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彩式+救済者 -さいしきあっど すまいる!-  作者: かみきほりと
暗躍する者たち
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43 春の草原でまどろむ銀狼

 式典の後も、フレディは念のため、療養所で静養させられていた。


 コトリから、シノの件で盛大にドヤされるかと覚悟をしていたのだが、特に何も言ってこなかった。

 そもそも見舞いにも来やしない。なので、会ってもいない。

 だがまあ、それが普通だろう。

 コトリがフレディの体調を気遣ったら、それは大事件だ。

 文句を言いに来るならまだしも、見舞いに来られたほうが対応に困る。


 一応、アデラを通じて、コトリの様子は聞いている。

 シノが重体だって聞いた時には、かなり荒れていたらしいが、今は不思議なほど……いや、不気味なほど静かなのだそうだ。

 依頼が解禁されると同時にファレンシアへと赴き、精力的に浄化を行っているらしく、ここ数日は修練場に呼び出される事も無いらしい。

 

 シノの容態は、相変わらずのようだ。

 すぐ近くの治療院に居るのだが、一度も姿を見ていない。

 たとえ、同じ術士会でも、委員会メンバーであっても会うことが許されなかった。許されているのは、師匠であるケント・ウルを含む一部の者だけらしい。

 そりゃまあフレディも、意識を失っている間に、ズタボロになった姿を晒し者にされるのはゴメンだ。

 ましてや、今や英雄とされる女の子。

 本人の事を思えば……というのもあるだろうが、リタ術士会としても、イージスリング術師協会としても、あまり弱っている姿を晒したくはないのだろう。

 恐らくだが、シノが目を覚ました時、再び英雄として盛大に祭り上げ、討伐隊の派遣で露呈した不手際の数々を覆い隠しつつ、組織の印象向上に利用しようと画策しているに違いない。


「……ダメだな。ヒマだと余計な事ばっか考えちまう」


 病室に備え付けられている、身体への負担が少ない椅子の大きな背もたれを傾けて、天井に映る青空に流れる薄雲を眺める。

 旧式のシステムなので模擬戦場とは比べものにはならないが、それでも暖かな春の日の草原という雰囲気は味わえる。

 全身の力を抜いてボーっとしていると、お腹の上に、もこもこ毛玉が姿を現した。


「ったく、いい身分だな。お情けで英雄になった分際のくせして、王侯貴族にでもなったつもりか? だらしねぇにも程があんだろ」


 罵倒されて喜ぶ趣味はないが、辛辣な愛玩銀狼(ジャック)の言葉も、今は何だか安心する。

 フレディ自身、体調は良好……というか、普段と何ひとつ変わっていない。

 だが、医者が言うには、霊力を使い切った事で、一時的に守護精霊(フィセーリア)の加護を失っていたらしい。

 なので、完全回復するには、まだしばらく時間がかかるそうで、それまで無茶は厳禁なのだそうだ。

 日常で使うような生活法術(モノ)でも注意するよう言われており、戦闘法術など負荷の大きいものは、絶対に使わないようにと厳命されている。


 フレディにとっては、だらしくなく過ごすにもストレスが溜まる。

 それが分かっているからか、こうして時々愛玩銀狼(ジャック)が相手をしてくれる。


「ったく、かわいーやつめ。そんなにオレの事が心配か?」

「んなワケねぇだろ。コラ、おいっ……、ヤメロって……」


 撫でまわす無遠慮な手に、ジャックは強く抗議する。だが、抵抗らしい抵抗はしない。

 ひとしきりじゃれ合った後、思い出したかのようにジャックが用件を伝える。


「そういや、バルドーの評価が見直されたってさ」

「そうなのか? 今さらだな……」

「まあな。結局、別個体って事で、決着したらしい」

「あー、まあ、前の奴は浄化した事になってっからな……。でも、名前はどうすんだ? バルドーじゃ、ややこしいだろ」

「そうなんだが、バルドーで名前が浸透しちまったから、そこは変えねぇらしい。代わりに『バッフスの壊獣』って、前に付けるってよ」

「いやまあ、怪獣みてぇだったが、……にしても、まんまじゃねぇか」


 さすがのネーミングセンスにフレディも呆れる。


「まあな。名付けた本人もそう思ったんじゃねぇか? だから、怪しい獣じゃなくて、破壊の獣で『壊獣』だってさ」

「まあそっか。こんなもんに凝ってもしゃーねぇし、分かり易くていいかもな」

「評価も見直されて、B+だってさ」

「そりゃそうだ。あれでCだったら、たまんねぇよ……って、B+? そんな分類、あったっけか?」


 堕ちたるモノ(ソルカイル)の脅威度判定に、プラスとかマイナスが付くなんて事は、今までなかったはずだ。


「そりゃまあ、ランクAなんて事になったら、人類存亡の危機って事になっちまうからな。かといって、術師協会の精鋭を集めてこのザマだ。ランクBじゃ弱すぎるってんで、B+って発表したんだと。公式じゃBのまんまだがな」

「こんだけ被害が出ちまったからな。そうでもしねぇと外聞が(わり)いってか」

「そういうこった。式典で流されてた三人の活躍映像も、公式に対外発信されてたぞ。まあ、いろいろ加工されてっけど。……お前も見るか?」

「いや、今はいいや。しばらく、思い出したくねぇし……」


 対外とは、イージスリング術師協会以外の術師協会や、術士たちに向けてだ。

 今回の件の報告や宣伝広告(プロモーション)に使われるのだろう。


 命令に縛られていたとはいえ、反省点だらけだった。

 出来る範囲で、全力を尽くしたとは思うが……

 フレディは、そこで思考を止める。

 自己嫌悪は、今まで散々繰り返した。だが、身体に悪いし、療養にならないってことで、その続きは退院まで封印すると決めている。




 身体を丸めた愛玩銀狼(ジャック)は、まどろみながら呟く。


「そういや、オニールが連絡して欲しいって言ってたぞ。急がねぇから、お前が落ち着いた頃でいいって」

「ん? オニールが? 何の用だ? ……ってか、先にそれを言えよ」


 苦笑しながら、オニールに念話を送る。


『やあ、フレディ。弱ってるところ悪いね。少しは元気が出たかい?』

『なんだなんだ。もしかして馬鹿にしてんのか?』


 もちろん、フレディは本気ではない。

 オニールも悪気が無いのだろう。だが、第一声がコレとは、さすがにどういうつもりなのかと問い質したくなる。


『あれ? 悪目立ちしただけで大して活躍してないのに、いきなり英雄に祀り上げられて、自己嫌悪で落ち込んでるって聞いたんだけど……。違うの?』

『誰だよ、そんな噂を流してる奴は』

『えっ? ジャックから聞いたんだけど』


 どうせ、そんな事だ(こった)ろうと思ったが……

 お腹の上で気持ち良さそうに寝ているジャックを睨む。


『そりゃまあ、入院してっけど念のためってやつだ。なんつーか、悪意のある表現だが、全くのデタラメじゃねぇから反応に困るし、余計に腹立たしいな』

『そうなんだね。それは悪い事をしたね』

『いや、元はと言えばジャックの奴が(わり)ぃんだから、気にしないでくれ。こっちこそスマン。八つ当たりするところだった』

『それでフレディが元気になるんだったら、いつでも話を聞いてあげるし、八つ当たりにも付き合ってあげるよ』


 なんという心の広さだろうか。

 肉体に似合わぬ繊細な作業が得意なだけでなく、中にはこんな魂が宿っているのだから、神とやらもよほど悪戯好きらしい。


『サンキューな。あー、それで、何か用があるんだって?』

『うん、そうだった。その前に、シノさんの様子を聞かせてもらってもいいかな? もちろん、話せる範囲でいいからね』

『そうだな……。まあオレも詳しくは知らされてないし、会いにも行けねぇんだが、簡単に言うと、変わらず意識不明で面会謝絶ってやつだ』

『そうなんだ。心配だけど、フレディが責任を感じる必要はないからね。あんな無茶をして、まだ命があること自体が奇跡なんだから』


 なぜ、あの場に居なかったオニールに、そんな事が言えるのか……と思ったが、相手は奇才の変人だ。何らかの方法で、情報を得たのだろう。


『どういう意味だ? 何か知ってんのか?』

『クルック老師とシノさんが使ったのは、まず間違いなく古の法術だね。近代法術にアレンジしてあるけど、フィセーリアを自分の身体に憑依させて、フィセーリアが本来持っている実力を発揮させるっていう……』

『いや、まてまて、待ってくれ。二人の術式を見たけど、全くの別ものだったぞ。爺さんは七角陣(ヘプラム)で、シノは……見てたオレも信じらんねぇんだが、シノは三重三角陣(トリトーリア)を使ってたんだが。なんでそれで、同じ法術なんだ?』


 どちらも高度な術式だ。

 クルックが法術を使った時、フレディには何が起こったのか分からなかった。何となく、身体能力の強化をしたのだろうと……、その程度の認識だった。

 オニールの話が本当ならば……

 

『それじゃシノは、爺さんの術式を見て、その効果を正確に理解して、その場で即興で、同じ効果の術式を組み上げた……って事になるんだが? しかも、全く別の法陣を使ってだ』

『そうなるね』

『そりゃ……天才ってレベルじゃねぇぞ。アスカノミヤチコ様も腰を抜かすんじゃねぇか?』


 さすがに不謹慎が過ぎる表現だが、オニールは聞き流す。

 フレディの驚きはもっともだ。


『さすが、シノさんだね。……って言いたいところだけど、やっぱり無理があるよね。だから事前に、その法術を知ってたんじゃないかな』

『知ってたからって、七角陣(ヘプラム)三重三角陣(トリトーリア)に組み替えるとか、あり得ねぇだろ』

『だから僕は、こう思うんだ。シノさんは、最後の切り札にしようと、前々から研究してたんじゃないかって』

『……スマン。もう、オレの頭じゃ付いてけねぇや。シノが必殺技にこだわってたのは知ってっけど』

『ボクも簡単に調べただけだから、何とも言えないんだけど……』


 オニールは、そう前置きすると、重々しく言葉を紡ぐ。


『昔の文献なんだけど、フィセーリアを憑依させて世界を救った勇者は、肉体が限界を超えて死を迎えたってあるんだ。他にも、自分の命と引き換えに守護精霊と融合した者が、大きな災厄から人々を救ったとかね。それに……』

『本当かどうかも分かんねぇ、ただの言い伝えだろ?』

『まあ、ここまではそうだね』

『ここまで?』

『うん。フレディも聞いた事があるよね。伝説級の古代法術を、近代法術で再現しようって研究されてるって』

『まあな。でも、ほとんどが失敗だったんだろ?』

『凍結されてる物もあるけど、全て研究中って事になってるよ。その中に守護精霊融合があるんだけど、それが七角陣(ヘプラム)なんだ。僕が見た時は未完成だったんだけど、密かに誰かが完成させたのかもね』


 古代法術の復元だけでなく、様々な研究がされているのは知っている。

 それこそ、研究室に籠ってる者だけでなく、実戦に出ている者でも、日々研究を重ねていたりする。

 だが……


『いや、使ったら死んじまうってんなら、余計に違うだろ』

『ちゃんと根拠はあるよ。人間離れした身体能力や、法術の使い方。それに、フレディも見たんじゃないのかな。シノさんに、耳や尻尾が生えた姿を。あれって、シノさんのフィセーリアの特徴だよね』


 あの緊迫した場面で、なんで猫娘(あんな)姿になってんだって、不思議に思っていたが、だからと言って、信じられる話ではない。

 信じられないのだが……何となく、フレディの心に引っかかるものがあった。

 

 そういえば、いろいろとあり過ぎて忘れていたが……

 シノに尻尾が生えた時、爺さん(クルック)の法術をコピーしたのかと驚いた事を思い出した。

 あの時は突拍子もない妄想に思えて、最終的には、似た効果を持つ全く別の身体強化術式だと自分を納得させた。

 だが、その事ではない。

 

『あれ? フレディ、どうかした?』

『あーいや、ちょっとな。気になる事があったんだが、それが何だか分かんねぇ』

『今の話でって事だよね。だったら、話を続けたら思い出せるかな。えっと、なんだっけ? ……そうそう、その、守護精霊融合を研究していた人なんだけど、リタ術士会だったサワベって人で、何年も前に亡くなられ……』

『あー、それだ!』


 何か最近、聞いた気がしたと思えば……


『一年ほど前になるか……。シノが、サワベのおっちゃんの研究メモを手に入れたんだが、そん中に、そんなのがあった気がする……いや、確か、あったな。そう、確かにアレも七角陣(ヘプラム)だった』

『なるほどね。なぜクルック老師が使えたのか謎だけど、シノさんも独自で研究してたんだね』

『ったく、サワベのおっちゃんも、余計なもんを残しやがって』

『ん~、でも、それも七角陣(ヘプラム)だったんだよね。だったら、あの三重三角陣(トリトーリア)は、シノさんのアレンジって事になるね。そのお陰で命を落とさなかったのかな……』


 なんかもう、憶測だらけで、話が迷走しているようだ。

 こうして暇つぶしができるのはありがたいが、頭の使い過ぎで、さすがにフレディも疲れてきた。


『まあ、その辺りは、シノが目覚めてからゆっくり聞かせてもらうとしてだ……、オニールの用事ってのは、シノの容態が知りたかったのか?』

『まあ、それもあるんだけどね。本当の用件は、クルック老師の弟子で、ロサって子がいるんだけど、その子がシノさんに会いたいらしくて。できれば会わせてあげたいなって思ったんだけど……、しばらくは無理そうだね』

『そうだな。まあ、もし目覚めたのが分かったら、すぐに連絡してやるよ』

『じゃあ、頼むね』


 念話を切断して、天井……に映し出された青空を見上げる。

 そういや、会いたい理由を聞いてなかった。

 でもまあ、どんな理由があっても、頭の固いエライさんが許可するとは思えないし、聞いたところで仕方がない。


「……ったく、聞きたい事や、伝えなきゃならん事ばかりが増えていきやがる。頼むから、サッサと目を覚ましてくれよ。シノ」


 愛玩銀狼(ジャック)をもふもふしながら、フレディは遠くを見つめながら呟いた。


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