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彩式+救済者 -さいしきあっど すまいる!-  作者: かみきほりと
チャグの古代遺跡

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64 露天風呂の誓い

 甘え上手と甘えとは、似ているようで全く違う。

 そのことは、リゼット・デュマも重々承知している。


 リタ術士会で幸せになろうと思えば、己の才覚で成り上がるしかない。

 それには、地位の高い人に気に入られ、引き立ててもらうのが正しい方法だと思っていた。いや、そう思い込まされていたのだろう。

 それならば自分にもできると思っていたし、そう信じて今までやってきたのだが、逆を言えば、それ以外の方法が思い浮かばず、何が正しいのか分からないまま、命じられるままに流され続けてきたとも言える。

 その結果、このような事態に陥ってしまった。


 持ち前の甘え上手を駆使して標的(コトリ)に近付き、信頼を得たつもりだった。だが、何のことはない。初めから全てバレていたのだ。

 それはそうだ。

 少し考えれば分かることだ。

 術師協会でも屈指の厄介者である女帝(コトリ)に、実地学習をお願いした時点で、不信に思われても仕方がないし、警戒するなと言うほうが無理だ。

 コトリから見れば、リゼは敵対勢力から送り込まれた監視役だ。それに、リゼ自身は自覚が無かったが、刺客ということにもなる。

 そんな相手と行動を共にし、食事を共にし、平然としているのだから、よほど豪胆なのか、リゼのことを侮っているのか、ともかく、全く脅威に思われていなかったということになる。

 実際、抹殺のことは完全に忘れていた……というか、絶対に無理だと思っていたので、信頼関係を築くことしか考えていなかった。


 冷静に考えれば、人を殺めて出世するなど、あり得ない。

 たとえ、その功績で地位が与えられたとしても、操り人形にされるだけだ。そんな人生が、幸せであるはずがない。

 そのことに気付けたのは、アーリステリアのお陰だろう。

 盲目的に従うことに疑問を持ち、一歩引いた立場で全体を見渡した結果、いつの間にか何を選んでも不幸になるという状況に陥っていると、気付いてしまった。

 だからといって、子供のように泣きじゃくり、許してもらおうだなんて、甘え以外の何ものでもない。

 心の中を全てさらけ出し、危害を加えようとした相手に救いを求めるだなんて、あまりにも虫が良過ぎる。


 全てを話し終えたリゼは、どのような罰でも受ける覚悟を決め、放心状態のまま崩落現場を片付けていた。


「ではリゼよ、汚水が流れ込むのを防いだら、今日は終わりにするかの」


 リゼは、アーリステリアの指示に言葉なくうなずくと、素直に従う。

 毒水は、堕ちたるモノ(ソルカイル)の仕業ではなく、天井の亀裂から入り込んだものだった。

 アーリステリアは手本を示しつつ、リゼに天井や壁の損傷を修復させていく。

 リゼの様子をチラリと見たコトリは、どう声をかければいいのか分からず、アーリステリアに任せることにした。

 

 法術で人を攻撃するのは難しい。守護精霊(フィセーリア)によって中断される場合もあるが、大抵は術士が罪悪感を抱いて失敗することが多い、とされる。

 たとえ発動しても、威力が落ちたり、狙いが逸れたりするし、相手が術士ならば、守護精霊(フィセーリア)が事前に察知して、防ぐなり避けるなりするだろう。

 なので、リゼがコトリを抹殺しようと思えば、事故を装う必要がある。もしくは、法術に頼らず、刃物や毒物などを使うことになるだろう。

 だが、守護精霊(フィセーリア)の加護を持つ術士を、そんな方法でどうこうできるとは思えない。

 可能性があるとすれば、激しく消耗している時を狙うしかない。たとえば、崩落に巻き込まれた相手に、トドメを刺すとか。

 その絶好の機会を、わざわざコトリ自身で演出したのだが、リゼはトドメを刺さずに、助けることを選んだ。

 まあ、抹殺を選ばれたとしても、コトリは簡単に対応できたし、アーリステリアも介入する機会をうかがっていたので、成功することはなかったのだが。


 ちなみに、リゼが話した内容は、オニールの推測通りだった。

 本当に抹殺の指示が出ていたとは驚きだが、それ以上に驚いたのは、その指示を出したのがトルエン・ヴァニスだということだ。

 この男はテムレン・フナムの弟子で、ロサがシノに会いに行こうとした際に、妨害しようとした人物だ。

 その結果、初等部の女の子に軽くひねられ、オニールたちから二度と悪事に加担しないよう強く釘を刺された、はずだったのだが……

 懲りていないのか、それとも、これなら大丈夫だとでも思ったのか、こんな悪事に手を染めているとは思わなかった。

 まさかバレないとでも思っていたのだろうか。

 そんな事を思いながら、コトリはメッセージを送って、オニールに報告する。


 広い通路は、ほんの少し先で終わっていた。だが、横に細い通路が伸びている。

 その奥も気になるが、それ以上に入口の様子が気になる。


「さてと、ユードたちが騒ぎ出す前に、戻るとするかの」


 それを合図に、撤収準備を始める。

 アーリステリアが入り込んでいた毒水もろとも残りの大通路を洗浄すると、リゼとコトリが不要となった堰や排水管を片付けていく。

 入り口まで戻ると、アーリステリアの心配通り、ユードたちは突入しようかと真剣に悩んでいた。

 どうやら崩落音や振動が伝わっていたようで、三人が姿を見せると、中で何かあったのかと強い調子で質問された。


「なんじゃ、そんなに響いておったのか。心配をかけて済まなかったの。天井の穴を塞ぐ前に、上に溜まったモノを落として調べておったんじゃが、その音かの?」

「そうでしたか。それで、原因は判明したのですか?」

「残念じゃが、外部から流れ込んでいるとしか。じゃが、穴を塞いでもろうたからの、もう安心じゃぞい」


 これが年の功というものだろうか。

 アーリステリアは流れるように、話に嘘を紛れ込ませる。

 それに対して、ユードは召使いの鏡というべきだろうか。

 その全てが真実だとは思っていなくても、姫さまへの信頼は揺るがない。

 姫さまがそう言うのであれば、そうなのだろう。たとえ嘘であっても、たとえ突拍子の無い事でも、姫さまが口にする言葉には、それ相応の理由があるのだと納得している。

 とはいえ、見た目はともかくご高齢なので、心配もすれば節介も焼く。

 小間使いのような扱いとはいえ、監督役を仰せつかっているのだから、単独行動を許して放置していたと知られれば、妻や母から盛大にドヤされる。

 それにもし、万が一のことが起これば、命を絶って責任を取る事になるだろう。

 だから、たとえ無駄であっても、苦言を伝えなければならない。


「今後は、我々の目の届かない場所での行動を、控えて頂きたくお願いします」

「もちろんじゃよ。頼りにしておるぞ、ユードよ」

「お任せください、姫さま。それが私のお役目ですので」


 ユードは姿勢を正すと、深々と頭を下げた。




 拠点に戻った一行は、さっそく夕食の準備に取り掛かる。

 食材は、鹿と兎が一匹ずつ。護衛が道すがら仕留めた獲物だ。

 拠点には豊富な香草や調味料、米や小麦粉などに加えて保存食もあるので、大抵の料理が作れるはず、なのだが……

 コトリが率先して準備をしているのだが、どこに何があるのか分からず、かなり困った状況になっていた。

守護精霊(ミツキ)家政士精霊(ブラウニー)と協力しながら調べてくれているのだが、かなり苦労しているようだ。

 なぜそんな事になっているのかと言えば、リゼが使い物にならないからだった。


 拠点の管理はリゼに任せていたのだが、まだショックから立ち直っていないようで、かなりのポンコツ具合を見せている。

 とはいえ、メンタルが弱いと糾弾するのは酷だろう。相手は、分不相応の陰謀に加担させられた、傷心の少女だ。とてもじゃないが責められない。

 なので、今回のことは気にするなと伝えたのだが、そう簡単に割り切れるものでもないだろう。


 ヴァニスにはいずれ報いを受けてもらうとして、それまでは偽の報告を送り続けて泳がせることにし、実地学習も続けることにした。

 いい加減、フナム一派を壊滅させたい衝動に駆られるが、それはオニールから厳しく戒められている。

 やるなら徹底的にやらないと意味がなく、その為には準備が必要らしい。

 それに、穏便に解決できるのなら、それに越したことはない。

 

「リゼ、臭み抜きの香草とか言われたんだが、どこあるか分かるか?」

「は……、はい、ご、ごめんなさい」


 何故か、思いっきり怯えられている上に、渡されたのは、何かの木の実だった。

 ここで間違っていると指摘すれば、ますます怯えさせることになるだろう。

 香草だけでも何十種類もある上に、生や乾燥などの保存状態、茎や葉などの部位、成長度合いなども加わるのだから、コトリには手に負えない。

 なので、ミツキと家政士精霊(ブラウニー)を頼るしかなかった。


 調理場の片隅で、ユードはひとりで獲物の解体作業をしていた。

 それを見ていたアーリステリアは、不思議そうに尋ねる。


「ところでユードよ。何故、護衛たちは姿を見せぬのじゃ? 解体処理なら、手伝ってもらえばよかろ」

「それは……姫さまが、護衛を付けるのであれば目立たぬようにとお命じになられたからでございます」

 

 思わぬ答えに、アーリステリアは首を傾げる。

 そんな事を言っただろうかと記憶を探るが、それを明らかにしたところで仕方がないだろう。

 

「それは悪かったの。その、なんじゃ……。街中で護衛を引き連れておれば、周囲の迷惑になるからの。目立たぬようにとは、そういう意味じゃよ」

「とは申されましても、視界に入れば気にもなるでしょう。それで姫さまの気分が削がれては、息抜きどころではないのでは……」

「ふむ、ヌシは思い違いをしておるな。ワッシは何も護衛の存在を疎んでおるわけではないのじゃぞ。護衛をするのなら、騒ぎにならぬようにさりげなく、じゃよ」


 どう違うのか分からないのか、納得していないユードの様子に、アーリステリアは苦笑する。


「まあ、なんじゃ。とにかく護衛たちには、ワッシらと同様、客人として世話になるよう伝えてくれぬかの」

「分かりました、姫さま」


 指笛を吹こうとユードだが、手が血に濡れていることに気付き、しっかりと洗ってから改めて合図を送る。

 どこに潜んでいたのか、すぐに三人が姿を見せた。

 あとの二人は、外を警戒しているらしい。

 まさか護衛が五人もいるとは思わなかったが、アーリステリアは過度な隠密は不要だと言い渡し、とりあえず料理を手伝うようにと指示を出した。




 満点の星空に白い湯気が立ち昇る。

 冬も近いというのに、ここは心地よい暖かさに包まれていた。

 鍛え上げられた身体を惜しげもなく晒し、コトリは手桶を使って湯を浴びる。

 なかなか風情のある夜の露天岩風呂だった。

 その湯に浸かったコトリは、固く絞ったタオルを頭の上に乗せ、大きく身体を伸ばして息を吐く。


 夕食はまだ食べていない。

 作るのに時間がかかるので、先に汗を流すようにと、ユードに勧められたのだ。


「これは見事なものじゃな。ほれ、リゼよ、(はよ)う、こっちへ来んか」

 

 アーリステリアは湯を浴びると、リゼの身体も流してやる。

 そのまま手を引っ張って、二人で湯の中へと入ってきた。

 よほど気に入ったのか、アーリステリアは大喜びだ。

 

「最高じゃの。景色を変えるだけで、これほど気分が変わるとはの」

「これもリゼの発案だ。私だけなら法術で済ますのだがな」


 壁や天井に風景を映し出しただけの浴場なのだが、空があるだけでも解放感が出るし、木々が揺れたり、星の瞬きや流れ星などの細かな変化もあるので、十分に露天気分を味わえる。

 それに、ここなら会話が外に漏れることもない。

 内緒話をするにはうってつけだ。


「では本題に入ろうかの」

 

 リゼの身体が震える。

 一般的な認識では、女帝(コトリ)に手を上げれば、地獄のような報復を覚悟しなければならない、とされる。

 だから、自分も報復されるのではないか……とでも思っているのだろう。可哀想に、心地よい湯に浸かっているのに、明らかに顔色が悪い。

 それに気付いたコトリは、困った表情で頭を下げる。


「済まなかった、リゼ。彼らの前で話すわけにもいかず、不安にさせたな。心配しなくても、リゼに危害を加えるつもりも、罪に問うつもりもない」

「リゼよ、ヌシがやろうとしたことは、決して許されぬことやも知れぬ。じゃが、真に裁かれるべきは、それを企んだ輩じゃ。気に病むなとは言わぬが、今後は気を付けるのじゃぞ」

「もしまた、厄介事に巻き込まれたと思った時には、私でもアデラでもいい、フレディでも構わんから、気軽に相談してくれ」

「ワッシでも構わぬぞい。なんなら、相手に圧倒的な恐怖を植え付ける方法でも、習ってみるかの?」


 ここまでくると、さすがのリゼも、理解するしかなかった。

 てっきり、逃げ場のない所へ連れ込まれ、報復されるのではないかと疑っていたのだが、本気で許そうとしてくれているようだ。

 アーリステリアも、場を和ませようと思ったのか、物騒な冗談まで言ってくれている。


「ホントにいいの?」

「なんじゃ、リゼよ、相手に恐怖を植え付ける方法に興味があるのかの?」

「え? ……いえ、そうじゃなくて、私のこと怒ってないの?」


 腕を組んで考え込んだコトリは、再び困ったような表情を浮かべる。

 

「フナムたちが、私に対して良からぬ感情を抱いているのは、前々から知っていた。たまに妨害をされたりもしたが、気にするほどでもないと取り合わなかった。そのせいで増長させたのだとすれば、私にも責任があると言える」


 感情を込めずに、坦々と言葉を紡ぐ。


「そのせいで、リゼに悪事を働かせる結果になったのなら、もはや放置しておけない。だが、今すぐに、というわけにもいかないからな」


 だから、リゼには、まだしばらくの間、奴ら(ヴァニス)に従っているフリを続けてもらう必要がある。


「ええ、分かったわ。でも、ステラもだけど、なんで、私にそこまでしてくれるの?」


 アーリステリアは、コトリを見つめて小さくうなずく。

 そして、二人同時に口を開いた。


「友人じゃからの」

「友人だからな」


 ハッと驚いたリゼは、目を潤ませて微笑む。


「だったら私も友人として、二人が困っていたら、全力で助けるって誓うわ」

「それだと、友人というより、盟友だな」

「ふむ、盟友とな。それは良いのぅ。我ら盟友となりて、互いに補い助け合いながら、地獄の世を生き抜こうぞ……だったかの」

「なんだ、それ」

「コトリは知らぬか。そういう物語があるのじゃよ」

「祖国を滅亡から救った三人の英雄譚……だよね。遥か南の地より、だったかな」

「正しくは『望郷~遥か南の地にて』じゃが……、まさか、リゼが知っておるとはの。その台詞に至るまでがまた……」


 共通の話題で盛り上がる二人を見つめ、コトリは安堵の表情を浮かべる。

 これも先見の力なのだろうか。

 いつの間にか、楽しそうに話すリゼの顔に、笑顔が戻っていた。


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