宵の口 どうにかこうにか 到着だ
「申し訳ありません。我等の実力が足りないばかりに」
「いや、俺も調子に乗り過ぎた」
船は扱いが難しいものだと言うが、ここで実感したくはなかった。
調子に乗った俺は可能な限りの加速をし、川が曲がった所では競艇のターンと言うか、ドリフトをイメージしていた。だがこの世界の人間は当然ながらそんなイメージ出来る訳も無かった。
結果として速すぎて曲がり切れずに川岸に乗り上げてしまった!
しかしそれだけならまだ良かった。
船は勢いが止まらずに、運悪く岩に激突して大破してしまった!
いくらレイス子爵家の技術者が補強してくれていても、この勢いで岩に激突するなんて想定外だった様だ。
「庇い合う事は結構ですけれど、どうやってアベニールまで行くのですか?まだ半分は距離が有りますよ!」
流石のリックも苛立っている。
やはり川下りに競艇並みのスピードを出し続けた俺の責任だよな。
何か一発逆転の策を、と思ってもこの船の残骸から使える物は何も無さそうだ。
「残りの距離は推定で150キロ位か」
あんなにスピードを出す事無かった。時速50キロ平均であと3時間だったのに。
後悔先立たず。
「取り敢えず昼休憩にしよう。休めば何か思い付くかも知れない」
「しかしエイジ!」
「何か考えるにしても、脳ミソには糖分が必要だ」
「何か考えが有るのですね?」
「具体的な事は休憩の後だな。今はスイッチを切り替えよう!」
如何にも何か策が有るように振る舞ったが、そんな策なんて無い!
ただあの雰囲気ではメシも食えずにゴーレムにでも乗って150キロの陸路移動になりそうだったからな。
あの震動を考えるとそんな長時間の走るゴーレムは御免被る。
「いただきます!」
何とか無事だった弁当を残骸の中から出して有り難く頂く。アベニールに着くまではこれが最後の食事となってしまうから、じっくりと味わおう。
「それで秘策とは?」
「焦るなリック、食べてからだ」
そう簡単に良い案なんて思い付く訳ない。メシくらいゆっくり食べさせろ!
船の残骸、岩に当たった所は見る影もないが反対側はダメージが無かった。
何とか補強して使えないかな?
考えながら自分で作った氷を浮かべたアイスティーを飲む。美味いお茶だな。でも温度が冷えたらプカプカ浮いてる氷がウザいけど。
「ん?」
そうか!氷だ、氷で補強しよう!
「リック、思い付いたぞ!」
「えっ、今思い付いたのですか?」
あっ、しまった!
適当な言い訳をしながら氷の性質を説明した。
「なるほど、氷の1割は水面上に浮くのですね。9割は水面下でも」
「そう言う事だ。船の残骸を外側からウォーターボールを付けて凍らせる。幾重にもだ。それでカバーする訳だ。スイ、フーが船を進めろ。俺は船を覆う氷の維持をする」
「御意!」
「ツッチーは陸に上がってから働いてもらうぞ!」
「御意!」
そうと決めれば後は早い。あっと言う間に補強は終わり再びの船出となった。
船の速度は大きく落ちて時速にすると30キロは出ていないと思う。
川も水が温かいのか、氷が溶けるのが意外に早い。スイにリペアを任せたら間に合わなかったかも知れない。やはり俺がリペアしながらこの調子で地道に進むしかない。
川を下ってかなり時間が経った。
どの位の時間が経ったのかは判らないが、日が傾いているから夕方なのは間違いない。
「エイジ、川が大きく曲がっていますから、そろそろ陸に上がって良いでしょう!」
「ヨシ!スイとフーは船を岸に寄せろ!ツッチーはゴーレムを川に入れて船を岸に上げさせろ!」
「御意!」
後はひたすらゴーレムに乗っての移動となる。
改めてゴーレムを作るのだが、歩幅の大きい方が良いと考え、5メートルの巨大ゴーレムを作り出す。
人間が普通に歩くスピードは個人差が有るだろうけど時速4キロ位か。
このゴーレムはサイズが平均的日本人の約3倍なので、単純計算で時速12キロとなる。もう少し急がせよう。
細やかな抵抗として、ゴーレムには絶対にスープをこぼさないウエイターをイメージして作った。運動会のスプーンリレーの方が走るから速いかな?
兎に角これでなるべく揺らさないでいて、尚且つ速く走ってくれると有り難いのだが。
「エイジ、快適じゃないですか!」
「これなら最初からこうすれば良かったな!」
ゴーレムを気を付けながら操っているせいか、信じられない程震動が無い!
俺のゴーレム作成技術も上達しているのか?
暫く走ったがすっかり夜になっている。だが周りが暗いお陰で遠くの光が見え易い。
「あれか?」
「ええ。間違いありません。アベニールです」
まだ距離は有るが身体強化魔法で目を強化してみた。
まるで双眼鏡を覗く様に遠くが見えるし、明るさも補正されている!
伯爵軍はどうやら堀の手前で野営している。と言う事は、まだ中には入っていないって事だな。
「エイジ、早速参りましょう!」
「待てリック。急いては事を仕損じる。レイス子爵領の領都クーベルの時とは逆で、今度は敵の背後に町が在る。町に向かって魔法を放つ事なるんだぞ」
この展開は厄介だ。やり過ぎると町に影響が及ぶし、手加減したら足りないだろうし。
「そうでした。何か策でも?」
「フッ!」
不敵に笑ってみせたが、それをこれから考えなければ!
市民の皆さんの溜飲を下げつつ、やっぱりこのアベニールには魔道士が必要だと認識させ、更にはクレアが惚れ直す演出を!




