打ち合わせ 良い事ばかり 考える
リーチ・ブラウンに案内され、俺はミラを連れて彼の自宅兼事務所に向かう。
ベンから聞いた話によるとリーチさんは55歳との事だった。年齢よりも老けて見えるのは苦労しているからだろうか。
信頼していた部下に会社を乗っ取られたそうだ。会社の資産も従業員も全て。
そんな状態では取引先からも相手にされなくなり、今では小さな工事の手配師、つまりはブローカーとして食い繋いでいるそうだ。
ベンは何だってこんな人を紹介したんだ!
「着きました。こちらです」
案内されたのは、白い2階建ての住宅だった。
ここがリーチさんの自宅兼事務所か。
「狭くてすみませんが」
「いえいえ、お綺麗なお宅ですね!」
この辺の社交事例は大事だ。
「ただいま。お客様だ」
「まぁ、ようこそお出で下さりました。すぐにお茶を」
30代後半とおぼしき、やせ型で品の有る女性が出迎えてくれた。リーチさんの奥さんかな。
「お気遣いなく」
俺とミラは応接室に通され、リーチさんたちはお茶の支度をしてくれている。
さっきの女性は奥さんだと思うが、年の差婚が多い国ではあるがリーチさんが若い内に結婚していたら、娘さんの可能性も有る。迂闊には聞けない。
「良く出来た娘さんですね!」
目の前にお茶を出され、リーチさんに言ってみた。
「いえ、妻なんですよ!」
「これは失礼を。お若く見えたので」
この一言で、角は立たなくて済む。
「いやいや、もう42なんですよ!」
リーチさんがそう謙遜すると、そんなこと言わないで!と言わんばかりの仕草を見せる。
42歳って、俺の実年齢と同じだな。
「それでは早速始めましょう」
俺は改めて、自分のプランを説明する。
「エイジさん、この堀の規模は?」
うん、良い質問だ。
「幅は10メートル、深さは3メートルから5メートル」
「10メートル?すみません、それはエイジさんの国の単位ですか?」
この異世界にはメートル法は無いらしい!
「失礼しました。幅は大人が大股で歩いて10歩程、深さは私の身長の倍以上は欲しいですね」
慌てて誰にでも分かる様に訂正する。この異世界の単位が分からないから仕方ないかもしれないが、なんか情け無いな。
「分かりました。分かり易いご説明、ありがとうございます」
リーチさんが気を使ってくれている。この気遣いには少し救われた気になる。
「ほぼ全ての作業をゴーレムで行います。人間は確認作業くらいでしょうか。これで人件費も工期も大幅に抑える事が可能となります」
敢えて、改めて最初から説明した。これで分からない事はないだろう。
「なるほど!工期は如何ほどでしょうか?」
「6日も有れば」
「6日?この工事なら他の業者はどんなに早くても半年は掛かりますよ!素晴らしいですね!エイジさん!」
「工費はどうしましょう?」
「そこはリーチさんの経験から、他所の業者の予想される入札価格の半分以下にしましょうか」
それでも、かなりの利益となる筈だ。必要経費を考えれば、ぼったくりとも言えるが早くて安く出来るのだから、発注者にとっても悪い話ではない筈だ。
市長は急に言い出したそうだから、早い方が受けが良いに決まっている。
「後はプレゼンの仕方ですね」
「仕方ですか?」
リーチさんが意外そうに聞いてくるが、今まで気にした事がなかったのか!仕事を得るには、もっと気を使いましょうか。
「ええ、ゴーレムの話に現実味を持たせる為に、当日はゴーレムを連れて行きます。その他に、完成予定の絵が欲しい!絵心の有る方は居ますか?」
「絵ですか?」
「すみません、絵心は有りませんね」
俺にも有りません!
仕方がない!下手な絵を晒すより、ここは素直に諦めよう!
その後の打ち合わせで、明日の俺はイラストの替わりの模型を作り、リーチさんは見積書を作成する事になった。
もうそろそろ夕食の時間だ。
「ミラ、今日はクロエの料理を食べるか?」
「うん!」
クロエの店に行くのも久しぶりだ。
あの姉妹とも今後の事を話し合いたいから、ちょうど良い。
クロエの店を訪れると、営業していない?
恐る恐るドアを開けると、すすり泣く声が聞こえる。クレアだ。
「クレアお姉ちゃん」
椅子に座り、テーブルに両肘を突き顔を手で覆って泣いているクレアにミラが小さく声を掛けた。
「エイジさん、ミラちゃん」
付き添っているクロエはそれだけ言うのが精一杯の様だ。
何が有ったのか、クレアが落ち着くまで聞けない。
しかし、時間の経過がひどく遅く感じる。
こういう時、為す術の無い自分の無力さを感じる。




