48 愚かな襲撃者たち
リタ術士会の広報室から話をもらった時、ロサ・トルエバは、二つ返事で了承した。
これまでもロサは、関係者として治療院を訪れたり、新設された記録室に申請を出したりして、面会の予約を何度か入れていた。
先輩であるオニールに教えてもらった情報だったが、なんだかよく分からないうちに、そのことごとくがダメになっていた。
メッセージや念話も届かないようで、直接連絡を取ることもできないらしい。
完全に面会が禁止となってからは、接触する手段は「教えて!シノちゃん係」宛てに投稿するしかなかった。
それでもいいと思ったが、もし採用されたら内容が公開されてしまう。
別に公開されて困る話ではないが、かなり個人的な内容なので、どうしようかと迷っているうちに、あの映像が流れた。
それを見たロサは、最初こそ素直に喜んだが、どうやって会えばいいのか分からない。
なので、兄弟子であるセルネイ・ハーミルトンに相談したのだが……
「面会謝絶なんだから、無理じゃないかな。約束を守らない人のせいで、警備が厳重になってるし。そりゃ会わせてあげたいし、ボクだって命の恩人に会いたいけど、関係者でもダメなら諦めるしかないよ」
そう無念さを滲ませながら言われ、そりゃそうだと納得した。
セルネイのように会いたい人が山ほどいるのに、面識のない自分が優遇されるとは思わなかった。
だから、広報室の人がやってきて、ニュース映像にゲストとして出て欲しいと言われた時も、直接会えるとは思っていなかった。映像越しでも会話ができるなら……と思っていた程度だ。
だから、説明を受け、治療院へ来るように言われた時には、本当に驚いた。
術師協会エリアを浮箱で移動し、道案内に従って、治療院の近くまで歩いて来た。
治療関係の建物が集まる区画だけに、あまり活気が感じられないが、大通りはそれなりに賑やかだし、少し外れた場所でも人通りがないわけではない。
なので、若い男が近付いて来ても、ロサはあまり気にしなかった。
「おっと、待ちな。ここは通行止めだぜ」
人通りの少ない場所を狙ったのだろう。
若い男が、ロサの進路を妨害する。
だが、気にせずヒョイと避け、先へと進む。
慌てた男は、ロサの腕をつかもうとしたのだが……
「……!? ぐはっ……」
男は気付いたら、通路に倒れていた。
息が詰まり、少し遅れて、激しく打ち付けた背中が痛みを訴え始める。
転がる男を無視して、ロサは歩き続ける。
立ち止まってすらいない。
歩く動作のまま、自身は力を入れず相手の力を利用して、触れられた腕の動きひとつで男を転がしたのだ。
「何やってんだよ、ダセーな」
そう言いながら、もう一人の男が現れ、ロサの行く手を遮ろうとする。
転がされた男より、少し年上だろうか。
こっちが兄貴分で、転がっている方は弟分といったところか。
ロサはフェイントを入れ、クルリを身を翻して、華麗にすり抜ける。
「ちょ待てよ。話があんだから、無視すんなよ」
だがロサは、全く取り合わずに先を急ぐ。
最後は二人がかりで取り押さえようとするが、小さな女の子にいいようにあしらわれ、捕まえるどころか、足を止めさせることすらできない。
その背後、少し離れた場所から、二人の男が尾行していた。
ひとりは細身ながらもバネのある鍛え上げられた肉体。もうひとりは、筋肉質な大男だった。
「いやぁ、スゲェな。さすが拳闘王クルックの弟子だ。身のこなしが半端ねぇ」
細身の男──フレディは、軽く口笛を吹いて称賛する。
その横で、補助視界と個人用端末を操作していた巨体の男──オニールは、顔を上げて周囲を観察する。
「相手は二人だけだね。身元を特定したから、もういいよ」
つまり、介入してもいいという合図だ。
なぜ、こんな事をしているのかと言えば……
シノとロサの対談が決まったと知ったフレディは、リタ上層部による妨害を危惧し、オニールに警告したのだが、ならば一緒に護衛をしようと提案された。
しかも、どうせだったら、その不埒モノを懲らしめようという話になり、ロサも同意していると伝えられた。
さすがにフレディは、女の子を囮にする案に難色を示したが、あの子の実力を知るいい機会だからと、絶対安全を強調されて説き伏せられた。
「ホントに……安全だったな。まるで、大人と子供の喧嘩じゃねぇか……」
これじゃ、どちらが大人で、どちらが子供なのか分からない。
完全に立場が逆転している状況に苦笑する。
警告したフレディ自身、可能性があるってだけで確率は低いと思っていた。なのに、本当に襲撃する馬鹿がいるとはと驚いた。
護衛の話に乗ったのは、そのまま治療院に入って、シノの様子が分かればラッキー程度の気分だったのだが、そうもいかなくなった。
「そこまでだ! ……ったく、いい大人が何してんだか。こんな小さい子に絡んだ挙句、好き勝手に転がされて、恥ずかしくねぇのか」
心底呆れた様子で、哀れみすら込めた視線を男たちに向ける。
「ぎ……銀狼!? なんでここに?」
さらに、気配を消して近付いたオニールが、惚けた声を上げる。
「いやぁ、まさか素材にする風景を撮影していたら、すごい映像が撮れたんだけど、どうしようか……」
「なんだ貴様……は?」
威勢よく怒鳴ろうとした弟分だが、筋肉隆々の大男に見下ろされ、途中で言葉を失う。
声や表情が柔和なのが、却って恐怖を増大させているようだ。
「その子の友達の、オニール・ソルムだよ」
これだけ特徴的な姿なのに、男たちは気付いていなかったようだ。
だが、さすがに名前は知っていたようで、分かり易く顔色を変えた。
「ベ……ベリガルの人喰熊!?」
「なんで、そんな奴が、こんな場所に……」
フレディは思わず吹き出し、必死に笑いをこらえる。
今では滅多に聞かないが、そんな呼ばれ方をしていた時期もあった。
「さすがに猛獣扱いされたら、僕も傷つくよ」
そう言うオニールは、笑顔のままだ。
驚愕し、動きを止めた男たちを、フレディとオニールが捕まえ、ちらほら現れ始めた野次馬を避けるようにして、ひと気の無い路地へと引きずり込む。
それにしても、事前に忠告されていたとはいえ、実際に襲われても冷静に対処し、全く動揺する様子はない。そんなロサの強さに、フレディは感心した。
「おお、そうだ。もうすぐ待ち合わせだろ? ここはオレらに任せて先に行ってくれ。……でまあ、シノの事、よろしく頼む」
「うん、分かった。フレディさん、オニールさん、ありがとうございました。シノさんの事、後で教えるね」
ロサは元気よく頭を下げると、治療院に向かって走り出した。
それを笑顔で見送ったフレディだが、表情を一変させると、鋭い視線を男たちに向け、威圧する。
「さてと……、テメェら、何のつもりだ。あの子を襲って、何をするつもりだったんだ。さっさと白状したほうが、身のためだぞ」
「い、いや、ちょっと道を聞こうとしただけで……」
兄貴分が下手な言い訳を始める。
腕をひねり上げ、苦痛に顔を歪める男に侮蔑のこもった冷淡な視線を向ける。
「ほう、それがテメェの答えか。そっちのお前はどうだ。いかにも使いっ走りって感じだが、嫌々付き合わされてんだろ?」
「……なんも知らねぇよ」
フレディはわざとらしく大きく息を吐き出す。
「……ったくよ、誤魔化し方、下手過ぎんだろ。理由なんてねぇとか、むしゃくしゃしてやったってんならともかく、なんも知らねぇって。何か隠してるって言ってるようなもんだろ」
弟分の顔には、しまったと書かれていた。
なんとも分かり易い。
「じゃあ、素直に話す気は無いみたいだし、この映像は広報部に届けるって事でいいよね」
「だな。けどその前に、然るべき場所で裁いてもらわねぇとな。あーでも、面倒臭ぇから懲罰委員会にでも引き渡すか」
ギョッとした兄貴分は、慌てて弁明を始める。
だが、この場を切り抜ける自信があるのだろう。ちょっと有名人を困らせてやりたかっただの、言い訳にもならない、口から出まかせばかりを並べ立てる。
もうこれは、話し合いは無理だと覚り、フレディとオニールが畳み掛けるように言葉を紡いでいく。
「こりゃまた、随分とナメられたもんだ。それで誤魔化せるとでも思ってんのか」
「イヤイヤ従わせられてたら可哀想だって思ったけど、そうでもないようだね。あの子、ただの有名人じゃないって知ってるよね?」
「悲劇のヒロイン。守ってあげたい術士ナンバーワンだっけか?」
「そうだよ。それも断トツのね。その子を襲う二人組の男の運命ってどうなるかな。この映像が出まわったら、ブルーローズに居場所がなくなるよね」
「ったくよ、何考えてんだ? トルエン・ヴァニスにユチュン・ジーク、テメェらフナムの子飼いだったよな。テムレン・フナムの企みを洗いざらい話して、二度と悪事を働かねぇって誓えば、見逃してやってもいいぞ」
「だけど、もし誤魔化そうとしたり騙そうとしたら、かなり可哀想なことになるからね」
「そりゃもう術師協会を巻き込んで、あらゆる手を使って、容赦なく制裁を加えてやる。もちろん、フナムの野郎にもな。まあでも、その前に女帝がブチ切れんだろうけど」
もしここで、なぜ女帝が関係あるのかと問い質してくれば、まだ手加減の余地はあった。だが、心当たりがありすぎるのか、露骨に悲鳴を上げて挙動不審になる。
これは有罪確定だろう。女帝の件にも関わっているとなれば、ここで見逃したとしても、いずれ報いを受けてもらうことになる。
「そうだね。フナムって人がイマイさんに対して何をしてきたか、全部調べはついているからね。その情報を、彼女に渡すのもいいかもね」
「あのな、お前ら、女帝が暴走すんのを、オレらがどんだけ苦労して諫めてきたと思ってやがる」
「イマイさんも、ずいぶんと丸くなったけど、本気で怒らせたら僕たちでも止められないからね」
「それにだ、フナムの野郎が女帝にした事を知ってりゃ、優秀な子供たちを出世に役立つ使い捨ての道具ぐれぇにしか思ってねぇって、分かっだろ?」
「このまま協力を続けるなら、同類として処断しないとね」
「……にしてもだ、あの野郎、あんだけヒデェ目に遭ったってのに、全然懲りてねぇのか? これからも、ちょっかいを出すってんなら、女帝を解き放ってやる」
「その時は、喜んで協力するよ。一網打尽にする用意なら整ってるしね」
ここに来てヴァニスとジークは、自分たちが誘い出された事を理解した。
未だにフナムは監視されており、関係者共々泳がされていたのだ。……と思った。
だが二人は気付いていない。
話の端々が、かなり誇張されている事に。
確かに、フナムとその一派の動きは、オニールが全て把握している。
コトリの人格を変えた特別プロジェクトの関係者はもちろん、現在も続いているコトリへの嫌がらせに関わる者たちも、全てだ。
それを今まで放置していたのは、コトリ自身の希望だったからだ。
真意は分からないが、特に問題とは思っていないのだろう。
懲罰委員会が動くだけの証拠は揃っているが、そのつもりはない。
特別プロジェクトの内情が明るみになれば、リタ術士会に残ったなけなしの名誉が砕け散る。下手をすれば解散命令が出るだろう。
そうなれば、上層部の連中は、他の術士会に散らばる事になる。
ヤバイ奴はフナムだけではない。奴らが新天地でお行儀よくしてればいいが、毒をまき散らすような事になったら目も当てられない。
そもそも今日、本当に妨害があるとは思わなかった。
可能性があるから、念のために護衛をしていただけだったのだが……
相手がヴァニスとジークだったのも偶然だ。
こんな形の交渉になったのも、ただの成り行きだった。
「そろそろ決めてくんねぇか。フナムと心中するか、洗いざらい吐いて真っ当な道へと戻るか。さあ、お前ら、どうすんだ?」
なおも答えあぐねる二人を前に、オニールは笑顔のまま、二人の素性を読み上げ始める。
「トルエン・ヴァニス。テムレン・フナムの弟子となってからは、フナムのライバルへの嫌がらせを担当する。ユチュン・ジークはフナムと同郷で、困窮していたところを救われ、生活支援を受ける。その後、二人で組むようになってからは、汚い仕事ばかりしてるよね」
「汚いって、なんだ?」
「一番多いのは政敵の悪い噂を流したり、今回のように移動を妨害したりかな。政敵を支持している飲食店を脅したりっていうのもあるね」
「そんな事をすりゃ、すぐにバレんじゃねぇのか?」
「もちろん。バレたせいでフナムの支持が落ち込んで、かなり怒られたらしいよ。もっと上手いことやれ……ってね」
「他にも、面白い話があるよ。フナムが評議員になったら、望む物を与えるって約束されてるらしいけど、その内容が……」
「も、もういい! 分かった!」
自分たちの事が洗いざらい調べ上げられていると知った二人は、ベリガルの人喰熊に恐怖しながら、とうとう観念した。
フナムは再び評議員を目指しているらしい。
だが、それには、コトリの活躍が障害となっていた。
極秘プロジェクトが失敗したのは、被験者であったコトリの能力が大した事がなかったからであり、不正に手を染めたのも、少しでもコトリの能力を引き出す為、プロジェクトを成功させる為に仕方なく行った事だと主張している。
かなり無理があるが、その形で理論武装をして押し通そうとしているのに、今ごろになってコトリの活躍が噂になり始めた。
実力はあるが厄介者だった時は、まだ良かった。だが、他人と協調し、競技会でも好成績を収めたとあっては、話が変わってくる。
あの手この手で妨害するが、裏目に出ているようにも思える。なので、手っ取り早く成果を上げ、現評議員たちに媚びを売る手段を取った。
コトリが、フレディやシノと繋がっていることは、皆が知るところだ。
そして、評議員たちは、この三人の台頭を快く思っていない。
今日は皆が待ち焦がれている対談だ。なのに、当日になって、相手にすっぽかされたとなったら、シノのイメージに傷が付く。
いや、イメージが悪化するように噂を流すのだろう。
それに、面会謝絶となった事件もフナムが指示したものだったらしい。
全てを聞いて、フレディは大きく息を吐く。
なんだか、ここのところ、いろんな事にガッカリしている気がする。
「あーなんだ。オレが言うのもなんだが、フナムは権力者に向いてねぇよ」
「そんなことは……」
困惑するヴァニスたちに呆れながら、フレディは厳しい言葉でぶった切る。
「もしアイツが人の上に立つに足る人物だって思ってんなら、初等部からやりなおせ。いや、深刻な病かも知れんから、頭を検査してもらえ」
「いや、どういう事だ? 説明をしてくれ」
「オレたちに野心がねぇって事は、もう評議員の連中は理解してんだよ。だから、妨害してきましたって報告に行っても、鼻であしらわれるどころか、厄介者扱いされて追い出されんのがオチだ」
ヴァニスは明らかに動揺している。
「それにな、今日の収録にロサが呼ばれた目的は、人気取りや話題作りじゃねぇ。シノの精神状態が不安だからって、治療院の先生や広報室の連中が気を利かせた結果なんだよ」
「だったら、別に収録じゃなくても……」
「おいおい、まだ分かんねぇのか。面会謝絶だぜ? そこへ部外者を入れるとなったら、こんな方法しかねぇだろ。……で、そこで問題だ。完全に面会謝絶になって、監視の目も厳しくなったのは何故だ?」
「……事件が起こったから」
「そういうこった。フナムが余計な事をしたせいで、こうなったんだよ。考えてもみろ、奴の行動は裏目に出てばっかりだ。特別プロジェクトもそう、コトリの妨害もそう、オレへの工作もそう、今回のシノへの嫌がらせもそう。こんな奴が上に立ったら、組織が崩壊すんぞ」
この二人は、善悪の判断を自分ですることなく、フナムに言われたまま行動していたようだ。
そう思ったからこそ、フナムへの妄信から解き放ってやろうと言葉を重ねたのだが、成功したかどうかは分からない。
だが、フナムとは距離を取り、二度と悪事に手を貸さないと約束させた。
そんな約束に意味があるのかは分からないが、懲罰委員会の名を出して釘を刺したので、抑止力としては十分だろう。これで滅多な事はできないはずだ。
これがフナムに伝わり、警告となって抑止力に繋がればと願うが……
フレディは、退散する男たちの背中を見送りながら、更なる厄介事の始まりを感じた。
とても立派な建物で、警備も厳重そうだ。
まだ、待ち合わせまで一時間ほどあった。
なのに、ケント・ウルが治療院の前で出迎えてくれた。
挨拶を交わしたロサは、ケントの後に続いて、警備員で固められた玄関へと入っていった。




