沼の跡 ゴーレム祭り 開催だ
「働きたい?」
「お願いします。魔道士様のお側に置いていただければと思いまして」
ヨハンは消え入りそうな声で懇願する。
最早コイツは俺に害を成す事は無いだろうが、どうしたものか。
「ヨハン、お前は何が出来るんだ?」
「暗殺者はもう廃業しますが、ご所望とあらば何でもやります!やらせて下さい!一応は魔法も水属性を使えます」
脈ありと見たか、ヨハンは食い付く様に語り出した。
「水属性?何故俺に使わなかった?」
ヨハンが俺に襲い掛かって来た時には魔法は全然使わなかったから、使えないと思っていた。
「使えなかったのです」
ここでヨハンは急に俯いてトーンダウンした。
「はっ?どういう事だ?」
「私の魔法は水を掌から少量出す事と、手で握った物を凍らせる事しか出来ません!」
確かに戦闘には使えないが、それしか出来ないって堂々と言い切った。ある意味いい度胸だ!
でも、それしか出来ないなんて使い道有るのか?
ロンの様に市長と繋がりが有る訳でもなく、暗殺者としては3流。
数分間、考慮して思い付いた!
「この人を厨房に置く?」
案の定、クロエが噛み付いて来た。
「ああ。厨房でハンバーグのパティを作ってもらう。そこでこそヨハンの真価が発揮される」
「どういう事よ?」
クロエが怪訝な顔だ。それは予想の範囲内。
「パティは作ってから焼くまでに少し冷やして時間を置いた方が良い」
「そうなの?」
だった様な気がする。
「だからヨハンの魔法が使える。それに、クロエが手洗いで肉の脂に苦労する事も無いだろう!」
この世界には石鹸なんて無い。調理の後の手洗いは本当に苦労するが、ヨハンなら自分の手から水が出るからクロエよりも苦にしないだろう。これがお湯なら更に良かったのに
パティを冷凍して、将来的にはチェーン展開しようと思っている事はまだ内緒だ。
職人気質のクロエが、効率とか時短とかの話を突然聞いても、乗って来るとは思えない。
「分かったわ。エイジさんが言うなら。でも条件が有るわ」
「条件?」
「私の指示には絶対に従って!それに厨房は戦場よ!隅っこでやって!」
クロエらしい条件だ。
「分かった。守らせよう!」
ヨハンにはこの他にも、自分からは女性従業員に話掛けない、何か有った時には店と女性従業員を守る、という事を命令した。
腐っても暗殺者だ。それも俺を狙った。
また刺客が送り込まれる恐れも有る。ヨハンをこの店に置く事は万一の時の保険の意味も有る。最悪の場合にはヨハンにも頼らざるを得ないかも知れない。
「エイジさん、クレアは昨日の事で何か言ってなかった?」
「昨日の事?」
クロエが急にモゾモゾと落ちつかなくなっているが、昨日って何か有ったか?
「ほら、ロンさんだっけ?エイジさんの弟子が私たちを奥さん呼ばわりしたじゃない」
「あれか!」
全員に全力で否定された事か!実は軽くへこんだあれね。
「クレアからは手紙を渡されたよ」
「手紙?」
クロエは意外そうな表情を浮かべる。
「早く文字が読める様になれって」
「そう」
クロエはそれだけ言って納得した様だ。珍しく暫く黙ってしまった。静まり返った店内は空気が異様に重い。
「それじゃ、早く読める様になってね!」
店内に響く高い声を上げ、ニッコリと微笑むクロエは珍しい!イレギュラーな展開は体に悪い。今日は大人しく撤退する。
翌日、俺は市庁舎に赴く。
市長の息子であるロンを連れ、沼の跡地の再開発の計画書を携えて。
この計画書は昨夜、アルコールを摂取せずに作り上げた力作だ!
「商業施設ですか?」
「買い物以外にも老若男女、皆が楽しめる施設にしたいと思っています」
熱っぽく語っても市長はパラパラと計画書をめくるだけで読もうとはしない。
「エイジ殿、この文字は私たちは読めません」
そういう事か!
ベンの指摘を受け入れて口頭で説明する。
「なるほど。あの沼が開発される事は歓迎します」
市長の反応は良好だ!
「エイジ殿、懸念材料が有ります」
市長とは反対に副市長のベンは顔をしかめている。
「懸念材料?」
「はい。まずはそんなに大きな建物をどう建てるのか?それに沼でしたから地盤に不安が有ります」
不安なのも分かる。だが、どうやら地震は無い様なので耐震性の必要ない建物なら難しくはない。この世界にはコンクリートは無いみたいだけど。
それに地盤については、考えが有る。
地盤強化の他にも、宣伝効果が有るし地域振興にもなる!
「ゴーレム祭りを開催する!」
沼の水はもう無いが泥を大量に排出した為、高さ調整で埋め戻さなければならない。いつまでも低地じゃ雨が降れば水が溜まってしまう。
強度を出すには握り拳の半分程度の石を大量投入すれば良いのだが、採石場が近くに有るとは限らない。
そこで、良い土で埋めてゴーレムに踏み固めさせる。
その場を一般公開すれば地域振興と宣伝効果が見込める!
「ゴーレム祭りですか?」
「詳しい内容はこれからだが、ゴーレムが跳んだり、踊ったり、レスリングでもすれば絶対に受ける!」
言いながらゴーレムのドロップキックを想像してしまった。そこにゴーレムを作っていたら、していたのだろうな。
「市長としましては、一企業の事業を祭りとする訳には」
「父さん、先生のお考えを認めないの?」
ここでロンが息子として口を挟む。親バカの市長はロンにそう言われて動けなくなっている。もう一押しだな。
「祭りの当日にはロン君にも、私の弟子として活躍してもらうつもりです」
言い終わらない内に市長が身を乗り出してきた。
「それで、承認のサインはどちらにすれば?」
親バカめ!




