12 お悩み相談 後編
奇妙なお茶会という店のメニューは豊富だった。
最初に食べたスイーツが美味しかったので、シノはそちらのほうに目が行きがちだが、ちゃんと食事のメニューも揃っていた。
それはまあ、いいのだが……
シノは守護者と念話を交わす。
『いきなりイチゴが出てきたから、何かと思ったけど……結局、何だったの?』
『銀狼の勝手が過ぎるから注意をしただけですわ』
『オニールさんを呼んで、会話に割り込んできたって話?』
『もちろん、それだけでも目に余るのですが……。あの銀狼は、ご主人様がひとりでうじうじ悩んでいるのを見かねて、シノや、あのオニールとかいう人を巻き込もうと企んだのですわ。そのせいでシノがひどい目に遭ったら、どう責任を取るつもりなのかしら……』
巻き込まれたシノのことを心配しているのか、かなりご立腹のようだ。
シノはお礼を述べて、念話を切った。
つまり、この状況は、フレディの守護精霊であるジャックの思惑通りなのだろう。
オニールはそれを分かっていて、この豪華で高価な料理を頼んだのかも知れない。
「もしかしてオニールさんは、ここの常連さんですか?」
「そうだよ。いろんなメニューがあるからね。気分転換によく外食をするんだけど、この店を見つけてからは、ここの常連になっちゃったね。やっぱり、周りを気にしないで食べれるのはいいよね」
「ですよね。本当にそう思います。あまりジロジロ見られちゃうと、味も分からなくなりますからね」
「あはは、シノさんも大変なんだね」
オニールの存在感も相当なものだけに、いつも注目されているのだろう。
「ピザが来るの、楽しみですね。オニールさんは食べたことがあるんですか?」
「うん、あるよ。好奇心で頼んでみたんだけど、ひとりだったから食べきれなくて、半分ほど包んで持って帰ったんだ。また食べてみたいって思ってたんだけど、ひとりじゃ頼みづらいから、今が丁度いい機会かなって。しかもタダだし。これもシノさんのおかげかな」
「いえいえ、私は何も……。フレディさんにお礼を言わないと……ですね」
二人で立ち上がって、フレディに向かって頭を下げる。
「「ごちそうになります」」
見事に声を揃える。
それを見たフレディは、どこか投げやりな感じで「おう」と短く答えた。
何故こうなったのだろうか……
フレディは、少し前からコトリの行動が変化していることに気付いていた。それに何となくだが、コトリがいつも以上に苛立っているように感じていた。
何か悪い事が起こる前兆のような気がしたが、何の確証もない。
誰かに聞いて欲しいが、どう伝えればいいのか分からないし、こんな内容だけに話す相手も限られる。だから、事情を知りつつも口が堅く、聞き上手なシノを相手に愚痴をこぼすようになったのだが……
その対価は十分に払っているつもりだし、シノが嫌がればヤメようと思っている。だが、スイーツの効果なのか、優しさなのかは分からないが、喜んで付いて来てくれるので、ついつい甘えてしまう。
今日も適当にコトリのことを話し、美味しい物を食べてもらって終わろうと思っていたのに、いつの間にかオニールが加わり、何だかよく分からない話し合いが始まろうとしている。
……と思っていたのに、今度は大食いチャレンジに変わったようだ。
正直な所、状況の変化について行けてないが、たとえこのまま食事だけして解散になっても構わないと思っている。
相談できるようなことは何もない。あるとすれば愚痴ぐらいだ。
思ったより早く店員がやって来た。
扉には、ワゴンと店員の姿、そして「お待たせしました。注文の品をお届けにまいりました」と表示される。
シノの補助視界にも、ドアを開けるかどうかの確認が出ていたが、誰かが操作したのだろう、ドアが開いた。
ワゴンを部屋に運び入れた店員は、テーブルの上にある空いた食器を手早く片付け、他の品と一緒に、ドドーンと例のモノを置いて行った。
「わっ、すご……おっきいですね」
「マジか……コレ」
テーブルはそれほど大きくないとはいえ四人用だ。その半分以上をピザが占めている。なかなか壮観な眺めだ。
ご丁寧にも足跡の形をしており、五本の指まで表現されている。
「いやいや、デカ過ぎだろ! 六人前? 八人前?」
フレディが呆れるが、シノは興味津々だ。
「こんなに大きなピザ、初めて見ました。パーティサイズ……ですよね。オニールさん、ひとりでこれを半分も食べたのですか?」
「そうだよ。持ち帰った半分も、ちゃんと美味しく食べさせてもらったよ。せっかくだから記念写真でも撮っておく?」
「それ、いいですね。お願いします」
フレディを無理やり引き込んで、三人とピザが一枚の画像に収まる。
オニールと並んでも大きく見えるのだから、相当なものだ。
「美味しそうですけど、食べきれるでしょうか……」
「だよね。この大きさを見たら、そう思っちゃうよね。でも食べ始めたら分かると思うんだけど、止まらなくなるからね。ダイエット中だったら、気を付けて食べてね」
「ダイエットはしてないですけど、ちゃんと歩いて帰れるように気を付けて食べますね」
「残ったら持って帰ればいいだけだから、無理しないでね」
そう言いながら、オニールがみんなの分を取り分け始める。
場所によっていろいろな味がある……というのは見た目で分かっていたが、どうやら何かこだわりがあるようだ。
オニールは体躯に似合わず、実に繊細かつ丁寧に切り分けていく。
「この部分は出来立てが一番美味しいはずだから、食べてみて。かなり熱いから気を付けて食べてね」
「じゃあ、遠慮なく頂きますね」
どうやらフレディも興味が出て来たようで、オニールが取り分けているのを見つめている。
「はい、フレディも食べてみて。熱々の間に食べたほうがいいと思うけど、口の中をヤケドしないようにね」
「……おう」
椅子に座り直したフレディは、言われた通り、息を吹きかけながらハフハフと食べ始める。
「おぉ? こりゃ確かに美味ぇな」
「わぁ、この熱々トマト、すっごく美味しい♪」
「だよね。この熱々ジューシーは、出来たてじゃないと楽しめないからね。次はこれかな」
小鉢のハーブソースに半熟たまごを落とし、よくかき混ぜる。
取り分けられたピザは、カレーソースに肉そぼろがトッピングされた部分。
「思い付きなんだけど、たぶん美味しくなるって思うんだよね。確かめてみるから、ちょっと待っててね……」
特製ソースを少し垂らすと巧みにフォークを操り、具を内側にして、生地で巻くようにして食べる。なんとも器用なものだ。それに、巻いたピザはシノの握り拳ほどあったのだが、それをひと口で食べてしまった。
たぶん、まだ熱いはずなのだが……
「うん、思った通り、ちゃんと美味しい。これだったら、多めにつけても全然大丈夫だよ」
試食してから勧めてくる。それも、キラキラした笑顔で。
「えっと、こうして…っと、んー……あむっ」
さすがに真似は出来ないので、シノはひと口サイズにカットしてから、ソースを付けて食べた。
「……ぅぁ、うっわ~☆。これ、美味しいですよ」
それを見て、フレディも続く。
「おっ? 確かにコレは……美味ぇ。卵と肉の相性は間違いねぇな。ハーブのおかげか? 後味が爽やかだな」
「じゃあ次はデザートかな。これは冷めても美味しいけど、熱々もいいと思うよ」
湯気をあげている様々なフルーツが、甘い香りを放っている。
お皿を受け取ったシノが、小さく切り分けて食べる。
少し熱いが火傷するほどでもない。
「あっ、ほんと。甘くて美味しい☆」
ひと足先に食べ始めたシノが、驚きの声を上げる。
それに引きずられるようにして、半信半疑のままフレディもパクリ。
「おっ、なんだ? ソースの代わりにカスタードか? フルーツの酸味もなかなか……」
「焼いたイチゴって、不思議な感じですよね。砂糖をふってるのかな。不思議な美味しさですね」
「だな。甘さもしつこくねぇから、これぐらいなら余裕で食えるな……」
「こんな所かな。出来たて熱々で食べたい部分は終わったから、あとはゆっくり対策を考えながら食べていこうか」
「対策? ……ってなんのだ?」
「女帝さんの置かれている現状と、行動変化の理由。その結果、起こる可能性のある騒動を想定した様々な対応策……かな」
「可能性で…想定の……あーなんだ?」
このゆるゆるとした空気の中で、フレディは当初の目的を完全に忘れていた。
とはいえ、大した目的でもないし、美味い物を食って気分も晴れた。
だがシノは、ピザの美味しさに感動しつつも、ちゃんと覚えていたし、話も聞いていた。
「コトリさんが荒れちゃってる原因ですよね……。オニールさんは、何か知ってそうですけど……」
「さっすがシノさん。……でも、なんでそう思ったのかな」
「前にフレディさんから、独自の情報網があるのでは? って聞きましたし、なんだかコトリさんの事をよく知っているようでしたから」
「どうせフレディが、奇才の変人とか言ってたんだよね」
「はい、……そんな感じです」
オニールの話では、コトリの行動に変化が現れたのは、ある時期かららしい。どうやら何か心境の変化があったようで、それ以来、積極的に勝負を受けている。
その原因は……
「フレディだよね。委員会の勧誘とか、術士会の改革とか……、そんなことを言って焚きつけたんだよね」
「あー、あれか。でもそれって、かなり前の話じゃねぇか。ちょっとは協調性っつぅか、社交性を身に付けてもらえたら、委員会に推薦できんじゃねぇかってことだったんだが。実際、準備は整ったんだが、今の様子じゃ厳しいからな。保留にさせてもらってる」
委員会の勧誘をしていた時、シノも同席していた。まだ初等部の頃だった。
でも、コトリの行動が変わったのは、最近になってからだ。
「もしかしてシノさん、何か気付いた?」
「気付いたっていうか、コトリさんが勝負を受け始めたのって、ここ数ヶ月のことですよね。時期が合わないかなって」
「だよね。でも、ヤル気になってたのは事実だよ。ひとりで修練場を借りたりしてたみたいだし。でも、修練場を使わなくなった時期から、勝負を受けるようになった……って感じなんだよね。つまり、そこにヒントがあると思うんだ」
「修練場を使ったとか、他の人が見れるのですか?」
「うん、ちゃんと履歴に残ってるよ。予約状況とかも、名前が出てくるからね」
学園生のシノは、まだ修練場を使ったことがない。
というのも、練習をしたければ、学園ですればいいからだ。
もちろん使ってはいけないというルールはないが、無料で使える場所があるのに、わざわざ有料の施設を借りる必要はない。
師匠による特訓や、よほど特別な秘密特訓をするならいざ知らず、シノが行う訓練ならば学園の施設で事足りる。
なので、修練場の仕組みすら知らなかったりする。
「ちょっと調べてみますね」
とは言ったものの、修練場は各地にたくさんある。自力で調べるのは無理だ。
なので……
『ごめんねイチゴ。ちょっと調べてもらっていいかな』
『そう言うだろうと思って、もう調べ始めてますわ。だいたい半年ぐらい前からで絞りましょうか』
全てを任せて、大人しく待つことにする。
守護精霊も途中経過を分かりやすくするためか、何をしているのか、どこを検索しているのか、コトリが使った場所や日時などをリストアップしてくれている。
所々抜けている時期があるが、ほぼ毎日のように訓練をしていたようだ。
『あれ? リスト、止まったけど……?』
『止まったんじゃなくて、ないようね。大体二か月前ぐらいからね』
『たしか、コトリさんが対外練習試合を始めたのも、そのぐらいだったよね。何かの技が完成して、それを試合で試してる……とか?』
『ん~、シノ、ちょっと待ってね』
でもそれなら、ダミー人形を使えばいいだけだし、修練場なのだから、それぐらいはあるだろう。
試合形式じゃないと効果を試せない術式なのだろうか。
『これは……』
『イチゴ? どうしたの?』
『ちょっと不思議なデータがあったので、ちょっと調べ直してみますわ。……やっぱり不思議ね。リストが止まった後もコトリ・イマイで予約を入れているようですけど、その後で予約取消しているようね。それも、ほぼ毎日。これはアヤシイですわね』
『変……だよね。ちょっとみんなに聞いてみるね。ありがとうイチゴ』
『もう少し調べてみますわ。何かあれば連絡しますので、こちらの事は気になさらないで下さいな』
早速そのことを伝えると二人は驚いたが、その驚き方には違いがあった。
フレディは、何故だろうと純粋に驚いていたが、オニールは……
「ちょっとヒントを出しただけなのに、もうそれに気付くなんて、シノさんってやっぱり凄いね」
「そんなことないですよ。守護者が優秀なだけで、私は何もしてませんから」
「術士とフィセーリアは似るって言うからね。たぶんシノさんならこう考えるだろうって思って、調べてくれたんだと思うよ」
「でもコトリさん、何故そんな事をしてたのかな。不思議ですよね……」
今も補助視界には、予約を入れた日時とキャンセルされた日時がリストアップされている。
同じ日に、同じ修練場で、予約とキャンセルを三回繰り返したりもしている。
他にも、同じ日に別々の修練場を予約して全部キャンセルしたり、ほぼ同じ時刻に複数個所を予約してキャンセルしたり、ますます不可解な行動が増えていく。
さすがに、これはおかしい。
せっかくだから、そのリストを二人にも開示する。
「やっぱり変ですよね。予約とキャンセルを繰り返して、なんだか荒らしているような感じがしますけど、これじゃ実害は無いですよね。別の誰かがキャンセルした……とか?」
「基本的には、本人か代理人しかキャンセルはできないんだけど……基本じゃない方法で誰かが妨害してるって可能性もあるよね」
「それで修練場が使えないから、コトリさんは練習試合で訓練の代わりをしているってことでしょうか」
「ん~…………、その可能性もありそうだよね」
かなり強引だけど、一応話は繋がる。
「たぶん今も予約を入れ続けているのは、相手が根負けするのを待っているのか、正体を突き止める為かもね」
「コトリさんが予約入れるのをずっと監視して、その全部をキャンセルするなんて、大変そうですよね」
「そうだよね。本人じゃないのに、こんなに的確にキャンセルできるってことは、このシステムに詳しい人間、開発者や管理者あたりも怪しくなるね」
ひとり会話に入れないフレディは、ピザを黙々と食べていた。
とはいえ、そろそろお腹も一杯だ。
「つまりなんだ。女帝様は誰かから嫌がらせをされてるってことか? 命知らずにも程があるぞ」
「そうだよね。ご丁寧にもリタ術士会の修練場までキャンセルされてるから、ほぼ間違いなくリタの人だろうね」
「まあ、女帝だからな。あっちこっちで恨みを買ってるとは思うが、ここまで執念深く嫌がらせをするって、よっぼどだろうな」
「練習を妨害してるんだから、コトリさんが強くなったら困る人物ってことかもね。そうなると……、リタの協議会で三連覇している人が怪しくなるよね」
「そうだな、女帝様が本気を出して参加することにでもなったら、連覇も危うくなるからな……って、それオレの事じゃねぇか」
どうやらオニールの冗談らしい。
だが、コトリに実力を伸ばして欲しくない相手、というのは十分にあり得る。
「フレディさんって、三連覇してるのですね。そういえば私、フレディさんが戦っているところって、見たことがないのですけど。やっぱりすごいのでしょうね」
「それはもう、若き銀狼だからね。過去の映像とかも残ってると思うから、探せば出てくるんじゃないかな。そのうち、リタの競技会でも見れるけどね」
「たしか十一月ですよね。去年は卒業前で課題をこなすのに必死だったし、一昨年は覚えることが一杯でそれどころじゃなかったから。フレディさんの活躍だけでも見ておけば良かったですね」
なんだか話が変な方向に逸れてしまった。
「まあ、とにかくだ。真偽を確かめないとな。それが真実だったら、犯人探しってことになるんだが……」
「そうだね。もしリタ術士会の上の人が関わっていたら、シノさんも危険だから、あとは僕たちに任せてね。もし何か気になることがあったら、僕たちに知らせてくれるだけでいいから」
「ああそうだ。今さらこんな事を言うのも何だが、もしシノが関わって何かあれば、オレが女帝様に制裁されかねんからな。こんなつもりじゃなかったんだが、変な話を聞かせて悪かったな」
ついつい話すことに夢中になっていたせいか、ピザはまだ半分ほど残っていた。
むしろ、いつの間に半分も減っていたのかと驚くべきだろうか。
オニールはシノに全部持って帰ってもいいと提案するが、さすがにそれは多すぎる。きちんと保存すれば痛まないし、温め直せば美味しく頂けるのだが、さすがに多すぎるからと辞退する。
それでもオニールは、いろんな味を楽しめるように取り分け、シノの分を多めに包んでくれた。
普通の中等部の子供なら、食費が浮いたと大喜びするところだ。
「じゃあ、これ。シノさんの分だよ」
「ありがとうございます。でもこれで、相談会は終わりになっちゃいますね」
「ん~、フレディは苦労が多いからね。たぶん、これからも続くと思うよ」
「そうなんですね。でもそれだと、フレディさんの財布が心配ですね」
「それは心配しなくていいと思うよ。金遣いも荒いけど、収入も多いからね」
「こらこら、勝手なことを言うんじゃねぇよ」
そう言いながらも、フレディは笑っている。
「不思議なもんで、愚痴ってもんは、聞いてもらうだけでも心が軽くなるようだ。だからまあ、迷惑じゃなければ、また愚痴を聞いてくれると助かる」
「そういうものなんですね。私は別に構いませんよ。まだこのお店のメニュー、全然制覇できてませんから」
「全部か……何か割のいい仕事、見つけねぇとな」
入店した時と違って、フレディの表情は明るくなり、笑顔も自然になっている。
それを確認して、シノは安堵と共に微笑みを浮かべた。




