何だかな クレアの様子に 違和感が
「エイジさんとご一緒出来なかったのは昨日だけなのに、2人で歩く事は随分と久し振りの様な気がします」
市庁舎に戻ると言うベンに馬車でミラを送ってもらう。疲れた様なのでゆっくりと休んで欲しい。一緒に行こうかと思ったが、キッパリと断られた。何を考えているのやら。
ロンはそのまま沼の跡地で特訓中だ。
ロンの属性は火属性なので、魔物の死骸を燃やさせる。ロンの訓練にもなるし、死骸も片付くしで一石二鳥だ!
「今日は彼女たちの寮にする建物の視察と、リーチさんの奥さんから小売りについて話を聞く予定だ。得にクレアには女性としての要望を言ってくれ。ちょっとの工夫で女の子が喜ぶ事って有ると思うんだ」
「そうですね。男性は女の子の気持ちなんて分かりませんからね」
何か刺の有る言い方だな。
素っ気なく言うクレアに若干の不安は有るが、そんな事はどうでもいい。
こうして現場から現場に移動なんて元の世界に居た頃のリフォーム会社の様だが、やり甲斐が全然違う!
それにこうして仕事とは言え、若くてまあまあ美人のクレアと居られる事は、前の仕事では考えられない。
女子寮となる現場に着くと、リノベーション工事が盛大に行われている。
この街の建設最大手になる事が間違いないウチに取り入ろうと、各職人も必死のアピール合戦だ。ただ、職人は血の気の多い奴も多い。なので、他とトラブルを起こしたら即退場というルールを作った。
それに職人は腕自慢と言わんばかりに提案してくる輩も少なくない。
提案して、やる気をアピールするのは良いが、それが女の子に必要なのかを、クレアに吟味役になってもらいたい。
「やあエイジさん、お疲れ様です」
「リーチさん、順調そうですね」
今回は多少の造作は有るものの、基本的には内装と外装なので数日間で終わるだろう。
「外は今日から足場を組み始めました。天気にもよりますが、全部終わるのは7日後くらいでしょうか」
「7日?随分と早いですね!」
足場材だって日本とは違う。組むのも外すのも苦労する筈なのに早い!
「早いのは結構ですが、安全と出来栄えを第一に」
リーチさんは分かっていると思うが、念押しだ。
この世界には無さそうな安全の意識を取り入れてもらう事にした。
「安全帯ですか?」
「ええ、私の国の工事現場では一般的です。転落事故に備える物で、ベルトに付いている紐がいざという時の命綱になります」
「命綱ですか?」
「ええ、これで転落事故が減らせます。職人には煩わしいのですが、効率より命の方が大事ですから」
「分かりました。させましょう」
ニッコリと大きく頷くリーチさんは納得してくれた様だ。それでも日本の安全レベルから見れば危なっかしい。まだ改善させなくては。
古くから建築業界で言われている言葉に、「怪我と弁当は自分持ち!」なんて有る。働き盛りの大黒柱を失った家庭を見た者としては、とてもそんな事は言えない。
今日のこれまでの事をリーチさんに話し、ショッピングモール計画を説明した。
「義理の弟さんを紹介して欲しいのですが」
「そこに居ますよ。商売出来ないのでウチで働いてます」
リーチさんが連れて来たのは30代半ばに見える人の善さそうな男だ。
天候不順で野菜が高騰した際に、貧しい家庭の為に野菜の安売りをした男。損得抜きでわざわざ不文律を侵して潰された商人。
「エイジ・ナガサキです」
名乗ると同時に右手を差し出す。するとすぐに両手でガッチリと掴んできた。
「ジョナサン・フーバーです」
「貴方の事を聞きました。私の進める事業に力を貸して下さい」
「そんな、私なんかが」
俺はジョナサンにもショッピングモール計画を説明した。
「私は何をお手伝いすれば?」
「全部です!」
俺は堂々と言い切った。
「全部?」
ジョナサンは素っ頓狂な声を上げて驚いている。無理もないが。
「将来的には野菜の栽培も自社で賄います。そうすれば天候不順でも値段は安定します。そんな野菜を売る商人は貴方しかいない!」
「でも天候不順じゃ、育たちませんよ!」
ジョナサンは強い口調で早口になった。思う所が有るのだろう。
「畑ではなくて工場で作るから問題はないかと」
「工場?」
工場でLED照明を使用した野菜栽培は天気に左右されない。植物が育つのに必要な養分と光を与える事で計画的な収穫が可能だ。
徹底的に管理されるので病気や害虫を防げるし、そうなると農薬使用の必要も無くなる。
更には、光の種類や量を変えると、含有する栄養量も変わるらしい。
そこまでは無理でも、それに近い事は出来ると思う。
「そんな事が本当に出来るのですか?」
ジョナサンは訝しげな表情を浮かべる。普通は無理だと思うよな。
「ジョナサン、エイジさんなら出来る!」
リーチさんにそう言ってもらえるのは有り難いが、何か照れるな。
ふと視線が気になって振り向くと、ニッコリと口元を緩めたクレアに見つめられていた事に気付く。
「クレア、どうかしたか?」
「エイジさんが楽しそうに話していたので」
「そんなに楽しそうだったか?」
意識はして無かったけど、これまでの人生は虐げられてきたからな。それが今では色々と出来る様になったからかも知れない。
「楽しそうなエイジさんを見ているのも、いいかなって」
クレアが俺に気が無いのは分かっているが、ここでそう言って微笑むな!
オッサンは勘違いしてしまいそうだ。




