リフォーム業 全て黒では ありません
今回は、話には直接関係ありませんが異世界に転移する前の、社畜生活を描きました。
長崎英二は地元の高校を卒業後、専門学校に通って建設会社に就職した。
ここから施工管理という社畜生活が始まる。
施工管理とは、一言で言うと現場監督だ。
監督と言えば聞こえは良いが、実情はそんな事は全くなく、依頼主である施主、元請け会社、自分の会社の営業や経理などのご機嫌を伺い、職人から責っ付かれ、更には近隣住民からの苦情にも矢面に立って対応しなければならない。
建設現場は8時に朝礼が始まるがその前に様々な準備がある。その為、7時過ぎには現場に入らないといけない。
夜は9時10時は当たり前。完成間近で追い込みの現場では、現場事務所で泊まる事も珍しくはない。
寝に帰る様なもので、5時間寝られれば良い方だ。
土曜日と祝日は平日と同じ扱いで日曜日しか休みはないが、その日曜日も現場の竣工が近付けば無くなる。
そうなると折角の休日も出掛ける気など失せる。
友人関係も希薄となる。
当然、交際してくれる女性などいる訳が無い。
『このままじゃダメだ』
そう自分に言い聞かせて転職したのが35歳の時だった。
転職先は地元のリフォーム会社。完全週休二日制で、勤務時間は8時半から5時半まで、途中に1時間の昼休みがある。
『個人住宅のリフォームなら遅くまでやらないだろうし、会社も地元で優良企業で知られているから大丈夫だろう』
甘かった。
実際には、毎朝7時過ぎに会社に着き諸々の準備、7時半から打ち合わせが始まる。それが終わると工事を行う職人と電話で確認作業。
更に、事務所内の掃除をする。これは新入りが行うらしいが他の新入りが入らない為、解放される事はなかった。
朝礼が終わるのが8時半で、正式な業務開始となる。
ここまでの1時間以上も法律では時間外労働となるのだが、会社にその認識は無い。
リフォーム会社の施工管理、それは体の良い雑用係だ。
一件一件は工事としては大きくないので数多くこなさないとならないのだが、気が付くとこなしきれない量となる。
気を遣わないといけない相手も増えた。
客に対して営業やクレーム対応、ご機嫌取りまでやる。
「遂に都内に進出だ!」
入社して数年後に念願の都内進出を決め、会社が沸いた。事務所は豊島区池袋に決定した。
「営業は畑中と竹下、施工管理は長崎が行け!本社と同じく7時半から打ち合わせしろよ!」
ワンマン社長が言い放つ。これにより通勤時間が一気に増える。
「あの、今の定期があと2カ月残っていますが、払い戻して池袋までの定期を購入するって事で良いですか?」
英二はワンマン社長に恐る恐る切り出した。
「定期は半年で買っているんだろ?あと2カ月じゃ幾らも払い戻しなんて無いだろ!」
ワンマン社長は高圧的に大きな声で早口で言う。
「それじゃあ、池袋までの定期を新規で購入します」
「買えば良いだろ。お前の金で!」
「えっ?」
絶句した。社長は冗談を言っている雰囲気ではない。
「お前は半年の定期が切れるのが2カ月後だろ、という事は会社がお前に交通費を出すのは2カ月後だ」
「それでは池袋勤務は2カ月後からですか?」
「何をバカな事を言っている!来週からだ!」
「それじゃあ2カ月後までの交通費はどうすれば良いのですか?」
「自分で出せば良いだろ!」
社長は威圧的に、さも当然と言わんばかりに言う。
「交通費くらい何だ。お前みたいなクズでも雇ってやってるんだ。ありがたく思え!」
もう限界だった。
「辞めさせて頂きます」
今、突然思い付いた事ではない。以前から抱いていた思いを告げてみた。もうこんな生活はたくさんだ!
次の就職先など決まっていない。しかしこのタイミングを逃す訳にはいかなかった。
「はぁ、何言ってんだ!お前みたいなクズを雇ってやっている恩を忘れたのか?」
社長は更に不機嫌になり、マシンガンの如く早口で罵声を浴びせる。
「お前みたいなどうしようにないバカを一端の人間にしようとしてやってんだろ?」
「枯れ木も山の賑わい、お前みたいな出来損ないでも居なきゃ皆の仕事が増えるのが理解出来ないのか?そのクズ頭は!」
「只でさえ忙しいのに、皆を困らせるか!皆に迷惑掛けるのがそんなに楽しいか!本当に人間のクズだな!」
社長の口からは、次々と罵声が止め処なく出てくるが、黙ってそれを浴び続けるしか出来ない。
高圧的な態度を取り、恐怖で支配して社員を辞め難くする、まさにブラック企業の常套手段。
パワハラや過労死で自殺するニュースが有ると、辞めれば良いのに。という意見がある。
しかし、当の本人にはその選択肢は無い。
ドメスティックバイオレンス被害者にも言える事だが、支配された人間は本当に逃げられない。
それが、人を追い込むという事だ。
「お前、多少は使える奴になりたいだろ!なりたいだろ!してやるよ!どうなんだ?してやるよ!仕事させてやるよ!仕事したいだろ!どうなんだ!仕事したいだろ!させやるよ!」
「は、はい」
大声で威圧的に言われ続けて遂に陥落した。
早くこの場から逃げたい。その一心だった。
池袋駅で階段を転げ落ちるのはこの2カ月後、交通費の支給が始まる直前であった。
リフォーム業については一部実話を元にしていますが、
全ての建設業、リフォーム業がブラック企業ではありません。