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彩式+救済者 -さいしきあっど すまいる!-  作者: かみきほりと
ノルトの収集者(コレクター)
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01 帰り道

 その昔、人類は滅亡の危機を迎えた。

 

 三百年前に起こった火竜戦争は、凄惨を極めたという。

 その絶望的な戦いの中、六人の賢者が立ち上がり、希望の女神と共に多くの人々を助け、天船を駆ってたどりついたのが、火焔王ファーレに抱かれし大地、ファレンシア……だと伝えられている。

 

 術士の存在は、ファレンシアの人なら誰でも知っている。

 それどころか、当たり前のように人々の中に溶け込んで暮らしているし、様々な職業にも就いている。

 術士の祖である、希望の女神アスカノミヤチコが祀られている報常(ほうじょう)神宮は、聖地として人気の観光地になっているし、その分社も各地に存在する。


 だが、この存在はあまり知られていない。

 術士のみが入ることが許される場所『ブルーローズ』の存在だ。


 実際には知られていないのではなく、確認することができないので、おとぎ話のような扱いになっているのだが……

 シノ・カグラザカが居るのは、そんな場所だった。

 


 

 シノの通う学園は、術師協会エリアの中にある。

 なので、自分の部屋へと帰るには、学園から浮箱フローブに乗って術師協会エリアのロビーに行き、リタ術士会エリア行きの天船(ミレーヴ)に乗る必要がある。

 

 大昔の機械式ではなく、法術式の天船(ミレーヴ)だ。

 初等部の児童──特に低学年の子供にとってはちょっとした冒険となる。


 それは、最上級生とはいえ、まだ通い慣れていないシノも同じだった。

 それでも安心していられるのは、守護者であるハツツミイチゴの存在が大きい。

 もし迷ったり、何かトラブルが起こっても、イチゴが……まあ、相当に呆れられ、イヤミを言われるとは思うが、何とかしてくれるだろう。


 浮箱フローブから降りると、大通りがあり、すぐ近くに術師協会のロビーがある。そのロビーを突っ切った先に天船(ミレーヴ)乗り場があるのだが……

 人通りの多い時間ではあるが、十分な広さがあるので、ぶつかったり邪魔になるほどではない。

 四人乗りの浮箱フローブから降りた、いつもの仲良し三人組は、その移動時間を、もっぱらおしゃべりに費やしていた。

 シノも心から楽しんでいる。

 この様子を見れば分かると思うが、都合が悪くなるとすぐに逃げ出すリタ術士会の友人とは違って、シノにとってこの二人は、別々の術士会ながらも胸を張って大好きを言える、素敵で大切な親友だ。


 赤い髪をポニーテールにした活発そうな女の子は、ドゥエル・ミェルパ。面倒見のよい性格で、三人の中では姉貴分のような存在である。

 もう一人の、空色の髪をショートカットにしているキャラット・フラムは、少し人見知りなところがあるものの、大人しくてマイペースな可愛い女の子である。とはいえ、実力至上主義の術士会ラプターに所属しているのだから、可愛いだけの少女ではない……はずだ。


 その途中で、なぜか通行人の半数ほどが、示し合わせたかのように通行の邪魔にならない場所へと移動して足を止める。

 不思議に思っていると……


「あれ? 緊急連絡だ。ゴメン、ちょっと待って」


 不意に真顔に戻ったドゥエル・ミェルパ──ドミが、右耳に手を添えたまま、道の端へと移動していく。……といっても、手に何かを持っているわけではない。両耳を塞ぐと危ないので、片耳だけ外界の音を遮断して、念話に集中しているのだ。


「んにゃ? ありゃ、わたしも?」


 少し遅れてキャラット・フラム──キャラも、何か連絡を受けたらしい。

 気になったシノは、守護者であるイチゴに確認してみるが、特に連絡するような事はないらしい。

 不思議の思いつつも、自分に関係ないことだと知り、シノは安心したのだが……


「シノちん、シノちん。シノちんって、リタ術士会だったんね?」


 そんな問いかけと共に、キャラが興奮した様子で見つめてくる。


「えっ、そうだけど……?」

「でーらー、でーらー。リタの小さな女帝って人っきゃ、がちゃけってでーらーなんと!」

「ちょっとキャラ、少し落ち着きなさい。言葉、言葉」


 戻ってきたドミが苦笑しながらなだめると、キャラは赤らめた顔をさらに真っ赤に染める。


 キャラの言葉を訳すと「リタ術士会の小さな女帝って人が暴れてて、とても大変なんだって」というところか。


「……せか、恥ずかんね。ごみん」


 照れ隠しなのか人差し指で頭をポリポリ掻きながら、キャラは上目遣いで謝った。




 緊急連絡の内容は、危険だから近づかないようにという、注意だったらしい。


「おっ、なんだなんだ。あー、……天才ちゃんも見学か?」


 ここは小さな女帝が暴れているという術師協会の修練場。

 あの後すぐ、シノは友達と別れ、一人で様子を見に来たのだが……

 シノを見つけたフレディが、気さくに声をかけてきた。

 まあ、それはいいのだが……


「今、私の名前を呼ぼうとして、諦めましたよね? シノです。シノ・カグラザカですよ。その呼び方はキライだって、前にも言いましたよね」

「あー、悪い悪い。人の名前を覚えるのが苦手でな。それより、カブリャ…、カグラジャ……」


 聞いての通り、フレディは「カグラザカ」と正しく発音ができない。なので、忘れたフリをして「天才ちゃん」と呼んでいるのだ。

 さすが「残念な人」である。


「だから、無理にカグラザカって呼ばなくてもいいですって。前から言っている通り、カグラでもシノでも好きに呼んでください」

「分かっちゃいるんだが、やっぱり名前はちゃんと呼ばねーと失礼だからな…」


 その心がけは立派だが、結局呼べてないばかりか嫌がるあだ名を使い続けるのは、もっと失礼だということに気付いていないのだろうか。


「…もういいです。今度からカグラって呼んでください。それ以外は返事しませんからね☆」


 落胆とほんのわずかに芽生えた苛立ちを完璧に隠し、整った容姿、黒髪ロングのサラサラストレート、保護欲を刺激するような子供らしさなど、シノが持つありとあらゆる少女の武器を使って、最高に可愛らしくニッコリとほほ笑む。必殺の極上スマイルだ。

 滅多に使わない「ちょっと困った人たちを無条件で従わせる」少し卑怯な最終手段だが、どうやら効果があったようだ。

 さすがのフレディも言葉を失い、コクリとうなずく。

 いや別にフレディは、シノの可愛さに参ったわけではない。彼女が放つ真剣な雰囲気、それも、少女には似つかわしくない大人顔負けの迫力に驚いたのだ。

 そこへ、ひときわ存在感の大きな人が現れる。


 背丈こそフレディと変わらないが、その横幅は倍近く。とはいえ、肥満というわけではない。見るからに筋肉の塊だ。

 その筋肉男が、シノたちに近付き、声をかける。


「やあ、フレディ。わざわざ知らせてくれてありがとね。……で、ウチの子たちはまだ無事だよね?」


 見かけによらず、口調も声も、その表情もなかなかに愛らしい。


「よぉオニール。相変わらずよく目立つな…。あー、そっちは小手調べが終わったとこだ。まあ、たぶん、今のところは無事なんじゃねぇかな」


 フレディの視線の先には、腰に手を当て、貫禄たっぷりに仁王立ちしている小さな女帝の姿。その前には、女帝と同年代らしき若い男が三人、息も絶え絶えになって転がっている。


「あはは、さすがコトリさんだよね。うちの若手有望株が三人がかりでコレとか。上に知られたら懲罰ものだよね」


 そう言うオニールもまだまだ若い。まあ、姿だけ見れば歴戦の勇者だが……


「カグラザカさんもごめんね。ちゃんと自己紹介したかったけど、早くアレをどうにかしないとね。じゃあ、ちょっと後始末してくるよ」


 遠ざかっていく大きな背中が頼もしい。


「えっ、あれっ、なんで私の名前……?」

「あー、なんだ。まあ、アイツは『奇才の変人』だからな……」

「きさいのへんじん?」

「おっ、スマンスマン。ちょっと難しかったか。奇才ってのは……そうだな、滅多にねぇってほど凄い才能って言えば分かるか。つまりアイツは、せっかく凄い才能を持ってるってのに変なことにしか使わねぇっていう……まあ、なんだ、変わり者ってことなんだが……」


 フレディにしてみれば精一杯の説明だったが、シノが聞きたかったのはそんなことではない。


「あー、はい。奇才の変人の意味は分かりましたけど……。私って、そんな……他の術士会の人にまで、名前が知られちゃってるのですか?」

「おっ、なんだなんだ。天才ちゃんは、自分の知名度に興味があるのか?」

「ちっ、違いますよ。私は、あんまり目立ちたくないんです。まだ術士のこととか、分からないことだらけだし、変なことを言ったり、したりするとリタのみんなにも迷惑が……」


 あたふたするシノ。釈明するのに必死で、天才ちゃんと呼ばれたことにも気付いていない。

 そんな姿を見て、ニヤリと笑うフレディ。


「あー、スマンスマン。ちょっと意地が悪かったな。……そうだな。この場合、心配するなって言ったほうがいいか。リタ術士会に天才術士が入ったって噂ぐらいは流れてっけど、それが誰かってことまでは出回ってねぇはずだ。まあ、オニールは特別っていうか、なんせ奇才の変人だからな。独自の情報網を持ってても不思議はねぇ」

「……とか言って、フレディさんが教えたんじゃないのですか?」


 シノのちょっとした意地悪、さっきの仕返しのつもりだったのだが……


「おいおい、さすがにそりゃ言い過ぎだって。術士会の内部情報を他人にペラペラしゃべったり……」


 不意に口ごもるフレディ。

 それを見て確信する。


「……しゃべったんですね」

「あ、いや、でも、アイツは。……まあ、そうだな。オレだな。オレだよな。あー、でも、アイツが本気を出したら、オレが黙ってても無駄だって。別に極秘情報ってわけじゃねぇんだし……」

「しゃべったんですね☆」


 今度は少しゆっくりした口調で、必殺の極上スマイルを添える。


「ちょっ、それ、コエーって。スマン、悪かった。でも、心配する必要はねぇよ。アイツは変人だけど悪いヤツじゃねぇし、ペラペラ他人にしゃべったりするようなヤツでもねぇから……」

「つまりオニールさんは、フレディさんのように考えなしでも口が軽いわけでもないから、心配しなくても大丈夫だと……。そういうことですね☆」

「いやっ、だからその笑顔、やめてくんねぇかな……。でも、そんな嫌がることでもねぇだろ。あー、もう、悪かったって。今度からちゃんとカグラって呼ぶから、許してくれ」


 本気で焦るフレディ。その様子に、堪え切れなくなったシノがクスクスと笑い出す。


「ごめんなさい。何度か女帝さんとフレディさんの会話を見て、好き勝手に言い合ってるの、ちょっとうらやましいなって思ったから。こういうのって、いいですね。ちょっと楽しくなり過ぎちゃいました」


 ハニカミながら、ペロッと舌を出す。


「ふぅ、やっぱカグラは、そっちの笑顔のほうが可愛いな」

「な? ななっ、何を言ってるんですか」


 大声を出しそうになったが、目立ちたくないという思いをかき集めて、何とか声を抑えることに成功する。が、今にも羞恥心で爆発しそうだ。

 と、そこへ、騒ぎの主が近付いてくる。


「おい貴様、こんなところで少女相手に何をしている。まさか私は、リタ術士会から不名誉な犯罪者が生まれる瞬間を目撃しているのか?」

「ちょっ、犯罪者って、冗談じゃねぇぞ、……ひっでーな」

「冗談を言ったつもりはない。犯罪者相手なら、二度とそんな気が起きないよう、()()()制裁を加えるつもりだが。罪状は痴漢か? それとも未成年の誘拐か?」

「いやいや、ちょっと待てって。そりゃまあ、小さな女帝の冗談なんて聞いたこたねぇけどよ、オレがそんな人間じゃねぇってことぐらいは分かってんだろ」

「人の心ほど変わりやすいものはない……というのは、よく知っている」

「ちょっとはオレのこと、信用しろって」

「今までの言動の、どこの、どの瞬間を見て信用しろと? 置引き犯を病院送りにした時か? 頬にビンタの跡をつけたまま、人との信頼関係が大事だと私に説教した時か? それとも、女子の着替えを覗いた時か?」


 頭に手を当てながらガックリと膝から崩れ落ちるフレディ。

 勝負あり。……というか、勝負にもなっていない。


 シノが驚きの声を上げる。


「えっ!? ノゾキ……?」

「ちょまっ、カ、カグラ、誤解すんじゃねぇぞ。事故だからな。わざと覗いたわけじゃねぇからな。たまたま前を通った時に、勝手に扉が開いただけだからな」


 目に涙を浮かべ、地面に這いつくばって釈明する姿を見て、さすがに可哀想になってきた。

 仕方がないので、シノはフレディの冤罪を晴らしてあげた。

 もちろん、ノゾキの件ではない。

 自分がリタ術士会所属の術士であり、フレディとは顔見知りで、痴漢でも誘拐でもなく、ついでに口説かれていたわけでもないと、自己紹介も兼ねて説明したのだ。


 一般的には寡黙で怖い印象のある小さな女帝だが、話をすると案外普通だった。ぶっきらぼうだが真面目だし、少なくとも相手を馬鹿にしたり、子供だからといって適当に聞き流したりなどしなかった。

 まあそれはいいんだけど……


「あの……フレディさんはイマイさんを心配して…」


 ……オニールさんを呼んだのでは? ……と続けようとしたのだが、途中で、もの凄い勢いで遮られてしまった。


「おっ、おいっ! オレが心配したのは相手のほうだ。まあ、無謀にも小さな女帝に喧嘩を売ったんだ。多少ヒドイ目に遭っても自業自得ってもんだが……。だからといって、一生消えない心の傷を負って、再起不能にでもなったら可哀想だろ?」

「ほう、なるほど。私は喧嘩を売られているのか。なんだかんだと理由を付けられ、避けられてきたが、とうとう……一生消えない心の傷ってものを負う覚悟を決めたと、そう思っていいんだな」


 ゆっくり、だが流れるように、小さな女帝(コトリ)は臨戦態勢をとる。

 仏頂面のせいか、異様な迫力だ。


「ちょっと待ってください。ごめんなさい。私の言い方が悪かったです。フレディさんは騒ぎを止めに来たのですよね? なのに、騒ぎを起こしてどうするんですか。ほら、なんだかすっごく目立ってますよ?」


 そろそろ周囲の視線が痛い。

 フレディも、何かを期待するような周囲の雰囲気に気づいたようだ。

 このままだと本当に一戦を交えなければ収まらなくなりそうで、さすがにそれはマズイ。


「あー、そうだな。ちょっと場所を変えたほうがいいな」

「なら、ちょうどいい。ついて来い。そこのアンタも」


 珍しく小さな女帝(コトリ)が乗り気だ。

 まさか、ギャラリーの居ない場所に移動して、あらためて決闘でもするのだろうか。そんなことを考えていたシノは、不意に何かに気付いて青ざめる。


「……って、わたしも!?」


 すぐにでも退散しようとしていたシノは、突然の指名に驚き、動きを止める。

 返事を待たずに歩き出した小さな女帝(コトリ)を呆然と見送っていると、フレディが優しく背中を押してきた。


「さあ、行こう。滅多にねぇ女帝様からのお誘いだ。断ったら罰が当たんぞ」


 完全に注目されてしまった。周囲の視線が痛い。

 とにかく、この視線から逃れたくて、シノは素直について行く。


(あれっ、これってピンチなのでは?)


 気にしていなかったが、フレディは調査委員会の会員である。委員会メンバーと言えば術師協会全員の憧れだ。まだ正式メンバーとなって日が浅いフレディでも、知る人は知っている有名人だ。

 それに、小さな女帝と言えば、それこそ術師協会で悪名を轟かす……というのは少し大げさだが、有名人には違いない。

 そんな二人と一緒に会話していた子供ともなれば、注目されないわけがない。

 

 ただでさえ何処に連れていかれるか分からず、何が起こるか分からず不安なのに、明日になったらどんな噂が広まっているか……

 そんなことを想像して、シノはどうしようもなく不安になった。


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