フローラよ 俺に素直に 守られろ
「さてと、何か色々と話たがっていたよな?」
インフェルヌスという魔物を失った今、アンドレイを守る物は何も無い。
そんなアンドレイにバナザードの切っ先を向けながら距離を詰める。コイツには色々と事情聴取が必要だ。
「この世界に混乱をもたらし、我ら魔族の世界にしようとしましたが残念ながら及ばなかった様です」
魔族?
今、魔族って言ったよな? 不敵な笑みを浮かべながら。
本当に魔族なのか? 只の気色悪い中年じゃなかったの?
でもこの口振りからして、どうやら諦めて引いてくれるみたいだ。魔族って厄介そうだから本音言うと助かる。
「しかし、只では引きませんよ!」
いや、引いてくれ。追撃はしないから!
「エイジ、彼は何かを企んでいる様です」
リックよ、それは言われなくても感じている。アンドレイの狙いは何でもいい。ここではない何処かへ行ってくれ!
「エイッ、ヤーッ!」
アンドレイと対峙しているが、澄みきった美声と無粋な金属音がやけに響く。次兄のスティーブから国王を守っているフローラの声と、その兄妹が剣を合わせる音だ。
今までも響いていたのだろうが、何故か急に気になって仕方がない。
「フッ、負けっぱなしは御免被りたいので、国王のお命は頂戴して参ります」
その瞬間、アンドレイのニヤける表情を見て身体が自然動いた。
コイツはスティーブをどうにかしてしまうに違いない。そうなれば、スティーブと交戦しているフローラが危ない!
「手出しは無用です!」
「今は勝負云々言っている場合じゃないだろ!」
フローラに加勢を拒否されるが、それで遠慮なんかはしていられない!
この辺り、包み込む様に魔力が高まっているぞ!
何となくだが、俺もそんな事が判る様になったんだな。
「コロス、コロス」
この魔力からして結構ヤバ目なのに、漆黒の鎧兜に身を包んだスティーブは相変わらず感情も無くこの台詞を繰り返し続ける。九官鳥でも、もっとボキャブラリー多いだろ!
まさかスティーブもアンドレイに操られているのか?
「おいアンドレイ、まさかスティーブも?」
「いえいえ。そちらは私ではなく、その鎧に操られております。尤もその鎧は、私からの細やかな献上品ですけれどもね」
結局はお前が原因か!
「そちらの鎧は身に付けたが最後。鎧に精神を支配され、己の欲望のままに動きます。どうやら兄君を亡き者とし、王位に就きたかった様ですね。微笑ましいではありませんか」
どこがだ!
微笑ましいなんてとんでもない。鎧に精神を乗っ取られているから、思考が全く感じられない言動なのか。
「後は俺に任せてくれ。事情が事情とは言え、兄妹で剣を交えるなんて辛かったろ」
フローラ相手に、結構クールに決めてみた。いつ如何なる時でも美女の前ではカッコつけるのが男の本能ってやつだ。
「いえ。全く!」
「えっ?」
「兄妹とは言っても腹違いですし、私とリックは離宮で育ちましたので他の兄弟とは数える程しか会った事がございません」
あら、そうでしたか。
「偶に顔を合わせましても、子爵家の出であるお母様の事を悪く言うので憎く思っておりました。今日は待ちに待った千載一遇のチャンスなのです! もはや兄ではございません。私に是非、この陛下に刃向かう痴れ者を討ち取らせて下さい!」
あら~、綺麗なお顔に似合わないお言葉。
「気持ちは判った。でも残念。あの魔族のおじさんが何かを仕掛けるみたいだ」
スティーブ周辺の魔力が高まり、空気が振動してビリビリしている。これはいよいよヤバい!
「なっ、何を!」
有無を言わせずフローラを左腕一本で抱え込む!
「おとなしく俺に守られろ!」
「あ、あの、お離し下さい」
「そうはいかない。俺が絶対に守り抜く!」
「えっ、私を守ると仰られましたか?」
「ああ。俺が守る。それまで俺の腕の中で事の推移を見守っていてくれ!」
美女だから照れるとかなんて言ってられない!
左腕でフローラを無遠慮に抱き寄せると、右手で結界を張る!
フローラが急におとなしい、と言うよりも何だかモジモジしている。
「はい。よろしくお願いします」
かと思うと、蚊の鳴くような声でボソリとそれだけ呟いてそれっきり黙り込んでしまった。
「来るぞ!」
その直後、スティーブの纏う漆黒の鎧がメラメラと燃え出した!
この炎、よく見れば黒い? 黒い炎だ!
「シネ、シネ」
スティーブの鎧から出た黒い炎は大理石の床にも燃え広がっている。不燃材をも燃やす炎って、何なんだよ!
自然とフローラを抱く腕に力が入っていった。




