魔導書が なぜ日本語で 書いてある?
「早く歩け!」
俺は2人の村人に農機具を背中に突き付けられて渋々歩く。
「あんたらはここの村人か?」
「それがどうした!」
「早く歩け!」
村人は口調からして余裕が感じられない。こんな事に慣れていないのだろう。
「ソフィが村長の娘って言ってたが、村長ってどんな人なの?」
「お前には関係ないだろ!」
「早く歩け!」
九官鳥か!この村人Bは!
未だに混乱している身としては村人との会話から少しでも情報を得たい所だ。
「なぁ、ソフィはあんなカールに頼らざるを得ないなんて他の男達はどうしたんだ?」
「盗賊が今更何を言っている!戦争で若い者は兵隊に取られて、残っているのは女子供とジジイだけなのを分かって狙っているのだろう!」
振り返ってよく見ると確かに爺さんだ。
「カールは領主様の御家来衆が村の男達を連れて行く時に逃げてたんだ。だからカール達は残るは、この村は領主様に目を付けられるはで困ったもんだ」
まだ確認する事がある。ここが本当に異世界なのかどうなのか?
基準としては、魔法等の特殊能力を持った人がいるか、魔物がいたら異世界である。
だが、魔法云々を気軽に口にする訳にもいかない。もし魔法がなければ変な人となってしまうからな。
「戦いでの特殊能力は誰か持ってないのか?例えば火とか水とかが使えるとか。それがあれば」
「村長が少し水の魔法を使えるくらいだな」
「おいっ!」
「いけね」
村長が水の魔法の使い手である事を教えてくれた村人は慌てて手で口を押さえる。
やはり異世界なのか!
毎日帰宅は深夜だ。寝る支度をしながら深夜アニメを見ていたから馴染みは有るが、本当に異世界?
「ここだ!入れ!」
「ここに入るのか?」
村人は見るからにボロい小屋の戸を開けた。恐らくは使われなくなった倉庫だったのであろう。中は意外に広い。
「誰か来たのですか?」
中から男の声がした。声の感じは若いながらも品を感じる。
「盗賊の手下同士を同じ所に入れたくはないが、ここしか無いから仕方ねえ!大人しくしろよ!」
「早く入れ!」
「お互い災難でしたね」
長い金髪の若い男はフレンドリーに声を掛けてきた。声も見た目もイケメンそのもの!
おまけに気が利く。こういう時の沈黙は気まずいから、話し掛けてくれてありがたいと心底思った。。
「君はいつから此処に入っているんだ?」
そんな彼に対し俺は何とか年上として、らしく振る舞おうとしていた。
「夕方からです。夜に山に入るのは危険だから宿屋を探してただけなのに。貴方は?」
「信じてもらえないと思うが、気が付いたらこの村にいた。たまたま村長の娘を助けたんだが、これさ!」
俺は理不尽にもこんな所に追いやられたという思いを込めて、足元を指差した。
「リックです。リック・レイス。22歳です。貴方は?」
「エイジだ。エイジ・ナガサキ。40歳。君は若いのにしっかりしているな!」
「ありがとうございます。ところでエイジは随分と変わった格好ですね」
俺のスーツにネクタイでコートを羽織る姿はこの世界では無いのだろう。リックは物珍しげにエイジを見ている。
この万国共通とも言える格好がこの扱いなのだから、やはり異世界だと実感する。
格好の事が話題上がったので俺はまざまざとリックと名乗った若者をよく見る。アニメに出てくる冒険者というか、旅人の様な格好をしている。
こんな場所には似合わない爽やかな青年だ。
その品位の有る態度、スラリとした姿格好、若さ、全てが42歳で社畜人生を送ってきた俺には眩しく見える。
俺とは正反対だ。このリックみたいな奴がソフィと釣り合うんだろうな。
気が付くと俺は羨望と自己嫌悪の入り混ざった複雑な思いでリックを見ていた。
さて、気を取り直して会話を再開させる。
「外国から来たんだ。自分の意志とは無関係に気が付いたら此処にいたんだ。だから何も知らないんだ。こんな事、信じてもらえるかな?」
「よく分からないけど、信じますよ!嘘吐きには見えませんよ、エイジは」
ニコッと笑みを浮かべるリックを『こんなオッサンと2人の時まで爽やかじゃなくてもいいのに!』と思った。
「リックはどうしてこのソマキの村に来たんだ?」
「実は子供に勉強を教えているのですが、自分自身がこの国の事を意外と分かっていない事を痛感しました。だから旅をしているのです。もっと国の事を知りたいと思って」
旅の理由まで爽やかなこのイケメン。これまでの俺には間違っても接点が無かったタイプの人間だ。
「勉強って、何を教えているの?」
「魔法についてです。こう見えても王宮魔術師の端くれですから」
「本当か?」
「ええ」
五里霧中であったが深い霧が晴れていく気がした。勿論、分からない事はまだまだ有るが!魔法については心強い味方となり得る存在だろう。
「リック、魔法について教えてくれないか?」
「僕ごときで宜しければ」
リックはかしこまって答えると、徐に鞄の中を漁る。何かを見せたいようだ。
「外国人のエイジの方がこの魔導書を読めるかもしれませんね」
「魔導書?」
「エイジは外国人だから知らないと思いますが、我が国の偉大なる伝説の大魔道士が書いた魔導書の写本を、王宮魔術師は義務として、旅をする時には肌身離す持ち歩きます」
「魔導書の写本?そんなに大事な物を俺に見せても良いのか?」
「はい。エイジが読めたら良いのですが」
「どういう事?」
「この魔導書は誰も読めない文字で書かれています。ですから王宮魔術師でも誰一人として理解不能です。ですから、読める人間を探す為に旅をする時には持ち歩きます」
「そんなの俺が見たって読める訳が」
「読める」
「えっ!」
リックはイケメンらしからぬ驚愕の仕方だ。
一方の俺は驚くというより、呆気に取られた、
「この魔導書、日本語で書かれている」
「何が書いてあるのですか?教えて下さい!」
「慌てるな!まだ1ページも読んでない!」
爽やかさが何処かに行ってしまったのか、必死に食らい付いてくるリックを何とかなだめる。
気持ちは分かるが、翻訳はしない方が良いのかもしれない。何故なら、(現地の人に頼まれても、翻訳禁止でお願いします)と最初に書いてある!
「まずは内容を精査したい」
そう言ってリックの許可を得て、書き写させてもらう事にした。仕事用の手帳は魔法についての記載で埋まっていった。
「エイジ、夜も更けたしそろそろ寝ませんか?」
「そんな時間?」
少し恐縮して申し出たリックに対し、軽く驚く。
「さっき起きたばかりなんだよな」
異世界と日本では時差が存在するようだ。