バカみたい 貴族の謙遜 真に受けて
「エイジ・ナガサキ様でしょうか?」
行商の婆さんと別れしばらく待つと、レイス子爵家の遣いだと名乗る若い男が御する立派な馬車がやって来た。
この立派な馬車、やっぱりリックは領主の息子に間違い無いだろう。
情報通だと思っていたが、行商の婆さん情報も当てにならないな。
賑やかな街を抜けると森に入る。領都の中に森か。贅沢だな。
その森を抜けると視界が開け、白くて大きな屋敷が建っているのが見えた。
3階建てなので高さは兎も角、建物の長さは俺の母校の校舎より大きいかも知れない!
この屋敷こそ、レイス子爵家は小さい家だと言っていたリックの実家の筈だ。
これからは貴族の謙遜は信じない様にしよう!
そう思った矢先に馬車は停止する。
「到着しました」
御者台から声がしたかと思えば今度は馬車のドアが外から開けられる。
俺の眼に飛び込んで来た光景は、使用人の皆さんがズラッと列を作って俺を出迎えている!
これだけでセレブな気分だ!
「エイジ、ようこそ我が家へ」
その列の奥で和やかに俺を迎えるリックが居る。
「リック、凄いお屋敷じゃないか!」
「いえいえ。狭い屋敷でお恥ずかしい限りです」
その謙遜はもう要らない!
「リック、先ずはソリの打ち合わせをしたい。担当者を呼んでくれ。それと明日は朝食後に出発するけど、昼食に弁当をお願いしたい。大丈夫かな?」
「問題有りません。なあ」
「はっ!」
応えたのは執事かな。その声に合わせて動き出した人がいる。使用人の皆さんの動きが機敏で好感が持てる。
「それではソリについてお聞きします」
早速やって来た小柄な初老男性と別室でと打ち合わせに入る。何でもこの人、レイス子爵家お抱え技術者だそうだ。
リックも同席してくれた事は有り難い。俺だけならこの人に対して何の権限も無いからな。
それにしてもこの部屋も広くて領主の力に恐れ入るわ。
内装に気品漂うし、天井が高いし、その天井には高そうなシャンデリアも有る。
この調子だとゲストルームではくつろげそうも無いな。小市民には。
まあ、それは後のお楽しみって言う事で、今は打ち合わせに集中!
俺はそこで、求めたいのは耐久性だと強調した。
簡単に行けるとは思っていない。何度かコースアウトもするだろう。
壊れてしまえばそこで終了だ。耐久性は譲れない。
それに滑るのは雪の上ではなくて氷の上だ。
スケートの刃の様な物を取り付けてくれる様に要望した。
下手くそだが絵も描いて、中々の白熱した打ち合わせになった。
アベニールで建設現場を任せているリーチさんもそうだが、こういう職人肌の人との打ち合わせは楽しい!
「期限はいつまででしょうか?」
「明朝です。間に合いますか?」
技術者は表情を歪める。そりゃ難しい事は理解しますけどね。リックが同席してくれて良かった!
「レイス家の名に賭けて間に合わせてくれ!」
「か、畏まりました」
リックが居なければ絶対に拒否っていたよな?
「エイジ、次はコースの打ち合わせをしたいと思いますが、宜しいでしょうか?」
「もちろん。あっ、技術者さんもコースによっては多少の変更も有るかも知れないから、もう少し居て下さい!」
「畏まりました」
俺と技術者の会話などお構いなしに、リックは鞄から地図を取り出すと大きなテーブルに広げた。
この地図、戦国武将を取り扱ったドラマに出てくる地図みたいで、とても精度が高いとは言えない。
この世界には衛星写真も無いし、伊能忠敬も居ないだろうから仕方ないか。
「現在地はここ、アベニールはこちらです」
最初からそのつもりだったのだろう。リックは同じ鞄から取り出したチェスの駒を目印に置いた。
現在地のナサートには兵士、アベニールには女王、そして俺達は騎士とした。
アベニールを女王としたのは、クレアを守れと言う事なのだろう。
「エイジの方法でアベニールを目指すには難所が在る事が判りました。それをご説明します」
微妙なイラスト入りの地図を見ていると何となく判った。途中には山が在るわ!
根拠も無いのにずっと平べったい荒野だと決め付けていた事は反省しなければ。
「流石にソリで山は登れないな」
「エイジの魔法で山を吹き飛ばしては?」
サラッと物騒な事を言うな!
「何か手は無いか」
発案者としては焦る。
焦りながらヒントを求めて目を皿の様にして地図を見詰める。
ん?このニョロニョロッとした線は、川なのか?
「リック、これは?」
「川ですね。国の西から東へと流れています」
「何処まで流れてる?」
「確かエリクソン伯爵領で海に出る川です」
この地図の距離感覚が合っているとすれば、ここから50キロくらいで川に出られる様だ。
後はライン下りをすればアベニールの近くには行ける!
「頼んでいるソリだけど、氷の上を滑った後は川下りを出来る様にしてくれ!」
無言で俯く技術者が、俺とは目を合わせてはくれない!




