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娘たち ウエイトレスに なれません

「それでは改めてまして、業務内容を説明させて頂くクレア・オブライエンです」

 ランチ営業も終了して、クレアが駆け付けてくれた。本当に良く働いてくれて助かる。

「皆さんには基本的には飲食店のホール係として働いて頂きます。状況によっては厨房の仕事も手伝って頂くと思います」

 12人の娘たちは皆、真剣な眼差しをクレアに向ける。

「ここまでで何か質問は有りますか?」

「良いですか?」

 代表格の娘が立ち上がる。

「厨房のお仕事って何をするのですか?」

「先ずは追い回しをして頂きます」

「追い回し?」

 つまりは雑用だ。追い回される様に次から次へと仕事を熟さなくてはならないので、追い回し。

 だが、この追い回しで基本を学ぶ。掃除、後片付け、皿洗い、下拵え、食器の準備等々飲食店には必要な仕事ばかりだ。

 蒸かし立てのジャガイモの皮むきなんて熱くて大変だけど、何とか乗り切ってもらいたい!


「それでは皆さん、この労働契約書を熟読の上、御署名をお願いします」

 クレアが全員に書面を手渡すが、彼女たちの様子がおかしい。

「あのクレアさん、ごめんなさい。私たち字が読めないのです」

「えっ?」

 俺は驚きを隠せなかった。識字率が100パーセントの日本では有り得ない話なので俄には信じられなかった。

「字を読めたとしても、分からない綴りが多くて」

「読み書きを教わらなかったのですか?」

「はい」

 意外そうな表情で尋ねるクレアに対し、俯いて力無く呟く様に答える事が精一杯だった。

 なるほど、彼女たちは真面な教育を受けていないのだ。読み書きがまだ満足に出来ない歳で攫われ、盗賊の下では教育なんて受けさせてもらえる訳がない。


「クレア、彼女たちは小さい頃から親元から離なされて劣悪な環境で働かされていたんだ。そうだろ、みんな!」

 話を合わせろ!という思いを込め、振り返って彼女たちを見つめる。

「はい!そこをエイジさんに助け出してもらったんです!」

 何とか合わせてくれた様だ。だが彼女たち、口々に俺を賞賛してくれるのはありがたいが、小っ恥ずかしい!

「そうですか。分かりました」

 とは言ったものの、クレアは難しい表情で考え込んでいる。

「エイジさん、少し」

 彼女たちに断りを入れて、俺はクレアと2人でも別室に入って話をする事にした。

「エイジさん、彼女たちはウエイトレスには不向きかもしれません」

「厳しいか?」

「はい。例えばオーダーを頂く時も文字が書けなければメモが取れませんし、お客様にメニューのご説明も出来ません。それに恐らく、計算も難しいと思いますからお代を頂戴するにも支障が」

 クレアの心配はもっともだ。俺もメニューを指差して、「これ!」って言って注文する時もある。

「取り敢えずは追い回し中心で、ホールに立たせる時にはミラを一緒にさせる」

「分かりました。それと、提案があるのですが」


 戻った俺とクレアを彼女たちが不安顔で迎える。

「読み書きが全く出来ない人は手を挙げて!」

 俺の呼び掛けに8人が手を挙げる。

「それじゃ残りの4人には別室でクレアにどれだけ出来るか見させてもらおう。8人は俺と、ここの掃除を手伝ってくれ!」

「はい」

 結果次第では採用が取り消しになるとでも思っているのか、声に覇気が無い。与える仕事を考えるだけで

採用は揺らがない事を伝えてもテンションは戻らない。自分達を不甲斐ないとでも思っているのか?

 彼女たちのあらゆる場面で過去が影を落とす。何とか断ち切らねば!


 待つこと30分、クレアが別室から出て来た。

「エイジさん、4人は訓練は必要ですが大丈夫ですそうです!」

「そうか!」

 何とか目処が立って良かった。

「エイジさん、さっきの提案ですけど」

「そうだな!」

 クレアの提案を発表する時が来た。俺はクレアと顔を見合わせて頷くと、彼女たちに向き直った。


「皆さん、お手空きの時間にお勉強をして頂きます」

 クレアの提案だ。読み書きを大人になってから覚えようとしても覚える事は至難の業だと聞いた事がある。それをクレア伝えてもクレアは折れなかった。

「ご両親にもうお会い出来ないのであれば尚更、ご両親の付けたお名前は、ご自分で書ける様になって頂きたいのです!」

「クレアさん!」

 彼女たちは感情をストレートに面に出す。今度は希望に満ちた瞳を輝かせている。俺も励ますとしよう。

「みんな、難しいかもしれないが、頑張ろう!」

「はい!」

 揃った良い返事だ!


 クレアが不意に俺に向き直り、微笑んで言う。

「エイジさんもですよ!」

「はっ?」

 クレアが何を言いたいのか、意味不明だ。

「エイジさんもこの国の文字が分からないのですから、勉強して下さい」

 そういう事か!

「いや、俺は外国人だし」

「エイジさん!」

「一緒に頑張りましょう!」

 拒む俺の両腕は2人の娘にガッチリと抱えられる。左右の腕はそれぞれに柔らかい感触に襲われ、抵抗が出来なくなる。

 この年齢で外国、正確には異世界の文字なんて覚えられる訳がない!

 取り敢えずは俺の腕を胸の谷間で挟むのは止めろ!シャルロッテと、もう1人!


「!」

 瞬間、背筋がゾクッとした。

 クレアの眼差しが、冷たくて厳しくなっているのは気のせいであって欲しい!

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