夕食時 空いてる店は ヤバイ店
「貴方は誰?」
「俺はエイジだ。エイジ・ナガサキ」
「エイジ?」
「そう!エイジだ。鏡が割れて危ないから、こっちにおいで!」
俺はまだ少女とも言えない様な女の子を、割れた鏡の破片を踏まない様に抱き抱える。
見るからに、小学校の低学年くらいではないだろうか。その身も細いが、声もか細い。
更に、寒くないとは言え随分と薄着だ。
「寒くないかい?」
「寒くない」
リックが優しく聞いても、素っ気ない返事をする。
「僕はリック、君の名前は?」
「名前?」
「そう、名前は?歳はいくつ?そして、何故あそこに居たんだい?」
口調は優しいが、リックは要点を鋭く聞いてくる。
「分からない。何も分からない」
女の子は目の焦点が定まっていないかの様な表情で、何の感情も無く呟く。
「まぁ、そのくらいにしておこう。この子も俺達も混乱している」
「はい」
「リック、鏡の破片からは魔力を感じるか?」
「いえ、全く」
「この子からは?」
「感じます。魔力の出所はこの子で間違いありません」
「分かった。取り敢えず、この子を連れてここを離れよう!」
「そうしましょう。でも、どうして鏡の裏になんか居たのでしょうか?」
「盗賊から隠れる為じゃないかな」
言っていて自分でも疑問を感じる。親とかが咄嗟に隠したにしては、不自然だ。あの鏡は取り外しが出来ない造りだった。子供を咄嗟に隠すには不可能だと思うのだが。
考えるのは後回し!その子を馬車に乗せ、家具屋から離れる。早いとこ宿屋を探さなければ、今晩泊まる所がない。
積荷の残りは明日売ろう!それに、この子も然るべき所に連れて行かなければ。
アビリールはそれなりに栄えている町だ。宿屋はすぐに見付かった。
「大人2人と子供1人」
「それなら小銀貨3枚だね」
宿屋の愛想の良い女将が和やかに値段を告げる。
「前払いします」
俺が金貨を出そうとするのを制して、リックが支払いを済ませる。金貨はそう簡単には出すなということか。
「朝食は出すけど、夕食は出ないよ。周りに美味い店が有るから、そっちで食べておくれ!」
「お薦めは?」
「ここを出て、左に行くとすぐの店が評判だよ」
その店はすぐに見付かった。かなり賑わっているから、すぐに分かる。
「混んでますね」
「それだけ美味いのだろう」
「お腹空いた」
俺達は店に入ると、空いている席を探すが3人分の席は無かった。
「他の店にしよう」
そう言って周囲を見渡すと、空いていそうなレストランを見つけた!
「この時間に空いている事が不安だけど、空いているから料理は早く出て来るだろう!今は腹を早く満たす事が最優先!」
言い聞かせる様にリックに言って店に入ると、客は俺達だけだった!
歩を進める事を躊躇する。空いていそうとは思ったが、流石に俺達だけだと気が引ける。ヤバイ店だったか!
「お腹空いた!」
子供は無邪気だ。羨ましい!
「リック、まぁこういう体験も大事だと思わないか?」
「僕は構いませんよ!何が食べられるのか、期待しています。僕の旅の目的は、経験を積む事ですから」
こんな店を選んだのにリックが爽やかに笑みを浮かべてくれるから、救われた様な、申し訳ない様な気分だ。
「いらっしゃいませ!」
長い黒髪を後ろで1つに結んでいるウエイトレスが出て来た。
長身でありながら小顔で整った顔立ち、くりっとした瞳が印象的な二十歳前後に見えるチャーミングな女性だ。
「どうぞこちらのお席へ!」
促されて座って改めて店内を見渡すと清潔感が有り、好感が持てる。そんなにヤバそうには見えない。
「姉さん!お客様よ!」
ウエイトレスが厨房に声を掛けると、ウエイトレスにそっくりな顔立ちで、調理服に身を包む黒髪をショートカットにした女性が出て来る。
「いらっしゃい。だけど、他の店に行った方が良い」
えっ!綺麗だけど、気難しいタイプ?
彼女がヤバイ店の原因?




