伯爵も 切り札ちゃんと 握ってた
「リック、伯爵の周りの奴は四天王に排除させてくれ!」
「こうホイホイ出て来られると陽動作戦をしなくて済みそうですけど、拍子抜けですね」
伯爵が鼻の下を延ばした間抜け面でセクシー映像に釘付けになっている姿が、プチゴーレムを通して確認出来た。
このセクシー映像は言うならば、スケベホイホイって言う訳か。
この後、この女優はバストトップを覆っている美しく長い黒髪を搔き上げるのだが、その瞬間に伯爵本人を拘束するつもりだ。
問題はその後だな。
伯爵を人質にして立て籠もるか、何とか連れて来るか、或いは交渉の余地は有るのか。
「リック、如何すれば良いと思う?」
「まず拘束しましょう。それでこれは何時まで続くのですか?」
これって、セクシー映像の事だな。流石にカラミまでやったらマズいだろうから、程々で止めておこう。
「もうすぐ女が髪に手を掛ける。それが合図だ」
「承知しました」
ここまで散々焦らしていよいよ露わになると言う瞬間、簡単な詠唱でスイとフーは魔法を伯爵の周囲に張り巡らさせる。
出番が後になるツッチーは、画像を見てやがる!仕事しろ!
先ずはフーが風魔法で伯爵の周りの兵士達を薙ぎ倒す!
リックは右手の掌を伯爵に向けて仁王立ちした!
「大人しくして下さい。エリクソン伯爵!」
「えっ?お前、王宮魔術師?」
よくよく考えればリックの属性は光だ。普通に考えれば攻撃には向かない。
リックは何の魔法を使う気だったのだろう?
「スイ、リックを手伝え!水魔法で伯爵を拘束しろ!ツッチーは大地の牙で敵兵を近付けさせるな!」
「御意!」
さてと、俺はその大地の牙を目印に行けば良い訳だな。
「エイジ、伯爵軍が変です。大地の牙と僕の結界で防御していますが、兵士が誰も来ません!」
なんか兵士達が、何とも悩ましい表情で自身の美乳を揉みだした女優から目を離さない!
って言うか拘束されたのに伯爵本人もガン見しているぞ!
コイツら何なんだよ!
「エイジ、彼等の相手する事が馬鹿らしくなってきました」
同じく。
だがそうも言ってられない。
「すぐ行く!」
伯爵の身柄は確保した。だからもう隠密行動は取らなくても良いだろう。
開き直った俺は堂々と伯爵軍の中を闊歩する。
一応は身構えるが、攻め掛かってくる兵士はいない。
「エリクソン伯爵の身柄は確保した。大人しく続きでも見ていろ!」
「はい!」
揃った良い返事だ!
それにしても兵士達は全員揃って何故にこんなにセクシー映像に食い付くんだ?
確かにこの女優はアイドル顔で人気があった女優だけど、食い付き過ぎだろ!
「ここだな」
しばらく進むと土が円錐状に隆起した物が幾つも有る。大地の牙だ。
隙間無く隆起していて、立派な障害物になっている。指示通りだ、やるなツッチー!
「俺だ。大地の牙を解け!」
すぐに大地の牙は引っ込み、リック達が姿を見せる。
スイの水魔法による大きなウォーターボールの中に首から下が入って拘束された伯爵と初対面だ。
「エリクソン伯爵閣下とお見受けしました」
「無礼者!ワシを解き放て!」
伯爵は眼光鋭く俺を睨み付けるが、数秒毎に画像をチラ見しているのが丸分かりだ!
自分の立場を理解しているのか?
「オイ、いい加減に緊張感を持て!」
俺は画像を消した。伯爵軍からはざわめきが聞こえる。
何だか一気に敵意むき出しの敵陣のど真ん中に居る事になったが、伯爵本人の身柄を確保している以上は優位を保っていると思う。
「こんな事をして済むと思っているのか!」
「これから伯爵には聞きたい事が有る。集中して話してもらわないと困るんでね」
貴族に対する口の利き方ではない事は理解しているが、この伯爵にはこれで充分だろう。
「フン。おい魔道士、貴様はワシを捕らえて悦に入っとる様だがそうはいかん。ワシを誰だと思っとる」
減らず口を叩く奴だな。
「見くびるなよ。ワシはここの領主!領主が領民を捕らえられぬと思うか?」
伯爵はニヤニヤとイヤラシく不敵な笑みを浮かべる。それと同時に背筋が凍りつく。
まさかクレアが?
「お前の妻なら確保した。領主たる者、領内のあらゆる所に内通者を用意するものだ。何、安心しろ。捕らえたのは夕方でまだ何もしちゃいない」
クレアの無事な姿をまだ見た訳ではないが、本音を言うと少しホッとした。
「どうだ。ワシの配下に加わるのであれば妻は返す。本来ならば殺してやりたいが、殺すには惜しい。配下にして、ワシの為に働かせてやる!」
下劣な奴だ。
「妻に会わせてくれ」
何とか言葉を絞り出す。クレアの無事な姿を見たい。それこそが俺の願い。言わせてもらえば、国家転覆よりそっちの方が大事だ!
「いいだろう。その前にこの水を何とかしろ」
俺はスイに目配せした。すると直ぐに伯爵を拘束していたウォーターボールが只の水となり流れ落ちる。
「すまない」
リックや四天王にはそう言うのが精一杯だった。
色々やった結果がこれだ。ここまで来るのに頑張ってくれた皆に申し訳なかった。
それでも俺はクレアが大事だ。
「いえ。エイジがクレアを大事にしている事は判っていましたから」
「茶番劇はもういいだろう。お前の妻はあのテントに居る。オイ、連れて来い!」
遠巻きに見ていた兵士が慌ててテントへ小走りで向かった。
すぐに両手を後ろで縛られた黒髪の女が姿を現した。
「魔道士エイジ・ナガサキの妻、クレア・ナガサキです」
「クレア!」
駆け寄ろうとするが違和感を感じる。
クレアにしては髪が短いし、遠目に見てもクレアより胸があるのが判る。
クレアではない?
「ほれ、顔を見せてやれ」
伯爵の命令で兵士が顎に手を掛けて顔を上げさせる。するとお互いに目が合うと、そのままその目を大きく見開いた。
だが彼女は途端に安心しきった表情を浮かべやがる。
そんな彼女に、俺は感謝しか無かった。
身代わりになって妹を守ったんだな、クロエ!




