テイマーは 魔物がいなけりゃ ただの人
勿体ぶって、堀沿いを市長の息子が自身の乗った小型ドラゴンを走らせる。どこか渡り易そうな所でも探しているのか?
それに続いて20匹程の同種のドラゴンが走る。それは、市長の息子を頂点としたコンパクトな三角形の陣形を取っている。
しかし、その陣形も長くは続かない。
50メートルも走ると後方のドラゴンから遅れ出し、やがてボロボロと陣形が崩れる。
振り返った市長の息子が、やる気無さそうな後方のドラゴンに何か叫んでいる。
かなり焦っている事は遠目にも分かる。ドラゴン使いの筈なのに、あまり使えてない事も分かった!それよりも、テイマーってドラゴンと言葉が通じるのか?
何とか話が付いた様で態勢を立て直し、元の所に戻って再び対峙した。
「魔道士、覚悟しろ!」
律儀に待っていた俺も俺だが、散々待たせてそれかよ!
市長の息子は、今度はそのままの陣形で堀に入るつもりの様だ。
ドラゴンの一団が堀に入ろうとしたその瞬間、彼等は一斉に急停止!
行く気満々で停止の指示なんてしていなかったであろう市長の息子は当然、予想だにしない急停止に慣性の法則で乗っていた赤いドラゴンの前方に落とされる。
それだけならまだしも、如何に小型と云えどもドラゴンだって急には完全に止まれない。市長の息子は自分の乗っていた赤いドラゴンに蹴られ、後続のドラゴンたちにも数回蹴られていた。
翼が無い、走る事に特化した感じのこのドラゴンの大きさは、市長の息子を成人男性の平均と見た場合、2メートルちょっとか?
馬や牛よりも大きい事は間違いないので、体重もそれなりだと思う。踏まれていたら内臓が損傷していただろう。悪運の良い奴だな。
ドラゴンたちは堀の3メートルの段差に臆したか、それとも張り巡らされた罠に込めた魔力に勘付いたか。何れにせよドラゴンはまだ水を張っていない空堀の状態を前に立ち止まっている。
堀には空堀と水堀があり、本当に厄介なのは空堀だと言われている。
当たり前だが、自分で城攻めをした事はないので本で読んだだけの知識だが、空堀は罠が有るので攻め手には恐怖だと。
もっとも、この堀は魔法で発動する罠を張り巡らせた上で水を張る2段仕込み!魔法が使えるから成せる業だ!
ドラゴンたちがカラフルに暫く立ち尽くしていると、ヨレヨレになりながら市長の息子が立ち上がった。まるで生後間もない仔牛の様に、本当に危なっかしく立ち上がった。
体のあっちこっちから出血しているし、痛々しく片足を引き摺っている。
「ドラゴンたちはこの堀の怖さが分かった様だ。お前はどうだ?まだやるか?」
「当たり前だ!」
まだやる気なのか。あのドラゴンたちは獰猛ならまだしも、意外に頭も良さそうだし殺すのが可哀想になってきた。
市長の息子はドラゴンを堀の方へ、押したり引いたりしているが1匹たりともビクともしない。
「行ってくれ!お願いだ!頼むよぉ!」
市長の息子のそんな言葉が聞こえてきたが、これってお願い?主従関係では使わない言葉だろ!
「上手く行けば上等な肉を食べさせますから、お願いします!」
ついにはドラゴンに敬語まで使い出したよ、この人!
食べ物の約束までするなんて、ドラゴン使いって言うより、ドラゴンに使われている?
このドラゴンたちは、食料調達係としてしか見てないんじゃないか?
確かにテイマーは世話もするだろうが、これはちょっと。
「魔道士、卑怯なり!」
何を言い出すかと思いきや。
「そんな所に居ないで、こっちに来て戦え!」
調子の良い事を言っているが、確かにこのままでは消化不良だ。っていうか、そもそも戦ってないし!
「いいだろう!」
とは言え外側から入れない分、中からも外側に出られない事も事実だ。なので、この土塁の上から相手しよう。
ここは珍しく陰属性の魔法を使う。
市長の息子はドラゴンたちから離れている今がチャンスだ!
離れているドラゴンたちを闇で包み込む。この闇の中では五感が使えない。見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る事が出来ない。
不安で孤独感に苛まれた者に、あたかも救いの主の様に僅かに光を与えてやれば、マインドコントロールとなる筈だ。
歴史上の独裁者も暗闇で演説して聴衆をその気にさせていたそうだし。
問題は、人間以外にも効くのか?
もし効けば、ドラゴンのいないドラゴンテイマーなんてただの人だ!
もっとも、此奴はまともなテイマーでもなさそうだが。




