アンドレイ 教えたがりな 奴だった
スティーブが纏う漆黒の鎧から出た黒い炎は、範囲こそ狭いが非常に高温の炎の様だ。
範囲の中にある物は確実に燃やし尽くしている。自分自身を除いて。
「あの実は私、あの炎の中に大変な忘れ物をしてしまいました」
俺の左腕の中のフローラが、バツが悪そうに切り出す。
「忘れ物? 何を忘れた?」
「はい。国王陛下です」
「なに!」
言われてみればすっかり忘れていた!
慌てて周囲を見渡すが、人影などは無い。その代わりにスティーブの足元には国王であったと推測される黒焦げの塊が転がっている。
「あああっ!」
それを見たリックからは何とも形容し難い声が漏れている。無理も無いか。
それに引き換えてフローラは声にこそ出さないが、「てへっ!」って笑って誤魔化しそうな勢いだ。これがこの美女の本性なのか?
「一応聞くけどスティーブ同様、国王も嫌いだったのか?」
「もちろんです!」
一点の曇りも無い表情で言い切った。国王であり、腹違いとは言え自分の兄を!
「リックは残念そうだが」
「即位後にお兄様とは和解した様です。それにお兄様はお優しいので」
まぁいい。兄弟の事情にこれ以上は立ち入らない様にしよう。したくもないし。
「おいアンドレイ、国王は焼け死んだ! 目的は果たしただろ。もうスティーブを開放しろ!」
「クククッ、国王は死にましたか。ですが先ほども言いましたが、スティーブ殿下は鎧に支配されております。私にはどうする事も出来ません。クククッ」
「鎧の支配を解くにはどうするんだ?」
「クククッ、答える義理が有るとお思いですか? カッカッカッ!」
アンドレイは誰憚る事なく高笑いした。やっぱりコイツはムカつく!
「クククッ、鎧を脱がせれば支配が解かれます。カッカッカッ!」
やっぱり答えてる。義理は無いとか言いながら。
それじゃ早速、鎧を脱がせるか。
「スティーブ、もう本懐は遂げただろ。その鎧を脱げ!」
「コトワル。シネ」
炎がより一層激しくなった! スティーブの感情とリンクしているのか。でも一応、さっきよりかは会話になっている。
「クククッ、スティーブ殿下は鎧にとってはこの上ない傀儡です。手放す道理は有りませんね、鎧が」
「つまりは鎧が意思を持ってスティーブの意識を支配していると?」
「御名答。どうにかして強制的に脱がせるか、手足を切断してでも動けなくするかですね。スティーブ殿下が死体になっても残留思念で暫くはこの状態でしょうから」
なんだかんだで良く教えてくれるな。
「後は可能性は低いのですけれど、御自分から脱ぐように促す事ですね。1度着けたら2度と脱げない訳ではございませんから。カッカッカッ!」
一呼吸置いてから、アンドレイは思い出した様に高笑いををした。案外、悪い奴ではないのかも知れない。
「もう一つ聞きたい。この炎は水や土を掛けて消えるのか?」
「答える義理は無いと言いましたが。クククッ、この炎はスティーブ殿下の思いから出ています。消えるも燃え続けるもスティーブ殿下の御心一つですね。カッカッカッ!」
「国王は殺したじゃないか。もう十分な筈だ」
「まだ満たされていない様です。クククッ」
とんだ欲しがりだな。
「これ以上、何を望むんだ?」
「私には判りかねます。御本人にお尋ねになられては?」
スティーブの欲求を果たしてやれば良いみたいだが、果たしてあの状態のスティーブと会話が成立するだろうか?
炎に注意しつつ、声が届く所まで近付いてみた。
「兄である国王はもう死んだ。もう望みは叶った筈だ。十分でしょう?」
「マダダ!」
会話が成立した!発する言葉はたどたどしいけれども。
「これ以上何を望む?」
「………」
何だかスティーブの様子がおかしい。
黒い炎の中で漆黒の鎧を纏いながら、身体をくねらせては時々こっちをチラッと見る。さっきからこの動作の繰り返しだ。
「どうかしたのか?」
「………ガスキダ」
聞き取れなかった。何かが好きなのか?
「もう1度ハッキリと言ってくれ」
「イモウト、フローラガスキダ」
「えっ?」
驚きの声を上げたのは当然ながらフローラだ。
フローラはむしろスティーブは嫌いだし、それに腹違いとは言え兄と妹はマズイだろ!
「オマエ、ナニヲカンガエテイル」
「いや、何って」
兄妹での禁止事項を考えていたのだが。
「オマエ、フケツダ」
不潔だと?
「そう言うお前はフローラをどうかしたいんだ?」
「オレハタダ、「お兄ちゃん」トヨバレタイダケダ」
まさか本当にフローラに「お兄ちゃん」って呼ばれたくてこんな事になっているのか?
「ですがスティーブお兄様は」
「チガウ! 「お兄ちゃん」トヨベ」
「えっ、「お兄ちゃん」ですか?」
「ヨベ。ヨンデクレ。ヨンデクダサイ」
コイツは一体なんなんだ!
「アア、イッテシマッタ。ハズカシイ。カオカラヒガデソウダ」
いや、周りが火の海だよ!




