二日酔い シジミ汁より 聖女です
聞いた話ではあるが、無人島で最も困難な事は孤独だと言う。
昨晩の刺客は丸1日孤独に晒されている。それも五感を全て奪われてだ。
椎名さんの魔導書によれば、この陰魔法は時の経過に比例して効果が大きくなるそうだ。術の発動直後はそうでもないが、半日も経てば1分を1時間くらいに感じるから、丸1日経った今はどんな事になっているのか?
魔導書には、相手の精神が崩壊する場合が有るので、使用には注意する旨が書かれていたな。
刺客を覆い、黒い塊と化している闇を、指をパッチンと鳴らして解除してやる。
闇が晴れた瞬間、唸り声を上げ、暗殺者とは思えない程取り乱し、辺りをキョロキョロと伺ってから叱られた子供の様に泣き出した。
「お前は先生の御慈悲で生かされているんだ!分かったか」
予想外のリアクションに俺は戸惑うだけであったが、何故かドヤ顔のロンが勝ち誇った様に言うと、刺客だった男は声も無く何度も頷いていた。
取り敢えず治癒魔法で怪我は治してやる。自分を殺しに来た男にサービスし過ぎの気もするが、放置して廃人にしかけたから仕方ない。
泣きながらだから聞き取り難かったが、俺を殺す様に依頼したのはブローカーの様な男だったそうだ。
そのブローカーに依頼をした人間は分からないと。
気になる事は、この刺客は王都から来た事だ。この国の地図はよく分からないが、エリクソン伯爵領に居るであろう、アルフレッドが王都の暗殺者を雇うのか?
自分の息の掛かった盗賊を潰されたからと言って、領主の長男がその為に王都の殺し屋を送るのか?
更にはアルフレッドがどうやってリックが探っている事が分かったのか?
その辺のカラクリはまだ不明だが、リックも調査をしている筈だ。戻って来たら片を付ける!
それまでは、降り掛かる火の粉は振り払うのみ!
「お前、名前は?」
「ヨハンです」
ヨハンと名乗った男は、おどおどしながら名乗った。
「ヨハン、お前は俺に逆らえば、命は無いぞ!」
俺はヨハンの額に人差し指を当て、そこに僅かばかしの魔力を注ぐ。これはパフォーマンスで、暗示以外に効果など無い。しかしそれだけでも今のヨハンには十分過ぎた様で、すっかり信じ込んでいる。
「心得ました」
ヨハンは跪き、深く頭を垂れる。
「先生、この男は如何なされるのですか?」
ロンにそう聞かれても答える事は出来ない。何も考えていなかったから。
「お前は好きにしろ!何処へでも行け」
苦し紛れに言ったが、ヨハンの知っている情報は大した事無いし、逆スパイにしようにも、利用価値が無いヨハンには一連の関係者はもう近寄らないだろう。
「このご恩は忘れません。失礼します」
ヨハンは改めて深々と一礼をして去って行った。
「エイジ、起きて!」
ミラの声で目が覚める。現在は休業中の飲食店で椅子に腰掛けて、そのまま寝てしまったらしい。当然、目覚めは良くない。
一昨日からここのスペースは皆で勉強する場となっており、間もなくクレア先生の指導が始まる。
「おはようございます!」
早速、先生であるクレアが来た。生徒たちはまだ来ていない。
彼女たちの寮となる建物のリノベーションも急がなくては。宿代も馬鹿にならないし。
「エイジ、しっかりして!」
「昨夜も何だかんだで飲んだからな。あぁ、もう酒は控えよう」
まだ怠い俺の身体をミラが摩りだす。椅子なんかで寝落ちしたから身体も固いし、酒飲みあるあるで、ループした訳では無いが24時間前にも同じ台詞を口にした気がする。
「!」
「元気出た?」
一気に目が覚め、身体に羽が生えた様に軽い!
「ミラ、こんな事が出来るのか?」
「出来そうな気がしたから、やってみたの!」
驚いて、思わず尋ねる俺に、はにかむミラを見て思う。
俺の魔法は怪我は治せても、こんなリフレッシュ効果は無い!
これで二日酔いも恐るるに足らずとも思うが、疑問が強まる。これが聖女の力なのか?
本当にミラは聖女アリアなのか?




