お名前の 由来なんぞは 秘密です
「お客様、お気持ちはありがたいのですが、多過ぎます!」
妹のウエイトレスは、大きな瞳を更に大きくして恐縮している。
「材料も使い切ったし、本当に何も作れなくなったよ」
「いいえ、頂けません!情けない話ですが、金貨を頂いてもお釣りがありません」
案外、妹も頑固そうだ。
「貰っておきなさい。出した物を引っ込ませるなんて、この方の顔を潰す気?」
「姉さん!」
姉が皿を持って厨房から出てきた。その表情は嘘の様に朗らかになっている。
「乾杯!」
結局、3分くらいの姉妹の言い合いは有ったが、借り切った!
そして、俺の要望で2人も一緒に食事をする事になった。
「私はクロエ!22歳」
「妹のクレアです。19歳です」
顔はそっくりだけど、3つ離れていたんだ。
妹のクレアは背が高くてグラマー、姉のクロエは女性としては平均的な体つきに見える。
「僕はリック、24歳で見聞を広める為の旅をしています」
「エイジ・ナガサキ、40歳。旅の外国人だ」
「えーと、私は、わたし…。うっ、うっ」
一生懸命に真似して名乗ろうとするが、出来ない事がもどかしいのだろう。今にも泣き出しそうだ。
「リック、この子の記憶が戻るまでの名前を俺達では付けないか?」
「良い考えです!エイジが名付けて下さい」
「俺?」
「ええ、年長者が付ける物ですよ」
リックがさらりと言うが、本当にそうなのか?
「エイジ、名前付けて」
ああ、純真な瞳で見つめられるとプレッシャー半端ない。
桃から出たら桃太郎!鏡台から出てきた女の子は鏡子?それは違うだろ!
鏡、ミラー。
「今からお前の名前は、ミラだ!」
「ミラ?」
「そうだ。ミラだ。どうだ、気に入ったか?」
「うん!」
「私はミラ!」
「エイジ、由来は何です?」
喜び燥ぐミラを見て、笑みを浮かべてリックが聞いてきた。
「えっ、由来?」
「はい」
「あ、あれだよ!美しくて楽しいって事だよ!」
本当の由来なんか言える訳がない!安直な名前で申し訳ない。あんなに喜んでくれると、良心が痛む。
「ねぇ、どんな事情なの?」
「姉さん、あまり聞いたら失礼よ」
不思議そうに聞いてきたクロエを、クレアが制止する。
「いや、構わない」
俺が答えると、リックが続く。
「エイジと僕は盗賊の被害に遭っている村から依頼されて、盗賊のアジトを急襲したんだ。攫われた子供たちも保護したけど、このミラは記憶を失っている様だから親を探しているんだ」
多少の脚色は有るが、隠すべき所は隠して説明した。やるな、リック!
天ぷらは好評で、皆が舌鼓を打ったが、ミラだけはレモン汁が酸っぱいので塩だけで食べていた。
辛い、酸っぱい、苦いという味は本来は腐っている物や刺激物などの害の有る物の味。
子供は身を守る為に味覚が鋭敏で、大人が辛い物、酸っぱい物、苦い物を食べられるのは、身体が成長して抵抗力が付き、味覚が鋭敏である必要がなくなった事が理由らしい。
でも、実は俺は天つゆ派。無いのが残念だけど。
「さっき魔物がどうのって言っていたけど、何が有った?」
姉妹に聞いてみる。
「エイジさん、後で私たちと飲み直さない?」
クロエが飲みに誘ってきた!
「ミラちゃんも眠そうですし」
クレアの言葉の裏を返せば、子供には聞かせられない話が有るという事か。
「分かった。すぐそこの宿屋だから、すぐに来る」
取り敢えず、その場はお開きとなった。
徒歩で1分の宿屋に戻ると、ミラはバタンキューと寝てしまった!
いくらなんでも早いだろ!
「リック、行くか!」
「僕はミラを見ています。夜中に起きて誰も居ないと不安でしょうから」
「それじゃ、俺が1人で行ってくる!先に寝ていてくれ」
「そうさせて頂きます。お気を付けて」
宿屋の外に出ると、何やら轟音がする!距離は有る様だが、逆に言えば、近くだとかなりの迫力に違いない!
音の方を見ると、小さな光が下から上に上がっている。あれはファイヤーボール?
そして、そのファイヤーボールが無惨に跳ね返されているのも見える!
この町では何が起こっているんだ?




