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彩式+救済者 -さいしきあっど すまいる!-  作者: かみきほりと
バッフスの英雄たち

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38 バッフス平原のバルドー その六

 十六班の班長代理となり、救護所の護衛を任されたトビー・クルックは、決断を迫られていた。


 救護所は二カ所あるが、戦場が偏った上に負傷者が多く、期せずして近くなったこの場所へと、多くの者が運ばれてきていた。

 体力や霊力を使い切って休養が必要な者は、順次もう一カ所の救護所へと送られているのだが、それでも対応能力を超える負傷者が集まっている。

 今のところ、二十五名ほどだろうか。それを、緊急で招集された、セルネイのような技能を持った者たちを含めた、六名だけで対処している状況だ。


 そこを守るのは、十六班と十七班。

 どちらも委員会メンバーが前線へと駆り出され、一般術士のみとなっている。

 人数こそ十八名と揃ってはいるが、とてもバルドーと戦える戦力ではない。

 なので、罠を仕掛けたり、防壁を築いたりして、守りを固める。

 それに負傷者が多く、少しでも救護所の負担を軽くするために、雑用を手伝ったり、負傷者の移送を手伝ったりしている。

 そんな中、バルドーが内円の包囲を突破したという情報が広がった。

 現在は、外円を形成している十四班と十五班が合同で、迎撃しようとしていた。だが、委員会メンバーでも止められなかった相手を、一般術士が止めるというのは、かなり厳しいだろう。

 飾らずに言えば、奇跡でも起こらない限りは不可能だ。


 迷っているのは、救援に向かうべきか……ではない。

 救護所の移動を進言するべきか、それともここを死守するべきか、その二択だ。

 移動するにしても、負傷者の移送中に襲われたらひとたまりもない。とはいえ、一般術士だけで迎撃するにしても、時間稼ぎにすらなるかどうか怪しい。

 どちらにしても、襲われたら負けだ。ならば、襲われない確率を、少しでも上げたいところなのだが……


「オーズリーよ、どうだ? 移動は可能か?」

「結論から言えば、かなり厳しいかと。高価な治癒霊符が必要な者も居て、いま動かせば命に係わるとか」

「ならば、死守するしかないな。……だが困った。敵は姿を変え、軽量化している。今までの方策が通用するかは怪しいだろう。泥パックとやらも足止めにはならんようだし……。オーズリーよ、何か妙案は無いか?」


 オーズリーが悩んでいる間に、クルックは十六班と十七班、そして救護所に向けて、この場の死守を通達する。


「老師さま、やはり息を潜めてやり過ごすしかないかと。囮で別の場所へと誘導する事も考えましたが……」

「やめておいたほうがいいな。バルドーも逃げるならいくらでも機会はあったはずだ。なのに、わざわざ術士を襲っている。となると、救護所(ここ)を狙われる可能性が高い」


 つまり囮は、危険なだけで効果が無いという事だ。


「でしょうね。そうなると、仕掛けた罠を駆使して、相手の弱点をとことん突いて、時間稼ぎをするしかないですね」

「そうだな……」


 思案していたクルックの表情が険しくなる。


「これは不味いな……。オーズリーよ、急いで迎撃の準備だ」


 十四班と十五班がバルドーと接触したのだが、沼の罠を避けられ、正面から激突する事になった。見るからに敗色濃厚だ。

 ひと桁番号の戦闘班が向かっているが、恐らく間に合わないだろう。


「大人しく逃げてくれればいいが……」


 補助視界(リピッター)のライブ映像を見ながら、クルックは小さく呟いた。




 救護所防衛の最前線を固めるのは十七班だ。

 石造りの防壁を築き、術士たちはその上に立って、バルドーが来るのを待ち構えていた。

 さすがに、救護所全体を囲うことはできず、前面だけだ。

 それに、見た目こそ立派だが、土塁の表面に薄い石を貼り付けただけのハリボテで、防御力は乏しい。いわば、虚仮威(コケおど)しだ。

 更には、壁を突破された時のために、沼の罠も用意してあった。それも、浄化の力を染み込ませた特別製だ。

 それ相応の労力を使い、効果的だと自負する罠だが、できれば来て欲しくないというのが本音だろう。

 その思いが通じたのか、バルドーは防壁には近付かなかった。

 だが、安堵したのも束の間、すぐに焦りと恐怖の声が上がる。


「嘘だろ……」


 確かにバルドーは、壁には近付かなかった。だが、壁を迂回するようにして、救護所へと向かったのだ。

 この事態を想定していなかった十七班の面々は、茫然自失の後、慌てて十六班の援護へと向かった。




 バルドーの動きを観察していたクルックは、内心ではガッカリしつつも、あえて笑顔を浮かべて声を張り上げる。


「皆の者、四番の配置につけ。心配はいらん。手筈通りにやればいい。もし、その策が破れたら、構わんから全力で逃げてくれ」


 皆に指示が届いた事を確認すると、自身も走り出す。


 バルドーの進路を予想して、五カ所に罠を用意していた。

 ここは、壁を迂回された時を想定して用意された、四番と名付けられた場所だ。

 所定の位置に立ったクルックは、ジッと前方を見つめる。

 まだ配置についていない者もいるが、それを待っている余裕はない。

 バルドーはすぐそこまで迫っていた。


「ここが正念場だな。ライリー、制限解除を頼む。我と共に戦おう」

 

 衣装が軽装革鎧(レザーアーマー)に変わり、ふわりと現れた外套(マント)が、クルックの身体を包み込む。

 そして、とこからともなく、声が響く。


「術士トビー・クルックの術式制限を解除する。存分に暴れようぞ!」


 濃褐色(ダークブラウン)の革鎧は、手袋(グローブ)長靴(ブーツ)など、いくつかのパーツに分かれているが、それら一式まとめて、法術武具『闘魂装束(フェルベリオン)』と名付けられている。

 そして、純白に金刺繍が施された派手な外套(マント)は、クルックの守護精霊(フィセーリア)、ライリーだ。

 さっきの声もライリーのもので、どこから声が出ているのか不明だが、念話だけでなく音声で話すことができ、自由自在に動くことができる。多少の形状変化も可能だ。

 だがそれは、オマケ程度の能力でしかない。

 ライリーが得意とするのは、術士であるクルックの、身体能力強化である。それも、通常の術士が授かっている強化とは別で、術士の集中力が増すほど能力が向上するというもの。だが使いこなすには、相応の精神力が必要となる。

 逆を言えば、精神力を鍛え上げれば、能力を限界まで引き出すことができるという事で、それをクルックは高いレベルで実践できる。


 王者の外套(ライリー)をなびかせたクルックは、正面から近づいて来るバルドーを見据えると、タイミングを見計らって大地系法術を発動させる。

 バルドーが踏み込んだ地面が崩れ、沼が出現する。だが、その寸前に大きく跳躍(ジャンプ)し、そのままクルックに襲い掛かって来た。


 再び法術を発動させつつ、後ろへ転がるようにして退避する。……と同時に、さっきまでクルックが立っていた付近の地面が崩れ、そこもまた沼になった。

 誰かが巻き上げた土砂が、空中のバルドーに絡みつき、更には両手両足に岩石系法術の拘束が現れる。

 だがバルドーは、爪を伸ばして地面に突き刺し、沼を飛び越えた。


「我が主よ、強敵との一騎打ちとは、何とも愉快な状況ではないか」

「嬉しいよな、ライリー。この歳になって、こんな場面を迎えるとはな……」


 身体を解すように動かすクルックは、ニヤリと笑みを浮かべる。


「さてと、悔いのないよう全力を出すぞ」

「承知した」


 先に動いたのはクルックだ。

 三角陣(トリラム)を発動させ、両の拳を炎で包み込むと、一気に距離を詰めて叩き込む。

 表面に張り付いた土砂がはじけ飛び、バルドーの身体に拳がめり込んだ。


「……!?」


 拳が抜けない。

 この感じは、めり込んで抜けないのではなく、バルドーの意志で固定されたのだろう。

 ならばと、逆の拳をバルドーの身体に当て、気合と共に波動を放つ。

 堕ちたるモノ(ソルカイル)にとっては毒になる、生体エネルギーを叩き込んだのだ。

 どうやら少しは効いたようで、苦し気に身をよじり、バルドーも拳を振り回す。

 だが、格闘技の心得がないのか、まるで素人の動きだ。

 速度(スピード)腕力(パワー)は脅威だが、少し打点をずらすだけで、威力が激減する。


「このまま燃え尽きろ!」


 未だに埋まったままの拳に力を込め、再び三角陣(トリラム)を発動させる。

 クルックの拳に宿った炎の火力が、一気に跳ね上がる。

 それで内部を攻撃しつつ、片腕が固定されていることをいいことに、殴る蹴るなどの近接打撃を、生体エネルギーと共に打ち込んでいく。

 これでは分が悪いと思ったのだろう。腕の拘束が解けた。

 だが、クルックは攻撃の手を緩めない。

 再びめり込まないように、拳ではなく掌打と蹴りで圧倒していく。


 十六班のメンバー(ギャラリー)は大いに沸き立つが、クルックは焦っていた。

 確かに、一見すれば圧倒しているようだが……

 これだけ攻撃しても、相手は平然としている。

 FランクどころかEランクでも、一撃で葬り去れるほどの攻撃なのに……だ。

 まあ、Eランクを一撃でっていうのは、少し話を盛った感もあるが、それでも、これだけ打ち込めば、少しは変化があってもいいはずだ。

 

『援軍はまだか』

『主よ、心を静められよ。焦りが本来の輝きを曇らせておる』


 王者の外套(ライリー)の言う通りだ。

 相手の攻撃を避けつつ、回し蹴りから変化をさせてのかかと落としを決めると、バックステップで距離を取り、大きく呼吸をして気を落ち着ける。

 首を左右に振って肩の力を抜くと、気合を入れ直して構える。


 バルドーは人の形に近くなったせいか、動きまでもが人に近くなっていた。

 だが、速度や力はデタラメだし、動きも素人だ。

 ……なのだが、この戦いの中で、こちらの動きを学習しているような節がある。それが不気味だった。

 この身体能力に技まで加わったら、本当に手が付けられなくなる。

 だからクルックは、下手に技を使えず、ありきたりな攻撃を繰り返すことしかできない。

 それで時間稼ぎができるのなら、それでもいいのだが、徐々にこちらの動きに対応しているのを感じる。

 このまま続けていても、不利になる一方だろう。


 バルドーが回し蹴りを放ってきた。

 とはいえ、隙だらけだし、避けるのも容易い。

 だがあえて、カウンターで肘を打ち込む。

 人が相手なら、この一撃で足の骨が砕けていただろう。

 だが堕ちたるモノ(ソルカイル)には骨が無く、表面を硬化しているだけだ。


 クルックは、止まったバルドーの足をつかむと、上下から挟み込むようにして膝と肘を打ち込む。

 あわよくば、そのまま千切ってしまおうと思ったのだが、やはり頑丈だった。

 一瞬だけ影が横切り、相手がハンマーのように腕を振り下ろそうとしている事に気付く。

 ならばと、余裕をもって避けようとしたのだが……


(抜かった……)


 バルドーの意図に、気付くのが遅れた。

 拳は避けたが、爪が伸ばされていた。それも三本。それが、袈裟斬りのように、肩口から胸を通り、脇腹へと抜ける。

 守護精霊(フィセーリア)の加護も、肉体能力強化をも上回る一撃だ。

 とっさに(クルック)を庇おうとしたのだろう。王者の外套(ライリー)が大きく切り裂かれ、破片が宙を舞う。

 そしてクルックも、赤き飛沫を散らせながら吹っ飛んだ。


 一瞬の静寂。そして響く、地面を転がる鈍い音。


 他の班員は、ただ傍観していたわけではない。

 慣れない格闘戦を目の当たりにし、クルックを巻き込むことを恐れて、援護も攻撃もできなかったのだ。

 それに、クルックが何とかしてくれるという根拠のない安心感で、楽観的になっていた……というのもある。

 だが、その幻想が、ボロ布のように切り裂かれた。

 

 最初に動いたのは、大きな獣だった。

 ネコ科の大型獣が、バルドーの頭に牙を立てる。

 アナ・カルロス・モンテーロの守護精霊(フィセーリア)、ジャガーの姿をしたカトリーヌだ。

 だが、ほとんど歯応えの無いまま、バルドーの中に頭が埋まってしまう。

 苦しそうにもがきながら、鋭い爪で引っ掻きまくるが、どう足掻いても脱出できないようで、姿を消して退避した。

 それで我に返ったのか、皆が一斉に動き出す。


「弾幕を張れ! 絶対に奴を老師さまに近づけさせるな! ノエさんは、私と共に老師さまの救出を……」


 オーズリーが最後まで言うよりも早く、マリエット・ノエは走っていた。

 彼女は、クルックと同じ術士会ベリガルに所属している。顔なじみであり、尊敬する相手でもある。そのクルックが倒れたのだ。

 何か悪夢を見ているような非現実感に支配されていたが、その衝撃が過ぎ去ると、自然と足が動いていた。


「お願い、メリュジーヌ。私たちを守って」


 その声に応えて現れたのは、彼女の守護精霊(フィセーリア)、翼を持った細身の小型竜だった。

 身長一メートルほどで、翼があるが分類では地竜となっている。

 大きさを別にすれば、見た目だけなら最強クラスだが、これでも戦闘は苦手だったりする。だが、防御力や耐久力は高い。


 追いついたオーズリーは、クルックの状態を調べる。

 だが、見るからに傷は深い。一刻も早く処置をしなければならない。

 この場所に留まるのは危険だが、動かすのも危険だ。


「この場で処置をするしかない。傷口を清める。ノエさん、治癒霊符の使い方は分かるか?」

「は、はいっ」


 恐らく、闘魂装束(フェルベリオン)が無ければ即死だっただろう。吹っ飛ぶ事なく、その場で一刀両断されていたに違いない。それほど鋭い傷跡だった。

 法術で水を生み出したオーズリーは、黒の浸食がないよう傷口を洗い、傷だらけの鎧の上に、倉庫から取り出した治癒霊符を張り付ける。

 この霊符は念のためにと配布される簡易版だ。本当は、高級なものが用意出来ればよかったのだが、救護所へ取りに行っている余裕はない。


「それではノエさん、老師さまのことをお願いします」

「はい」


 マリエットは、震える手を霊符に添え、込められている術式を発動させる。

 あとは安定して霊力を注ぎ込めばいい。ただそれだけだ。

 難点は、集中力を欠いて霊力の供給が不安定になると、霊符の効力が止まる事。それと、霊力を供給している間は、他に何もできなくなることだ。


 どう見ても致命傷だ。

 これほどの深い傷、高位霊符でも完全には治せないだろう。ましてやこれは簡易版。傷口が塞げたとしても内部の治癒までは期待できない。

 せめて命だけは繋いでほしいと、マリエットは必死に念を込め続けた。


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