アベニール 今日でお別れ 皆集合
馬車だと10日以上も掛かるのに身体強化したワイバーンなら数時間で着くのだから本当に便利だな。
「着陸します」
アンドレイの御するワイバーンはアベニールの城門のすぐ外に着陸する。ここからは歩いての移動だ。
門は顔パスだから難無く通過すると後はクレアの所へと急ぐ。急ぐには訳が有るのだ。
「お帰りなさい。本当に今回は早かったわね」
「クレア!」
クレアの顔を見た途端に何かテンションが上がる!
「他に誰も居ないのか?」
「ええ。姉さんはハルさんとアーロンの散歩に行ってくれているし」
「そうか、それじゃ」
「きゃっ、ちょっと!」
ステラの事から気持ちを切り替える訳じゃないが、自分が愛して結ばれたのはこのクレアなんだと確認したかったのかも知れない。
ステラと別れて気持ちが落ち着くと、途端にクレアを抱きたい衝動に駆られてどうしようもなかった。
「もう、どうしたの? 日も高いのに」
下着を直しながらクレアが言った。
押し倒す様にクレアの身体を求めて2回目が終わった。大して文句を言わないのは、2回目はクレアの方から求めて来たからだろう。
「そうそう、姉さんと話したけど」
「クロエとか。何だって?」
「姉さんもスティードに行くって言っていたわ。だけどお店の事とかが有るからすぐには行けないわ。それに私もだけど偶には両親のお墓参りはしたいの」
「判った。出来る様にする」
そうだ、これを期にディラークもスティードも道路網を整備しよう!
何か魔法を駆使した新幹線的な物も面白いかも知れない。開発は試行錯誤だろうが、やり甲斐は有る。
「ただいま」
程なくアーロンを散歩に連れて行ってくれていたクロエとハルが戻って来た。詳しい話をしてみるか。
「クロエ、クレアから聞いたけどスティードに来てくれるんだって?」
「ええ。でもこのお店をどうしようかを考えないとね。お陰様で売り上げ好調で規模も大きくなって弟子も増えたわ。私が居なくてもやっていけると思うけど」
このレストランを弟子の誰かに譲るかどうするか?
それはクロエの気の済む様に考えれば良いどうしよう思う。
「クロエ、俺とクレアとアーロンは先にスティードに行く。決まったら来てくれ」
「なぁエイジさん、俺はそれまで残ってクロエさんの護衛をしたいんだけど」
クロエと話しているのに割って入って来たのはハルだ。ハルがクロエの護衛?
「おいハル、お前はスティード王国近衛師団のトップだぞ」
「でもエイジさんは俺が守る必要が無いでしょ」
確かに。
「クロエさんの料理って美味いんだ。暫く食べていたい」
「あんなに食べっぷりの良い人は初めてよ! ちょっとハルさん、暫くじゃなくてずっとでしょ!」
「そうだな。ハッハッハッ!」
見つめ合う2人が何だかいい感じになって来ている!
料理人と大食漢、案外いい組み合わせかも。
その夜は俺達の旅立ちを祝して皆が集まってくれた。
市長とその息子で俺の弟子のロン、俺が初めて受けた公共事業を共に取り組んだリーチさん夫妻、盗賊被害者でクレアが読み書きを教えていた娘達、ドワーフに憧れていた普通の人間のエセドワーフ達、それぞれと話し込み思い出話に花を咲かせる。
「お世話になりました。お陰で領都以上に発展した町になりました」
市長の言っている事は社交辞令ではなくて事実なのだ。他所からも人が集まるから市の収入がえらい事になっているそうだ。
「先生、ありがとうございました。先生の弟子になれなければ僕は未だに浮草の様な生活していたに違いありません」
才能の無いテイマーとして俺と対戦したロン。弟子になって気が付いた。
戦闘に関する才能は無いが根は実直だ。それに地頭も悪くない様なので事務仕事が合うと思い野菜工場を任せてみたら大成功!
「先生、実は結婚する事になりました。おい!」
ロンに呼ばれて前に出て来たのはクレアが読み書きを教えていた娘の1人だ。野菜工場の事務員に採用されたと聞いていたが、職場結婚するのか!
よかったなぁ、2人とも!
「エイジさん、後はくたばって死ぬしかなかった私にもう一花咲かせる機会を頂きまして、ありがとうございました」
「何を言っているんですか、リーチさん。俺だけじゃ仕上げられませんでした。リーチさんが用意してくれた作業員と奥さんの事務仕事のお陰ですよ!」
初めて請け負った公共事業、堀と土塁の建設はゴーレムを大いに活用したけど仕上げは職人の手が必要だ。この町で人脈が無い当時の俺だけじゃ何時までも完成しなかった。
ベンの頼みで渋々組んだリーチさんとはお互いの無い物を補い合う良好な関係を築けた。
「遅くなって申し訳ございません」
宴も酣となった所で入って来たのはその副市長のベンだ。
出会いは最悪だった。魔物に殺された弟の仇を討とうとして出しゃばった結果として、俺の魔物征伐を邪魔したんだよな。
あの時は何時もクールなリックがブチ切れたから俺はそっちにビックリしたぞ。
その後は何かと力になってくれたな。彼もまた実直で熱い漢と言える。
「本来でしたら敬称を改めるべきなのでしょうが、敢えてこう呼ばせて頂きます。エイジ殿、ありがとうございました!」
「ベン、ありがとう。と言いたい所だが頼みが有る」
「頼み?」
「単刀直入に言う。スティードに来てくれ!」
「えっ、私が?」
「ぽっと出の国王には信頼できる人間が少ないんだ」
宰相にはマキシムが適任だが、あとの俺の手駒はアンドレイ以外は基本的に脳筋だ。実直に職務を熟す人材が欲しい。
「お言葉は嬉しいのですが私は…」
予想はしていたが、こうなったか。ベンらしいけれど。
「行ってこい!」
ベンの返事を遮って突然低い声で言い放ったのは市長だった。
「お前は本音では、行きたいと思っただろう!」
「ですが市長、私は副市長としての職務を放棄して行く訳には」
「そんな浮ついた気持ちのままで職務に当たる副市長は居るだけ迷惑。お前はクビだ!」
「市長」
「この男の仕事振りはご存知の通りです。後はよろしくお願いします」
市長は俺に寄って来て丁寧に挨拶すると一足早く店を後にした。
バタンとドアが閉まるとベンは深呼吸をして俺に向き直った。
「クビになりました。職を探さないと」
「ならお前向きの転職先を紹介する。勤務地は遠いから転居が必要だけどな」
ベンの話し方は棒読みだが、市長が折角くれたチャンスだ、活かさない手はない。
「お世話になります!」
ベンは俺の望んでいた台詞を言ってくれた。今度は棒読みではない。
明日、俺はスティードに帰還する。
アベニール、色々有った町だけど、これでこの町ともお別れだ。




