出発前 魔物の一報 舞い込んだ
娼館を後にした俺は、日も暮れて賑わい出す花街を尻目にトボトボと足取り重く代官所へと向かう。
ゲイリーが14人で俺が8人、この娼館の支払いは代官所が持ってくれるそうなのでそれは良かったが、本来の目的であるゲイリーの身柄の拘束は出来なかったから格好付かない。
でも何か妙な雰囲気を持つ奴だったなあ。
それに話に聞いていたりよりもしっかりした考えを持っている様だった。
公爵一派のしている事に正義が有るとは思えないが、ゲイリーの考えはジックリと聞く価値が有る気がする。
気が進まない分、時間が掛かったが代官所に何とか到着する。そこではアルフレッドが待ち構えていた。
「ゲイリー殿下はどうされました?」
「申し訳ない。目を離した隙に煙の様に消えてしまった」
代官所ではアルフレッドに事の顛末報告すべきなのかも知れないが、一緒にサウナに入っていた事は言いたくないな。
そして誘われた事はもっと言いたくない!
「そうですか」
残念そうに言うものの、アルフレッドは何処か安心したかの様な表情を浮かべる。
「何か思う所でも?」
「実は、エイッさんがゲイリー殿下をお連れした場合の対応に頭は痛めていたんだ」
「アルさん、それはゲイリーの扱いについてか?」
本音を吐き出したアルフレッドは渋い顔の口元を緩めて頷いた。
「露骨に監禁する訳にはいかないし、余り自由にさせるのも」
そりゃそうだな。王族は取り扱い注意だ。
アルフレッドにとっては厄介払いが出来てホッとしているのだろう。
「そう言えばジョブはどうした?」
「海軍の宿舎に向かいました。王宮魔術師様にお渡しする物が有るとかで」
俺がリックに渡す様に頼んだプチゴーレムか。
ゲイリーに付いて行った場合を想定して作ったが要らなかったな。悪い事をした。
「リックはその内に帰るだろう。なぁアルさん、いい機会だから率直に聞きたいのだけど良いかな?」
「何でも」
「これから俺はアルさんの弟と敵対する。場合によっては伯爵同様、命を奪うかも知れない。もしそうなったら俺を恨むか?」
「弟とは兄弟と言うよりも主従関係の様な間柄なんだ。だから昔からそこに兄弟愛など無いし、弟が信念を持って行動しているのなら何も言う事は無い」
「信念を持ってか。そうは感じないけどな」
勝手なイメージだが父であるエリクソン伯爵に引っ張られていて、本当に国の行く末を考えての行動とは思えない。
国家転覆なんてハイリスクハイリターンで成功すればデカいが、失敗すれば捕らえられて処刑されてもおかしくない。
それだけの信念とか覚悟が有るのか?
いや、多分だけど無いと思う。
トルーマン公爵の口車に親子揃って乗せられたとしか思えないんだよな。
とか考えているとリックが代官所に戻って来た。ジョブは一緒ではないから行き違えたのだろう。
「エイジ、お待たせしました。王国海軍は演習を中止して今夜中に王都に向けて出航します」
「そうか。それでリック、ゲイリーだけど」
俺は事の顛末をリックに告げた。もちろん隠すべき所は隠して。
「そうですか。仕方ありません。エイジから逃げるとはゲイリーもやりますね」
「済まない。そう言ってもらえると助かる」
「それでは僕達も王都に向けて出発しましょう!」
「えっ、これから?」
辺りはもうすっかり暮れているのですけど!
「今夜中にレイス子爵領に戻り、明日の朝に王都に出発しましょう。ミラとディックも既に屋敷に着いている筈ですから」
確かに国境近くの村で人々を癒す活動をしていたミラと、そのサポートをしているディックもいい加減に領都に着いている筈だな。
公爵一派が既に王都に入っていたらミラの治癒能力は必要だし、ディックも何かの役に立つだろう。
「さあ行きましょう、エイジ!」
ゲイリーの身柄拘束という目的を果たせなかった俺に拒否権は無かった。
しかし休む間も無く忙しいな。王宮魔術師って何気にブラック?
「一大事です!」
仕方なしに飛び立とうと準備していると、1人の兵士が叫びながら代官所に飛び込んで来た。
「突如海に巨大な魔物が!」
息も絶え絶えな兵士が絞り出したその言葉に戦慄する。
海の魔物?
「魔物は何だ?」
「暗くて判りません。しかし巨大である事は確かです」
「海軍は何をしている?」
「出航準備中です」
アルフレッドは魔物の種類、リックは海軍の事を聞いている。
「この暗がりの中では海軍も危ないかも知れません」
いや、普通に考えて無傷で済むとは思えない。
海の魔物って言う事は海中は奴の領域。陸上生物であるこちらに有利な事は無いと思われる。
そして夜だ。視覚に頼らない戦い方なんてした事が無いのだから、夜の海なんて圧倒的に不利に決まっている!
「ここはエイジの出番の様ですね」
拒否権が無いってツラい!




