近衛兵 一世一代 見せ場来た
抜け道に響く悲鳴の主の元へと俺たちは急ぐ。
脱出用の抜け道なので狭いのかとも思ったが、中は意外と広く壁も天井も石造りとなっていた。これは崩れる事を防止する為だろう。
この調子で行けるのかと思いきや、少し進んだだけで道が別れている。これではどっちから聞こえたのか分からないな。
「ここは右ですね」
さも当然!とでも言うかの様にリックは言い切って先に進む。
「判るのか?」
「エイジ、この抜け道は基本的に王宮から出口に向かって下り勾配になっています。ですから王宮は登っているこちらと言う事になります」
「なるほどな」
「更に言わせて頂ければ、入口も出口も複数在ります。僕たちが入った所は比較的近い出口ですね」
「なぁリック、なんでそんな近い所に出口が在るんだ?」
抜け道の出口なんて離れていた方が良いだろう。
「王宮に敵が訪れ、王宮魔術師団が遅れて来た場合、王宮魔術師団はあの場所に陣を敷く事になっています。出口が遠いと安全か判りませんからね。最悪の事態は選択肢が多い方が良いでしょう。」
確かにな。出たは良いけれど、出口付近に敵が居ては意味無いからな。
それなら近くても王宮魔術師団が居る可能性が有る場所の方が安全かも知れない。
「もうすぐ着きま」
「誰か居るのですか?」
リックの声を掻き消す様に女性の声が響いて来る。声の様子からしてかなり焦っている様だ。
「王宮魔術師のリッ」
「まあ、王宮魔術師?」
再びリックの声が掻き消された。焦っているのは理解したけど、人が名乗るのくらいは待てないのか?
俺は昼白色のLED電球をイメージした光の球をその声の方へと向かわせる。
まるで怪談の火の玉の様にゆっくりと光の球は声の主の方へと向かい、そして照らしだした。
「何だお前たちは?」
リックが怒気を含んだ声でお前たち呼ばわりしたのは、俺より年上じゃないかと思うメイドが2人だった。
「ここは王族が使う抜け道だぞ!何故メイドのお前たちが主を差し置いて抜け道で逃げようとしている?」
「お許し下さい!」
「私らだって命は惜しいのです!」
別に彼女達は訓練された騎士ではない。非常時に命を賭して戦えとも言える訳も無い。それはリックも理解していると思うが、今は彼も心に余裕が無い様だ。
「悲鳴を上げていた理由は?」
「様々な事に驚いただけです」
「申し訳ごさまいません」
どうやらリックと話して落ち着きを取り戻した様だ。
「お前たち、下手に進むな。ここで待機してくれ。そして万が一にも陛下がいらっしゃったら、お手伝いをしてくれ!」
「畏まりました!」
そう答えた彼女達をその場に残して俺たちは彼女達が使った入口に向かった。そこは開きっぱなしになっている筈だからだ。
「エイジ、あそこですね」
前方に僅かな隙間から光が漏れている。あれがそうか。
周囲に伯爵軍の兵士が居るのか、かなり騒がしい事も理解出来た。
「リック、どうやら乱戦になっている様だな」
「はい。王宮に残っているのは僅かな近衛兵だけです。兵力差を考慮すればもう限界でしょう」
王国の正規軍は南のランバート王国への対応と、北のスティード王国の侵攻に備えて出払っている。
特に北のスティード王国対策では近衛兵からも応援が行っているらしい。
残った近衛兵が何人居るのか知らないが、伯爵軍を上回る事はなさそうだ。
「エイジ、また負担を掛けてしまいますが」
「乗りかかった船だ。途中で投げ出す方が気持ち悪い!」
これは本心。成り行きでこうなったけど今更戻れないし!
「ありがとうございます。では、行きましょう!」
俺たちは勢い良く飛び出た!
抜け道の入口の1つは広間の隠し扉だったのか?
「リック、どっちが近衛兵でどっちが伯爵軍なんだ?」
どっちもそれなりにおめでたい格好をしている!
「鎧に赤が多い方が近衛兵です!」
「了解!」
そうとなれば狙い撃ちだ!
炎、氷、光、様々な属性魔法で次々と伯爵軍の兵士を沈黙させる。
「!」
近衛兵は鍔迫り合いの戦いを繰り広げていた相手が突然崩れ落ちたので驚いていたが、すぐに事態を飲み込んで味方の助太刀に向かう。
その間にリックは負傷者に治癒魔法を施す。
その繰り返しでこの広間の戦いでは伯爵軍は全滅した。
「陛下はご無事か?」
「判りません。我々が駆け付けた時には既に占拠されていました!」
治癒魔法を施しながらリックが負傷した近衛兵に聞き出すと、彼もまたなんとか答えようとしている。
「僕達は陛下の元へ向かう。お前達も自分の責務を果たせ!」
「はっ!」
近衛兵に指示を出すリックはいつも以上にキリッとしている。近衛兵に頑張ってもらいたいのだろう。
俺達が間に合わなければここもどうなっていたか判らないからな。少ない戦力で大変だと思うけど、きっと近衛兵団結成以来の滅多にない見せ場だ、頑張ってくれ近衛兵!




