俺襲う 刺客の主は リックなの?
今日の予定はキャンセルしてしまったので、時間にはまだ余裕がある。
クレアに対する娘たち12人の自己紹介が終わったが、俺も彼女たちの名前は覚えてないので好都合だ。
全員は覚えられなかったが、リーダー格だと思っていた娘の名前は、ハンナだった事が分かった。
後はその都度、覚えよう!
早速、勉強の準備が始まる。流れで俺も覚えないといけなくなったのだが、この歳での勉強はなるべく御免被りたい!
何とか逃げられないかと思っていると、不意にドアが開かれた。
「エイジ、ベンさんの使いって人が来たよ!」
ミラが良いタイミングで来てくれた。
娘たちは俺に対するミラの態度に些か驚いている様だ。
「分かった。クレア、後を頼む!」
「畏まりました」
相変わらずの落ち着いた返事をするクレアだが、彼女たちにミラの事を聞かれるだろう。ミラと俺の関係ををどう説明するのか、無責任だが興味深い。
俺はミラとクロエの店に向かう。本当の店名は看板に書いてあるけど、字が読めないので分からない。
今度、勉強がてらに聞いてみようと思うが、今更聞けない思いもあって悩ましい。
店内に入ると、1人の大柄な男がお茶を飲んで待っている。まぁ、ベンも助役だから部下とか使うよな。
男は俺に気が付くと急に立ち上がり、姿勢を正す。
「エイジ・ナガサキ殿、助役より言伝であります」
「言伝?」
「可能であれば、市庁舎まで来られたしとの事です」
「助役は今日はずっと市庁舎に居るの?」
「はい!夜まで居るそうです!」
「分かった。夕方までに行くと伝えて下さい」
「畏まりました」
如何にも武骨者という感じの男が一礼をして去って行った。
「また助役の所に行くの?」
厨房からクロエが姿を見せる。
「今度はなんだろな?それよりクロエに用があるから丁度良い」
「私に?」
俺はクロエとお茶を飲みながら話す事にした。
ミラは奥の部屋で休んでいる。
「ウエイトレスは4人だけで、後は厨房ね」
「そうだ。さすがにそんなに居たら邪魔だろうから、2人ずつ交代にしようと思う」
動線が確保出来なければ元も子もない。
「ウエイトレスも2人ずつね」
「そうだな。逆に言うと、今まで良くやってこれたな!」
「大変だったのよ!」
やぶ蛇だった。クロエが大声で言い放つ。
「でもミラちゃん、本当に良く働いてくれる!物覚えが凄いの!動きもテキパキして!ホールの仕事だけじゃなくて下拵えや片付けまでやってくれて、ミラちゃん1人で4人分くらい働いているわ!」
ミラを絶賛するクロエは、思い出しながら改めて驚いている様だ。
治癒能力に加えてこのハイスペック、やはりミラは只者ではないだろう。
ミラの謎と俺の使う大魔法を調べに行ったリックはあと10日程で戻る筈だ。
何か分かれば良いのだが。
話を彼女たちに戻した。
「クロエ、彼女たちは右も左も分からない素人なんだ。あまり厳しく言うな」
「厨房の仕事は優しく言っていたら身に付かないわよ!」
「萎縮したら覚えられないだろ。クロエは慣れない人にはキツく感じる。俺も最初はそうだった」
初対面の時を思い出す。あの時はアベニールの街に来た初日で、ミラが鏡から出て来たばかりだった。
あれから一月足らずの間で環境が随分と変わった。
クロエとこれまでの事、これからの事、料理の事を話して、気が付いたら日が傾いてきた。
「そうだ、市庁舎に行かないと!」
ベンの話は主に3つあった。
まずは、副市長昇格の内示を受けた事。
次に、公共工事が幾つかあるので入札への参加要請。
最後に、市長が個人的に話したいので、時間を作って欲しいとの事だった。
これは多分、息子の事だろうと直感した。
市庁舎を出た頃には、日はとっぷりと暮れていた。
「エイジ・ナガサキ様でいらっしゃいますね?」
ボソッとした低い男の声が暗がりからした。
「どちら様で?」
瞬間的に緊張感が走る。近くに居る筈なのに見えないし、声を掛けられるまで気が付かなかった。
それに第一この声、何とも言えないヤバい感じがする!
「主、リック・レイスの使いで参りました」
「リックの?」
だったら堂々と出て来いと言いたくなる。途端に安心したが、100パーセント安心しきれない何かがある。
「リックは何だって?」
「こちらを」
男は手紙を差し出した。だから字が読めないって言っているのに!
「ナガサキ様」
「ん?」
取り敢えず手紙を広げている俺を男が呼んだ後だった。
「ご免!」
男の無駄の無い動きから繰り出されたナイフは、正確に俺の心臓を狙っていた。
身体を捻って咄嗟に急所である心臓を庇った俺は、代わりに左腕にナイフを刺される。
激痛が走るよりも、鮮血が迸るよりも早くナイフと骨が触れる嫌な感触を味わう。
その感触で思い出す。
かつてソマキの村で不意討ちから俺を救った防御魔法。今日の俺はそれを発動させていなかった。
慢心と言われればそれまでだが、何故リックが俺を殺そうとする?




