ベンに会い 妻に会わずに 竜に乗る
ドンドンッ!
どの位寝られたのだろうか?
窓の外に目をやっても空はまだ明け切ってはいない。
昨夜はクロエの店『季節風』のテーブルで寝落ちしてしまった。
そんな俺をドアを激しくノックして起こすのは、何処の何奴だ!
「エイジ、起きて下さい、エイジ!」
リックか!
リックだって殆ど寝ていない筈なのにこんな早朝から一体何がどうしたって言うんだろ?
「リック、こんな早くにどうした?」
睡眠時間が足りてないのか、姿勢が悪かったせいなのか、まだ重い体をドアに向けて進ませる。
「エイジ、大変な事になりました」
「そんなに慌てて、どうしたって言うんだ?」
殆ど寝ていない事は丸分かりだ。疲れからかリックの折角のイケメンも3割引きになっている。
「落ち着いて聞いて下さい!」
「大丈夫だ」
落ち着けと言っているリックに、その言葉をそのまま返したい!
「市庁舎前の伯爵ですが先程、死亡が確認されました」
「なに! そんなバカな!」
昨晩の大地の牙は肛門こそ痛めたが生命に異常は無かった筈だ!
それに巨大ゴーレムと崩れ落ちても生き埋め状態から救出されても悪態を付いていた。
だから生命に別状は無いと判断したのに!
「最悪の事態になりました。ご存知の通り市庁舎前でゴーレムに掲げられて晒し者となっていましたが、そこを矢で射られました。格好の的になった様です」
伯爵からの解放を市民にアピールしたくて掲げさせたのに、それがこんな事になるなんて。
仮にも領主なのだからもっと警戒すべきだったか。恨みを持っている人間も多そうだったし。
クソ、色々と情報を聞き出さなければならなかったのに!
「犯人は確保しましたが、それが……」
「犯人がどうかしたのか?」
リックが口籠もっている。言い難い事なのか?
「リック、言ってくれ!」
聞く方も覚悟を決めなきゃならなさそうだな。
「犯人はこの店の従業員です」
「なに?」
「ハンナという女性従業員です。僕と副市長の判断で隠蔽工作をしていますがエイジも直ぐに来て下さい」
「判った。直ぐに行く!」
リックには先に向かってもらい、俺はハンナの雇い主であるクロエに事の次第を告げる事にした。
クロエにしても、聞かされてもどうしようも無いだろうが。
クロエの寝室に足取り重く向かおうとした時、クロエの方からこっちに寄って来る。
「リックさんのノックが激しくて私まで起きちゃったわよ。ごめんなさい、その気は無かったけど聞いちゃった」
「そうか。なら話は早い」
「彼女は盗賊に家族を殺されているわ。領主がその黒幕だと言う事はエイジさんの傍に居れば自然と判るからね。家族の仇討ちをしたかったのね」
流石にクロエも表情が冴えない。
「もっと色々と白状させて謝らせからでも良かったのに、あんな領主を殺める為に自分の手を汚すなんてバカよ!」
そう声を絞り出すと泣き崩れてしまったクロエの肩に手を添える。
「これから現場に向かう」
「私も行くわ!」
まだ早朝で人通りは少ない。とは言え、何人かでも第三者がハンナが伯爵を殺害した事実を知ってしまった以上、無かった事には出来ない。
市庁舎への道中、俺はずっとハンナが罪に問われない方法を考えていた。
「ハンナは厨房を手伝ってくれる子たちのリーダー格でね」
道すがらクロエがハンナについて語り出し沈黙を破る。この重い空気に耐えきれなかったのかも知れない。
「私より年上だったけど、私の指示にはいつも素直で懸命に仕事を覚えようとしていたわ」
「そうだな」
たまに見掛けていたが、芋を一心不乱に洗っている姿を思い出した。
幼い頃に盗賊に攫われて以来、ようやく人間らしい生活が送れていると喜んでいたのに。
「エイジ殿!」
現場である市庁舎前には副市長のベンが俺達の到着を待っていた。
「エイジ殿、困りますね」
「迷惑を掛けて申し訳ない」
「本当に困ります。エイジ殿が仕留めた罪人の遺体に矢を放つなんて。遺体を傷付ける事も犯罪なんですからね! 従業員教育はしっかりして下さい!」
実直な男が開口一番、欲しかった言葉を言ってくれた!
「ベン!」
「私も弟の仇討ちのつもりでエイジ殿のドラゴン退治の邪魔をしてしまいました。しかしエイジ殿は許して下さったではありませんか! 私なりに全員に最良の結果とは何か、と考えた次第です!」
その表情からはニッと笑みがこぼれる!
そうだったな。この町に来てすぐれの頃、オウルドラゴンを俺が退治する時に横槍を入れようとした事が有ったな。
だからか仇討ちする人間には寛容なのかも知れない。
「彼女は厳重注意処分となります。身元引受人は?」
「私です!」
すかさずクロエが名乗り出る。二言三言クロエとベンで交わしてそれで終わりだ。
記録上は、伯爵の死因は生き埋めによる窒息死。生きている様に見えたのは、ゴーレムによる演出となった。
これで本当に良いのかと首を傾げるが、完全な法治国家ではないので良いらしい。
「リック殿とは話したのですが、死ぬ前に伯爵がわめいていたのですが」
死の直前まで煩い奴だな。
「伯爵軍の本隊は既に王都に到達しているそうです」
「ですからエイジ、直ぐに発ちましょう!」
後ろから声を掛けられて振り向くと、そこには出発準備の整った2匹のワイバーンとリックが立っている。
「ちょっとその前にクレアに会ってよ!」
しかしたった今、借りを作ったばかりなので強くは拒否れない。
結局、俺とリックは朝食を食べる時間も無くワイバーンに乗って飛び立つ事になった。




