

 さすがに今日は、堕人探しは出来そうにない。

 あとは、果樹園の見回りをして、スレスの町へと戻るだけだ。

 なので、馬が起きるまでのんびり待つことになった。


「完全に手がかりがなくなっちまったな」

「もう一度ノルトに行って、協力者に会うしかない」

「まあ、こればっかりは仕方がねぇ。シノ、よく覚えとけよ。堕ちたるモノ(ソルカイル)退治にゃ、こんな事は当たり前だからな」

「はい。ここの食事は美味しいから、楽しみです」


 シノの能天気な発言に、ルドは思わず吹き出して笑う。

 その声に驚いたのか、馬が起きてしまった。

 でもまあ、丁度良かった。あまり遅くなると宿の人が心配するだろう。


 馬を馬車につなぎ直して、出発しようと思った時……


「ちょっと、待ってくれー!」


 さっきの廃屋の男だ。

 決して速いとは言えないが、必死に走っている。


「ああ……、良かった。……まだ居てくれた」


 ぜぇはぁと、息を切らしている。


「おう、どうした、そんなに慌てて。何か忘れもんでもあったか?」

「いや、そうじゃないけど……」


 男はいきなり手を合わせて、土下座をする。


「お願いだ。僕を町まで乗せてくれ。僕の足じゃ、夜中になってしまう」

「そりゃまあ、構わん……よな? トリ?」

「途中、少し寄り道をするが、陽が傾くまでには着く。決して乗り心地は良くないが、振り落とされるなよ」

「が、がんばるよ」


 シノは横の木枠が持てる、姿勢が安定する場所を空ける。


「どうぞ、腰を落として、ここをしっかりと握っててくださいね。そうすれば、たぶん大丈夫ですから」

「うん、わかった。けど、君は?」

「私は、ここで」


 シノは真ん中で、前の木枠をつかむ。


「そんなんで、平気なのかい?」

「大丈夫ですよ。それより、お名前を聞いてもいいですか? 私はシノ・ヘミル、こっちのルド・ヘミルの妹です。今は二人で観光旅行をしてます。それで、前の人が、私たちの護衛をして下さっているトリ・アンバーさんです」

「それはご丁寧に。僕はボラン・ノルトだ。植物の研究をしてる者だ」

「研究者さんですか。すごいですね」

「そんなことないって……」


「スマンがそろそろ出発するぞ。しっかり口を閉じておかないと、舌を噛むから気を付けてくれ」


 トリが忠告した直後、きしむ音を立てながら馬車が動き出す。

 果樹園では、柵が壊されてないか、中が荒らされていないかをチェックする。周辺も見てみたが、異常はなさそうだ。


 再び馬車に揺られ、スレスの町を目指す。

 時折荷台が大きく跳ねるが、シノは身体を宙に浮かせて楽しんでいる。

 それを見てボランが、疲れ知らずの元気な子だと感心する。


 トリが門番に挨拶すると、なんだか血相を変えて一人が奥へと走って行った。

 何事かと思っていると、別の門番が先導して奥へと誘導していく。


「なんなんだ、これは……」

「別に怒ってるわけじゃなさそうですよ。町の人が笑顔で手を振ってますし」

「いやまあ、そうなんだが……」

「ボランさんって、有名人だったのですね」

 

 よく聞けば、町の人がボランの名を口にしている。

 しかも大歓迎のムードだ。

 一番奥まで来てしまった。

 たぶん、町の偉い人が住む家だろう。


「みんな、騒がせてごめんね。一緒に来てくれると嬉しいけど」

「私は宿に馬車を返却しなければならない。薬草とバスケットも……」

「それは、我々にお任せください」


 そう言ったのは、ここまで先導してくれた門番だ。

 なんだか状況が読めないが、トリは二人の護衛なので、変に離れるのも不自然だ。なので、後の事を門番に託し、みんなで屋敷へと入っていく。


 中では、十人以上の人たちが、ズラリと並んで出迎える。

 その中から、初老の男が進み出ると、優雅なお辞儀に続いて挨拶をする。


「お帰りなさいませ、旦那様。我ら一同、ご帰還を心待ちにしておりました」


 それに合わせて一同が、一斉に頭を下げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ